そんな中、私も大鍋を手元に置きながら、秤の調整をしつつ『生ける屍の水薬』の作り方を思い出していました。
私は以前、スネイプ先生の無茶ぶりでこの薬を調合したことがあります。その時にスネイプ先生に提示された方法は、この教科書とは大分違っていたハズでした。

記憶を辿りつつ、カイコソウの根を刻み、催眠豆を手元に置いておきます。
えっと、滑らかなクロスグリ色の液体になったあと…、催眠豆の汁を2粒分。催眠豆はナイフで刻むよりも、ナイフの平たい面で砕くように…。
催眠豆の汁をいれると、大鍋の中はたちまち淡いライラック色に染まります。なかなか順調です。

鞄の中で眠っていたフェインが、教室内の熱気にやられたのか、ゆっくりと這い出てきました。
彼は欠伸をしながら、閉じたままの私の教科書の上で蜷局を巻いて、再び眠り始めます。攪拌をしながら眠っているフェインの頭を撫でます。

ほぼ透明なくらいに淡いピンク色の綺麗な液体になった薬を見ながら、高揚する気持ちを抑えます。
上手く調合が出来ると本当に嬉しいものです。これがスネイプ先生のおかげでもあると思うと、口元に小さく笑みを浮かべてしまいそうでした。

そしてたっぷり1時間たったあと、スラグホーン先生が終了の合図を出しました。

スラグホーン先生は生徒の間を歩きつつ、大鍋の中を覗き込みます。
この『生ける屍の水薬』は酷く調合が難しいらしく、タール状になっている液体や、そもそも液体ではなく固体になってしまっているものなど、さまざまな薬が出来上がっていました。

スラグホーン先生は乳白色よりのピンク色になっているハーマイオニーの鍋を見て、関心の声を零したあと、ハリーの大鍋の前でぴたりと足を止めました。
ハリーの大鍋の中は綺麗なほぼ透明なくらいの淡いピンク色の液体で満たされていました。スラグホーン先生は目を大きく開き、感動の声を上げました。

「素晴らしい! ハリー! なんと君は明らかに母親の才能を受け継いでいる! 彼女は…リリーは、魔法薬の名人だった!
 さぁ、これを――約束のフェリックス・フェリシスの瓶は君のものだ。上手に使いなさい!」

満面の笑みを浮かべるスラグホーン先生。ハリーは表情のどこかに何故か困惑を浮かべつつも、得意げににっこりと微笑み返し、金色の液体が入った小さな小瓶を受け取りました。
スリザリン生は、ハリーが小瓶を獲得したことにより、不満げな表情をしていましたし、ハーマイオニーはがっかりした表情をしていました。

それもそのはずです。今までハリーがハーマイオニーよりも完璧な魔法薬を作り上げたことはなかったのですから。

ハリーはいつもスネイプ先生に意地悪されていますしね…。スネイプ先生がいないというだけでも、素晴らしい魔法薬を作ることが出来たのでしょう。

私も他の生徒に混じってぱちぱちと拍手を送ります。拍手の音で起きたのか、フェインが身体を起こしました。

フェインは少しだけキョロキョロと周りを見ると、不満げに「シャーシャー」と大声で鳴きました。教室の視線がフェインに集まります。私は慌ててフェインを抱え込みました。

「す、すみません。
 もう、どうしたんですか…、フェイン」
「シャアシャアシャー」
「! 先生。リクの大鍋も見てください」

この中では唯一フェインの言葉がわかるハリーがスラグホーン先生にそう言いました。スラグホーン先生は不思議そうにしつつも、私の大鍋を覗き込んでまた目を大きく丸くさせました。

「なんと、なんと…。私はどうやら早とちりをしてしまったようだ。今年のグリフィンドール6年生は優秀な者ばかりだ!
 もう1瓶フェリックス・フェリシスを用意しなくてはいけないとは!」

