そんなこんなで時間が進み、6年生初の授業が終わっていきました。結局私は花を生み出すばかりで、無言できちんとした呪文をかけることは出来ませんでした。

DADAの授業が終わって、みんなが教室を出ていく中、私はゆっくりと片付けをしながら未だ教室に残っていました。
残っていた花を消すのがもったいなくて、ひとつにまとめて花束を作ります。
花束を作っていると、眠たげだったフェインも起きだしてきました。花束を横に置きながら、鞄に荷物を纏めた私。

いつもならこの時点でフェインは自分から私の鞄の中に入ってくれるのですが、今日ばかりは私の意思を読んだかのように、私から離れて教壇の上に登って行きました。私はてててとフェインを追いかけます。

スネイプ先生はのろのろと帰り仕度をしている私の姿に気がついていました。
フェインを抱えこんだあと、私を見ていた先生と視線があってしまいました。バツが悪そうな顔をした私に、先生は溜め息をつきました。

「ここには洗うものは何もないですぞ」
「それは…知ってますけれど……」

消え入りそうな声が出てきます。
ここには洗わなくてはいけない大鍋も試験管もないことは知っています。知ってますけれど…。

言いよどむ私を見て、スネイプ先生はもう1度溜め息をついていました。

「奥の部屋がまだ片付いていない。時間があるのならば、来たまえ」
「はい!」

バッと顔を上げた私は元気よく返事をしてスネイプ先生の後ろをついていきました。先生は本当に呆れたように言葉を零します。

「毎回思うが、授業は」
「私はルーン文字も数占いもとっていないので、午前中の授業はDADAだけなんです」
「それで午後から魔法薬学だけか。随分と暇をしているようで」

先生の皮肉にも私はめげません。というよりも、もう若干慣れている私もいました。
そこでふと、私は魔法薬学のお手伝いをしたかったのではなく、スネイプ先生のお手伝いがしたかったのだと気が付きました。
それに気が付いて私の頬が若干熱くなります。不思議な感覚ではありましたが、悪い感覚ではありませんでした。

不意に両手に抱えた花束が私の目に止まりました。
私は先生に駆け寄りながら、花束を掲げました。スネイプ先生は怪訝そうな顔をして私を見下ろしていました。にっこりと笑みを返します。

「スネイプ先生が念願のDADA教師になったお祝いに」
「そうか。初日でいきなり減点されたいのか」
「減点反対でーす」

フェインを肩に乗せながら、私は両手で持った花の香りにふふと笑みを浮かべて先生の黒い背中を追いかけました。


†††


午後になって魔法薬学の授業に向かうと、N・E・W・Tレベルに進んだ生徒が私を含め13人しかいませんでした。
スリザリン4人、レイブンクロー4人、ハッフルパフからは1人。去年とは違って全ての寮が合同だということもあり、新鮮な感覚を味わっていました。

そこでやってきたスラグホーン先生はにっこりと朗らかに笑うと、教壇の前に向かいました。

教室の1番前の机には既に4種類の大鍋が置かれています。先生が指示する通りに、生徒達は大鍋が見える位置まで近寄りました。
それぞれが席についた辺りでスラグホーン先生がみんなを見渡しました。

「さーて、さてさてと、みんな秤と魔法薬キット、それに『上級魔法薬』も出して…」
「先生」

その時、おずおずとハリーが手を挙げていました。

「すみません、僕達N・E・W・Tが取れるとは思わなくて…、教科書も秤も何も持っていないんです」
「あぁ、そうそう。マクゴナガル先生がそう仰っていた……心配には及ばんよ。今日は貯蔵棚にある物を使うといい」

スラグホーン先生は朗らかな表情のまま、そう言いつつ、ハリーとロンに古い教科書を渡しました。

「さーてと、みんなに見せようと思って、いくつか魔法薬を煎じておいた。まだ調合したことがなくても名前ぐらい聞いたことがあるはずだ。これが何だかわかるものはおるかね?」

そう言ってスラグホーン先生はスリザリンのテーブルに1番近い大鍋を指しました。そこにはただのお湯に見えるものがぐつぐつと煮えているように思えました。
真っ先にハーマイオニーが手を上げました。

「『真実薬』です。無色無臭で飲んだものに無理矢理、真実を話させます」
「大変よろしい」

満足そうに言うスラグホーン先生。そのあと、ハーマイオニーはそのあとも『ポリジュース薬』『アモルテンシアの魅惑万能薬』と答えていきます。スラグホーン先生はハーマイオニーの知識量にとっても感心したようでした。

そしてグリフィンドールに20点を与えたあと、さっそく実習を自はじめようとしました。
と、その時、唯一のハッフルパフ寮であるマクミランくんが手を上げて質問をしました。マクミランくんは残った1つの魔法薬を指し示していました。

「先生、これが何かをまだ教えてくださっていません」

残されたひとつの小さな黒い鍋には金を溶かしたような色をした液体が入っていました。液体の表面からは金魚が跳ねているかのように、小さく飛沫が上がっています。
私はその液体を見て、目をぱちくりとさせました。それはとっても珍しくて、とっても高価で、とっても難易度の高い魔法薬の筈です。

スラグホーン先生は質問があったことで嬉しそうににっこりと微笑みを浮かべました。スラグホーン先生は生徒達に期待を持たせるかのようにゆっくりと、そして楽しげに言いました。

「これこそは最も興味深い、一癖ある魔法薬でフェリックス・フェリシスと言う。
 Ms.グレンジャーはこれが何かを知っているかね?」
「幸福の液体です。人に幸運をもたらします!」

ハーマイオニーの若干興奮した声。フェリックス・フェリシスは恐ろしく調合が難しく、手順を1つでも間違えると悪効果しか生み出しません。
ですが、この薬を飲んで薬効が切れるまでは、その間中は幸福な感覚を味わうことが出来るのです。何をやっても幸運の、最高の時間が訪れるのです。

「これを――、今日の授業の褒美として提供する」

言葉とともに生徒達はいつの間にか背筋を伸ばしていました。教室中がしんとなります。
その静かな雰囲気の中、スラグホーン先生がフェリックス・フェリシスの鍋から小瓶に一杯分注ぎました。

「12時間分の幸運に十分な量だ。明け方から夕暮れまで、何をやってもラッキーになる。
 そこで、この素晴らしい賞をどうやって獲得するのか。さぁ『上級魔法薬』の10ページを開くことだ。あと1時間と少し残っているが、その間に『生ける屍の水薬』にきっちり取り組んでいただこう。
 1番よく出来たものが、この愛すべきフェリックスを獲得する。さぁ、始め!」

生徒達がそれぞれ一斉に大鍋を手元に引き寄せました。誰もが口を聞かずに真剣に取り組み始めました。


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