そうして、パーティーの準備も全て整い、みんなが席につきはじめた時間。突然、緑に燃え上がった暖炉に私は視線を奪われました。

炎の中から現れたリーマスさん。リーマスさんは疲れてやつれた顔をしていました。
私は立ち上がって、リーマスさんの元に駆け寄りました。その勢いのまま胸に抱きつきます。リーマスさんは驚いた顔をしたあと、私をぎゅうと抱きしめ返してくださいました。

私達に気が付いたアーサーさんが真剣な表情でリーマスさんに近寄ります。

「リーマス。闇の印が上がったって…」

アーサーさんの言葉に、ハリー達が表情を変えるのを私は見ました。酷く疲れた様子のリーマスさんはそれに気がつくことなく、言葉を続けました。

「あぁ。イゴール・カルカロフの死体があったよ。
 あいつが死喰い人から脱走して、1年も生きながらえたことが驚きだが…」
「…そうだな。レギュラスなんかは数日しかもたなかったしな」

突然やってきた重い話に、モリーさんはあまり快くは思っていませんでした。別のお話をしようとしたところで、ビルさんが問いかけました。

「フローリアン・フォーテスキューのことを聞きましたか?」
「ダイアゴン横丁のアイスクリームのお店?」

ハリーが声を出しました。ハリーはそこのお店の店主からただでアイスを貰ったのだといいます。

「あの人に何かあったんですか?」
「拉致された。現場の様子では」
「どうして?」
「さぁね」

ただのアイスクリーム屋さんが襲われる理由はわかりません。なにか死喰い人の気に入らないことでもしてしまったのでしょう。
そこでアーサーさんが思い出したかのように言葉を続けました。

「ダイアゴン横丁といえば、オリバンダーもいなくなったようだ」
「え? オリバンダーさん?」

杖作りのオリバンダーさんがいなくなったことを知らなかった私が疑問の声をあげます。ジニーちゃんも驚きの表情をしていました。

「そうなんだ。店が空っぽでね。争ったあとがない。自分で出て行ったのか誘拐されたのか、誰にもわからない」
「………そうですか」

深く黙り込んだ私は、来年起こる筈の事も考え始めます。杖職人として最高峰の腕を誇るオリバンダーさんが、既にヴォルデモートさんの所にいるとしたら。
それは、騎士団員側からしたらとても都合の良くない状況なのです。

ヴォルデモートさんにはまた久しく会っていません。会わない方がいいのかも知れません。
でも、ヴォルデモートさんが死んでしまうのは、死んでしまっては。ヴォルデモートさんはきっと誰かに――。

「リクちゃん? 大丈夫?」

思考の波に飲まれていた私にリーマスさんが、声を掛けました。私ははたとリーマスさんを見つめます。私は手にケーキの皿を持ったまま、止まっていたようでした。
はにかみながら、リーマスさんにそのケーキを差し出します。

「すみません、ちょっと、考え事をしちゃってて…」
「調子が悪いわけではない?」
「はい。大丈夫です」
「無茶をしてはいけないよ」

リーマスさんは真剣な表情できっぱりとそう言うと、私の頭を優しく撫でてくださいました。

ハリーのお誕生日会はそのあと、何事もなかったかのように過ぎていきました。
その途中で、モリーさんとリーマスさんが内緒で何かのお話をしているのが見えました。

モリーさんに何かを言われているリーマスさんの表情はとても険しいものでした。


†††


「リクちゃんは、私と一緒にいて楽しいかい?」

誕生日会を終えて、リーマスさんの家がある森の中に付き添い姿くらましをして帰ってきました。

家の中に入ってコートを脱いだあたりで、リーマスさんが迷ったような声で突然そう言いました。急なことで驚いた私でしたが、2つ返事で頷きます。

「もちろんです! 私はリーマスさんと一緒にいるだけでとっても楽しいですし」

私はにこと微笑みました。

「私はリーマスさんに出会えて幸せです」

微笑みを浮かべている私を見て、リーマスさんは驚いた顔をしてから、にっこりと笑みを浮かべて私の頭を撫でてくださいました。

突然どうしたのでしょう。私は表情に困惑を混ぜつつ、ソファに座ったリーマスさんのお膝に座ります。
リーマスさんは変わらず私の頭を撫でてから、ぎゅうと私を抱きしめました。暖かいリーマスさんの手。私は表情を和らげます。

「でも、私は狼人間だよ?」
「でも。その前にリーマスさんはリーマスさんですよ。
 ………トンクスさんのことですか…?」

静かに聞いた私に、リーマスさんは困ったように微笑みを浮かべました。私はリーマスさんの胸元に顔を埋めて頬を膨らませます。

きっとモリーさんとリーマスさんとお話していたのはトンクスさんのことなのでしょう。

私が直接聞いた事はありませんが、トンクスさんは去年の終わりぐらいからずっとリーマスさんに自分の想いを伝えているみたいなのです。トンクスさんはリーマスさんが好きなのです。
ですが、リーマスさんは決して首を縦に振りません。それは、リーマスさんが狼人間で、トンクスさんよりもずっと年上だから、答えられないのだといいます。

狼人間であることで悩んでいるリーマスさん。あくまで狼人間ではない私にはリーマスさんの辛さを完全に理解することが出来ないのでしょう。
それが、とても悔しく思います。そして寂しくも感じていました。

私はリーマスさんをぎゅうと抱きしめながら、言葉を零します。

「トンクスさんはとっても素敵な人だと思いますよ」
「……そうだね」

リーマスさんはとても淋しそうな顔をしていました。私は首を傾げてリーマスさんを見つめました。

「リーマスさんはトンクスさんが嫌いなんですか?」
「嫌いではないよ。リクちゃんの言う通り、トンクスは素敵な女性だ」
「嫌いではないということは、好きなんですか?」
「…『好き』と『嫌い』だけでは言い表せないよ」

頬を膨らます私。リーマスさんは狡い言い方をします。

「私には難しいです」
「……そうだね」

私の頭を撫でるリーマスさんの手はこんなにも暖かいのに、何を悩む事があるのでしょう。

好きというだけでは、駄目なんでしょうか。

何が、いけないんでしょうか。


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