やつれた姿のリーマスさんが自宅に戻ってきたのは、ハリーの誕生日の数日前でした。

私は白髪混じりのリーマスさんに向かって両腕を伸ばして、彼をぎゅうと抱きしめます。リーマスさんは外の匂いと、どこか獣のような匂いが混じっていました。

「おかえりなさい、リーマスさん」
「ただいま、リクちゃん。フェインとお留守番、ありがとうね」
「本当におかえりなさい」

ぎゅうとリーマスさんを抱きしめて顔を埋めます。やっぱり私はリーマスさんと一緒にいる時が1番好きです。
私は微笑むリーマスさんから少し離れて、甘いココアを作ろうとキッチンに向かいました。
リーマスさんはソファに座り込みながら、ふぅと長い息を付いていました。座ったリーマスさんの膝の上にフェインが這っていきます。

こうしてたまに帰ってきて下さる時もあるのですが、大抵は1日か2日でまた任務に出かけてしまうことが多いのです。
でも、今回はハリーの誕生日も近いですし…、それまでずっといて下さるはずです。

本当にお疲れだったようで、私がココアを作り終わってリーマスさんに振り返った時、リーマスさんはこくりと頭を落とし、ぐっすり眠っていました。

「コイツは狼人間が嫌いなのか」

眠ってしまったリーマスさんのすぐ横に現れていたリドルくんに私は驚きます。私はココアを置いて、リドルくんの袖を引き寄せました。

「リドルくん、駄目ですよ」
「大丈夫。眠っている。ほら、掛けてやりなよ」

リドルくんの手にはいつの間にかシーツが握られていました。
私はシーツを手にして、リーマスさんに掛けます。フェインが静かに移動し、私の腕を伝って肩の上にのぼってきました。
その時、リーマスさんの頬にまた新しい傷が出来ていることに気が付いてしまいました。私の表情が曇ります。

リドルくんは興味がなさそうにリーマスさんから離れ、私がリーマスさんのために作ったココアを優雅に飲んでいました。

「コイツを噛んだのはフェンリール・グレイバックだったか」
「……そう聞いています。子供の頃に噛まれたって」
「だろうな。あいつは基本的に子供しか噛まない。昔からそうだ」

リドルくんは随分とつまらなそうにそう言いました。リドルくんはフェンリール・グレイバックに会ったことがあるんでしたっけ。
私はリドルくんの隣に立ちながら、赤い目をしたリドルくんを見つめました。

「……フェンリール・グレイバックは、どんな人ですか?」
「どんな…。強いて言うなら、リクと正反対の性格だよ。
 昔はアイツに闇の勢力側の狼人間を任せていた。らしい。
 子供のいる家は「クレイバックを呼ぶぞ」と言えば大抵は従う」

5年生の記憶であるリドルくんがそう言いました。私は眠っているリーマスさんを見ました。

私が狼人間である苦しみを本当に知ることはきっと出来ないのでしょう。

「私も狼人間だったら…、リーマスさんと満月の日も一緒に居られるんですけれどね…」
「そんな簡単にもいかない」

私の言葉をリドルくんは簡単に否定します。

「狼人間になれば理性を失い、ただの獣になる。傍に居ても両者喰らい合うだけだ」
「…………そう、ですか」
「そうさ。馬鹿な事は考えるだけ無駄だよ」

表情を暗くしたままの私はリーマスさんのすぐ傍に近付いて、傷だらけのリーマスさんの頬を撫でました。

無言で私達を見ていたリドルくんが音もなく日記の中に戻り、私とリーマスさん、そしてフェインだけがリビングに残りました。


†††


そしてやってきたハリーのお誕生日。私とリーマスさんは隠れ穴にいるハリーのお誕生日会に招待されていました。

あと数時間したら家を出ようとしていた時、暖炉の炎が突然緑に燃え上がり、炎の中からカツカツと義足を打ち鳴らすムーディ先生が現れました。
驚く私の横、リーマスさんが険しい顔をしてムーディ先生の元に寄ります。

「何かあったのか?」
「北の方の小屋で闇の印が上がった。
 キングズリーが先に行っておる」

ムーディ先生は義足を引きずりながら顔を顰めます。リーマスさんは短く頷きました。

「わかった。行こう。
 リクちゃんは先に隠れ穴に…」
「私も行きます」

私は自分の杖を握りながら、リーマスさんが羽織ったローブの端を掴みます。リーマスさんはすぐに私の言葉を遮りました。

「駄目。まだ近くに死喰い人がいるかもしれない」
「危険なのはわかっています。でも、でも、私も騎士団の一員です」
「闇の印が上がったということは、そこで誰かが死んだんだ。父親としてもリクちゃんに見せるわけにはいかない。
 ほら、先に行って、モリーに少し遅れると言っておいてくれないか?」

リーマスさんは私の小さな手にフルーパウダーを握らせると、暖炉の前まで連れて行きました。表情に困惑を見せる私。
それでも、リーマスさんの真剣な表情にそれ以上を言うことが出来ませんでした。
私の心配を感じ取ったかのように、肩に乗ったフェインが一声鳴きました。

無言のまま小さく頷いて、私は緑に燃え上がった暖炉の中に入ります。「隠れ穴!」と大きな声を出した所で、リーマスさんの微笑みが見えなくなりました。

不安が私を包みます。どうか、お怪我のないように。


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