キングズ・クロス駅は何時ものように見送りの人混みで混雑していました。

お見送りに来てくださったリーマスさんにぎゅうと抱きついて、何時ものようにリーマスさんからお別れの言葉をかけられていました。

「危ないことはしないんだよ」
「はい。リーマスさんも怪我しないでくださいね」
「……うん。もちろん」

リーマスさんの優しい手が私の頭を撫でてくれます。鳴り出した汽笛に、私は名残惜しい思いをしながら汽車の中に乗り込みます。
振り返って微笑みを浮かべているリーマスさんを見つめました。またクリスマスまで会えないだなんて寂しいです。

そのまま窓の近くに立って手を振っているリーマスさんを見る私。その肩に乗ったフェインがやがて小さく鳴き声を上げました。
そうですね。コンパートメントを探さなくてはいけません。

いつもどおり混雑している通路を歩きながら、空いているコンパートメントを探します。

私に集まる視線にはあまりいい思いはしませんが、私の肩に乗ったフェインが睨みをきかせているお陰で、視線は徐々に外れていきました。
日刊預言者新聞では、魔法省で起きた事件について様々な憶測を立てています。その中に私のことは書かれてはいませんでした。
それでも、ホグワーツの生徒達は何故か私も関わっているのを知っていました。やっぱり噂はどうしても流れてしまうものなんでしょうね。

「シュ」

列車の後ろの方に向かって歩いていた時、フェインが短く鳴きました。そちらの方を見ると誰も乗っていないコンパートメントがありました。
肩に乗ったフェインに頬を寄せて、中に入ります。中に入ると同時にコンパートメントの窓を隠す紗幕が引かれました。びっくりして肩を震わせた私。フェインが威嚇の声を上げました。

誰もいなかったはずのコンパートメントの中で、怪しく微笑みを浮かべるリドルくんが背伸びをしていました。
私は急に実体化したリドルくんを責めるように、彼の腕を軽く叩きます。

「びっくりしたじゃないですか!」
「僕だって暫く本の中にいて酷く退屈だったんだ。
 これから学校に行ってまた退屈な日々が始まるんだろう? 少しぐらいはいいじゃないか」
「………と、言いつつ去年は結構自由に動き回っていましたよね、リドルくん」
「去年は去年。過去を振り返りすぎてはいけないよ」

ヴォルデモートさんの過去の姿であるリドルくんは微笑みを浮かべながらそう言います。
私はむすーと頬を膨らましながらも、優雅に腰をかけたリドルくんの隣に腰をかけました。

リドルくんの隣で、家から持ってきたクッキーを広げながら、私はホグワーツまでの旅を、本を読みながら過ごすことに決めました。


†††


列車がやがてゆっくりとスピードを落とし始め、そして完全に停車しました。
本を読んでいた私の膝に頭を乗せていたリドルくんが欠伸とともに姿を消します。日記の中に戻ったのでしょう。

私も本を片付け、セストラルが引く馬車に乗り、久しぶりにホグワーツ城に足を踏み入れました。

大広間のグリフィンドールの席についた辺りで、ハーマイオニーとロンが並んで座っている姿を遠くに見ました。ですが、ハリーの姿がありません。
私は表情を険しくさせます。ハリーはどこに行ったのでしょう?

と、その時、教師の座る前の方の大テーブルに真っ白い守護霊が駆けていくのが見えました。守護霊はなんだか狼のようにも見えました。

生徒はたいして気にしていないでしたが、私はその守護霊に視線を注ぎます。
守護霊はダンブルドア校長先生の前に留まり、校長先生が何かを話したのでしょう。スネイプ先生が立ち上がりました。

心配をしつつも、大広間では組み分けの儀式が始まりました。

スネイプ先生に連れられたハリーが入って来たのは、それから随分後のことでした。見ると、ハリーは何やら鼻血を零しています。
反対側のテーブルで、ドラコくんがにやりと笑ったのが見えたので、きっと彼が何かをしたのでしょう。本当に仲が悪いんですから。

ちょうどその時、ダンブルドア校長先生が立ち上がりました。学期初めの挨拶をしてくださるのです。

立ち上がった際によく見えたのですが、校長先生の手は、何故か死んでしまったかのような真っ黒い手をしていました。
…何があったのでしょう。酷く記憶が曖昧な私は深く黙り込みました。

