森に入っていくと、獣道のような細い小道をクモが逃げて行っていましたが、やがてクモは道を逸れてしまいました。

私はハリーの顔を見ます。
その顔も杖明かりでやっと見えるというくらいに、森の深い所まで来てしまいました。

「どうします?」

ぴったりとくっついたファングを撫でながらハリー達の決断を待っていると、ロンが答えました。

「ここまで来てしまったんだもの」

私達はまたクモを追い、まだ長い時間、歩きつづけました。
ローブが枝や荊に引っ掛かり、顔をしかめました。

「ハリー、もう…」
「ごめん。でも、もう少し」

答えたハリーが足元を見つめました。クモの行方を追っていると、ロンが息を飲んだのを聞きました。

「どうかしましたか?」

ロンは何も言いませんでした。私とハリーの後ろ、目が釘付けになっています。
私がバッと後ろを振り返ると、身体が急に逆さ吊りになるのを感じました。

私の悲鳴が響きます。何かは私を吊り上げたまま、まだ森の深い所へと運んでいきました。
ファングの鳴き声が聞こえ、私の悲鳴と被ります。

ハリーとロンがもがいているのがちらりと見えましたが、私は恐怖に悲鳴を上げつづけていました。

何かは突然私達を地面に落としました。
私は竦み上がったファングに飛びつき、顔を埋めました。

まわりには、クモが、うじゃうじゃとした大量のクモがいます!
その中に巨大な、8つ目のドームのようなクモが数匹いました。

そのクモ達が大きな鋏をガシャガシャと鳴らしながら、私達を囲んでいました!

「アラゴク!」

ハリーを捕まえていたクモが声を上げていました。
呼ばれ、現れた一際大きなクモは、濁った8つの目を持っていました。

「なんの用だ?」
「人間です」
「殺せ、眠っていたのに」
「ま、待って下さい。私達、ハグリッドさんのお友達なんです!!」

私が上げた声は恐怖で喉に異物を挟んだような声でした。
窪地の中にいるクモ達が一斉に鋏を鳴らします。

竦み上がった私達は息を呑みました。
大きなクモ達に囲まれて、一瞬で食べられてしまいそうでした。

「ハグリッドは一度もここに人を寄越したことはない」
「ハグリッドが大変なんです。
 それで僕たちが来たんです」

息を切らしながらハリーがアラゴクに言います。
固まったままのロンの手をぎゅうと握りながら、私はハリーを見つめていました。

「学校のみんなはハグリッドがけしかけて…、何物かに学生を襲わせたとおもっているんです。
 ハグリッドを逮捕して、アズカバンに送りました」

クモ達が怒り狂って鋏を鳴らしました。苛々とした様子のアラゴクが私達に詰め寄りました。

「しかしそれは昔の話だ。何年も前のことだ。ハグリッドはそれで退学させられた。 みんながわしの事を『秘密の部屋』に住む怪物だと信じ込んだ」

アラゴクがガシャガシャと鋏を鳴らしながら話を続けます。

「わしはこの城で生まれたのではない。まだ卵だったときに旅人がわしをハグリッドに与えた。ハグリッドはまた少年だったが、わしの面倒を見てくれた。
 城の物置に隠し、食べさせてくれた。ハグリッドはわしの親友だ」

本当にハグリッドさんを信用している様子のアラゴク。
私はアラゴクを見上げながら、息をひそめていました。

「襲うのはわしの本能だ。しかし、ハグリッドの名誉のために、わしは決して人間を傷つけはしなかった。
 殺された女の子の慕いは、トイレで発見された。
 わしは自分の育った物置の中以外、城のほかの場所はどこも見たことがない」
「それなら、いったい何が女の子を殺したのか知りませんか?」

ハリーが地面に座り込んだままアラゴクに聞きました。

「そいつはまた戻ってきてみんなを襲って――」
「城に住むそれは、わしらクモの仲間が何よりも恐れる太古の生き物だ」
「あの、いったいその生き物とはなんですか…?」

がたがたと震える身体を押さえ付けながら、私もアラゴクを見上げました。
バッとアラゴクが私達に詰め寄り、怒ったように声を荒上げました。

「わしらはその生き物の話をしない。
 わしらはその名前さえ口にしない!! ハグリッドにさえ教えはしなかった」

そしてそのまま、じりじりと詰め寄るクモ達。
腰が抜けてしまっている私達も静かに立ち上がって、寄り合いました。

「あー、それじゃ、僕達は帰ります」
「帰る? それはなるまい。
 わしの命令で、娘や息子達はハグリッドを傷つけはしない。しかし、わしらの真っ只中に進んできた新鮮な肉を、おあずけにはできまい。
 さらば、ハグリッドの友人よ」

心臓が止まってしまったのかと、思いました。
ガシャッと私の近くで鋏が閉じられました。

突然。そこで車が飛び込んできました。ロンが叫びます。

「僕達の車だ!!」
「ハリー、ロン、走ってください!」

それはハリーとロンが今年のはじめに乗ってきた、ロンのお父さんの車でした。

ほとんど野生化していたその車はクモを薙ぎ倒しながら、私達の前に止まりました。
2人の手を引いた私がクモ達に追いつかれる前に乗り込みます。

私も後ろの座席に飛び込んで、ファングを引っ張ると、ロンがアクセルも踏まずとも車は勝手に走り出しました。

後ろではクモ達が怒りの声を上げていましたが、その音もすぐに流れていきました。

ばくばくと跳ね上がる心臓を両手で押さえながら、私はシートに身体を埋めていました。

「大丈夫かい?」

ハリーの声にロンはまだまっすぐに前を見たまま口がきけない様子でした。
私も後部座席から手だけを出して、体力その他もろもろが限界だという事を伝えます。

まだ足ががくがくして、全く機能しそうにありません。
隣のファングに寄り掛かりながら、呆然と車が進むに任せていました。

そして車は森の入り口まで送ってくれて、飛び降りるファングに続いて、私も足を踏み出しました。

大丈夫です。まだ、力が抜けそうですが、ゆっくり落ち着いてきました。

車のボンネットを感謝の気持ちを込めて撫でると、その車はまた森の中へと姿を消していきました。

私は小屋に飛び込んで震えているファングをぎゅうと抱きしめたあと、『透明マント』を手にしたハリーと小屋を出ました。
そこでロンがかぼちゃ畑の横で吐いているのを見つけました。

私は慌てて駆け寄って、ロンの背中をさすります。ロンは弱々しく不満を言いました。

「クモの跡をつけろだって?
 ハグリッドを許さないぞ。僕達、生きてるのが不思議だよ」
「ハグリッドさんは、アラゴクなら友達を傷つけないと思ったのでは?」
「だからハグリッドってダメなんだ!
 怪物はどうしたって怪物なのに!」

ガタガタと震え出したロンの背中をさすりながら、私は眉を下げました。


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