スラグホーン先生は朗らかな表情を浮かべながら、前に置かれていた黒い鍋からもう1瓶分のフェリックス・フェリシスを注ぎました。
驚きの表情を浮かべながら、先生はその小瓶を私に握らせます。私は目をぱちくりとさせながらその小瓶を見つめました。

「1度に2名もの生徒が完璧にこの薬を煎じ上げるとは思わなかった! 
 君のお名前を聞いてもいいかね?」
「リクです。リク・ルーピンです」
「ルーピン…。もしやライアル・ルーピンと関わりが?」

ライアル・ルーピン。えっと、確かリーマスさんのお父さんの名前がライアルさんだった気がします。
関わりはあるのですが…、特段血の繋がりはありません。私は困惑しつつも、はにかむような笑みを浮かべました。

「えっと…、ライアル・ルーピンは私の祖父です」
「すると、リーマスの娘?」

「はい!」

今度は満面の笑みで肯定します。私はリーマスさんの娘であることは絶対なのです。
スラグホーン先生は再び驚いたようでした。そしてまた朗らかに微笑みを浮かべます。

「リーマスの娘か…。また奇妙なこともある。彼は学生の頃、魔法薬の授業は苦手でね」

その言葉を聞いて、私はクスクスと笑みを零します。
リーマスさんが魔法薬の授業が苦手だったということは、本人からも聞いていたことでした。

私は獲得したフェリックス・フェリシスを両手で包み込みながら、にっこりと笑みを浮かべます。
幸運の液体。何の変哲もない普通の日を素晴らしいものへと変えてしまう素晴らしい薬。

フェインが満足そうに私の肩に上り、ちらちらと可愛らしい舌を見せていました。


†††


ホグワーツでの授業が始まった1週間は、新しい時間割に慣れる前に数多くの宿題に囲まれて終わってしまいました。
N・E・W・Tがあるとは言え、あまりにも多すぎる宿題をこなす事に、6年生は疲れきって、霹靂としていました。

「集中力が足りないね」
「は、はい…!」

私にとって最良だったのは、リドルくんという最高の先生が傍に居たことでした。
DADAだけではなく、変身術でも呪文学でも要求され始めた『無言呪文』は、酷く厄介で難しかったのです。

以前リドルくんに教えてもらった『必要の部屋』に案内されてもらい、ごちゃごちゃと物が広がるその空間で、私はリドルくん指導の元、無言呪文の練習を積み重ねていました。

横たわっている大きなタンスに腰掛けているリドルくんは、そこらに転がっていた汚れたティアラを弄びながら、優雅に私の様子を見つめています。
私はむーと表情を険しくさせつつ、自分の杖先を見つめました。

「難しいですー。どうしてお花ばかり降ってくるのでしょう」
「まぁ、害がないだけマシじゃない? 大抵なら力身過ぎて爆発させることが多いからね。
 じゃあ、はい。もう1回。最初からだ」

厳しいリドルくんに齷齪としながら、私は再び無言のまま杖を振るいました。

ホグワーツの外では今もなお、闇の陣営による攻撃が悪化していましたが、学生だけは変わらず生活をしていました。
学生の中でも何人かは、不安を抱いた両親に連れ戻されるということがありましたが、それ以外は至って平和な日々を送っていました。

日刊預言者新聞の中で語られる事件が、遠い世界のことのようにも思えました。

杖先から零れる大輪の花を見ながらリドルくんが声を出しました。

「ほら、リク。また集中力が切れているだろう」
「………今、『オーキデウス(花よ)』を唱えていたんです」
「下手な嘘も大概に」

呆れたように、でも笑みを浮かべたリドルくんに、私は困惑の視線を向けました。本当に難しいんですってば。

リドルくんは手に持ったティアラを何やら思案顔で見つめたあと、ぽいとぞんざいにそこらの物の中に放り投げました。

そしてそのティアラはどこにあるのかわからなくなってしまいました。


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