ダンブルドア校長先生の話が続きます。そして、新しい教師としてホラス・スラグホーン先生を紹介しました。スラグホーン先生は朗らかな微笑みを浮かべていました。

「先生は、かつてわしの同輩だった方じゃが、昔教えていた魔法薬学の教師として復帰なさることとなった」
「え? 魔法薬学…?」

疑問の声が大広間を駆け抜けました。魔法薬学と言えばずっとスネイプ先生の担当教科でした。
そして、スネイプ先生が未だテーブルについているということは。

「そして、スネイプ先生は『闇の魔術に対する防衛術』の後任の教師となられる」

私は驚きで目を丸くしつつ、鞄の中から顔を出したフェインに思わず微笑みかけました。
スネイプ先生。やっと念願のDADA教師になるんですね。

衝撃で始まったホグワーツでの今年初めての夕食は、最終的にはいつものダンブルドア校長先生の軽快な解散の合図でお開きとなりました。


†††


次の日の朝食のあと、6年生はその場に留まり、マクゴナガル先生から各自直接時間割を受け取りました。

マクゴナガル先生が真っ白い時間割を杖先で叩くと、新しい時間割の詳細が浮かび上がります。
6年生になると、めちゃくちゃ疲れるテストと言われているN・E・W・T(イモリ)も用意されているため、授業が難しくなる分、比較的多くの空き時間がありました。
私は将来、ホグワーツの教師になりたいと言ったこともあり、授業はバランスよく入っています。

えっと、最初の授業は…、1時間後に『闇の魔術に対する防衛術』ですね。確認のためにフェインにも私の時間割を見てもらいながら、思わず微笑みを浮かべます。
初めてスネイプ先生が行うDADAの授業はどんなものになるのでしょうね。

私は1時間、手元に日記のリドルくんを置きつつ、図書室でのんびり過ごしながら、4階にあるDADAの教室に向かいました。

以前はリーマスさんも使っていたこの教室は、持ち主が変わったことにより、すっかり雰囲気が変わっていました。

窓にはカーテンが引かれていて、壁には凄惨な絵が飾られています。蝋燭の明かりが怪しく揺らめいていました。
4階にあるにも関わらず、地下牢教室のような雰囲気に思わず笑みを零してしまいました。

その時、教室にスネイプ先生が入ってきました。
少し騒がしかった教室は、先生が入ってきた瞬間に静まりかえりました。

「我輩はまだ教科書を出せとは頼んでおらん」

スネイプ先生は教壇に向かって歩きながらそう言いました。私達は出していた教科書を鞄にしまい、スネイプ先生を見ます。先生は話し出しました。

「『闇の魔術』は多種多様、千変万化、流動的にして永遠なるものだ。それと戦うというということは、多くの頭を持つ怪物と戦うに等しい。
 諸君の戦いの相手は、固定できず、変化し、破壊不能なものだ。
諸君の防衛術はそれ故、柔軟にして創意的でなければならぬ」

先生は静かにそう語ると、生徒達に無言呪文の利点を問いました。もちろんハーマイオニーがすぐに手を挙げます。

「無言呪文の利点は、こちらが何の魔法をかけようとしているか、敵対者に何のヒントも与えないことです。それが先手を取るきっかけになります」
「教科書と一字一句違わぬ丸写しの答えだ。しかし、概ね正解だ。
 呪文を声高に唱えることなく魔法を使う段階に進んだものは呪文をかける際に、驚きという要素の利点を得る。
 言うまでもなく全ての魔法使いが使える術ではない」

先生は皮肉げにそう言うと、生徒達を2人1組にして『無言呪文』の練習を開始しました。

私もロングボトムくんと組んで、1番得意な『スコージファイ(清めよ)』をかけようとしますが、杖の先からは何も生み出されません。
これは…難しいです。難しすぎです! 私のすぐ側にいるフェインが眠たそうに蜷局を撒いて寝ようとしていました。

教室内は静かになりつつ、みんな必死に『無言呪文』をかけようと必死でした。
やがてハーマイオニーが無言のまま、呪文を跳ね返していましたが、スネイプ先生はそれを無視していました。

やっぱりスネイプ先生は意地悪です。意地悪なスネイプ先生は好きではありません。

私はむーと頬を膨らましながら、杖先に集中します。
すると、突然杖先から沢山の花が零れ落ちてきました。

あれ? 私『スコージファイ(清めよ)』をかけようとしてたんですけれど、このお花どこから出てきたんです? でも綺麗ですねぇ。

「『エバネスコ(消えよ)』」
「あ」

不意に現れたスネイプ先生は、私が生み出した綺麗な花を全部消してしまいました。もったいないです。
ちらと先生を見上げましたが、先生は無視してまた歩き出してしまったので、何かを言うことは出来ませんでした。


prev  next

- 182 / 281 -
back