私は校内を歩き回って、そして最後の所で小さなガラス瓶の中に残っていた液体を数滴落とします。液体は地面に吸い込まれ、すぐに見えなくなってしまいました。
空の瓶を廊下の明かりで透かして見た後、それを鞄に戻して、しゃがんでいた私は立ち上がりました。リドルくんが私の行動を見つめたあとに言葉を零します。

「……これで騎士団の連中を、もしかしたら救えるかも知れない。でも、それと同じだけホグワーツに侵入した死喰い人も助かるかもよ?」
「それでいいんですよ。本来ならば、誰も死ななければ1番いいんですから」

誰もこの世界で死ななければいい。みんな生き残って欲しい。でも、もう戦争は始まってしまうのです。

私はもっと出来ることがあったのではないでしょうか。
私は結局ヴォルデモートさんの所でも何をすることもなく過ごしてしまいました。

もっと何かを、変えられる『何か』をすることが出来たのでは…?

表情を暗くしていると、不意にリドルくんが深く黙り込みました。彼から漂う雰囲気も変わったような気がします。
気になってリドルくんを見つめると、彼は爛々と瞳を赤く輝かせながら何かを堪えるように口元を押さえていました。私は不安になって彼の名を呼びながら腕に触れます。

「リドルくん?」
「『お前達が戦う準備をしているのはわかっている』」

リドルくんが急にそう言い始めました。それと同時にホグワーツ城内に響き渡るヴォルデモートさんの恐怖を煽るような声。

重なるリドルくんとヴォルデモートさんの声を聞きながら、私はリドルくんの腕を強く握ります。彼はここではないどこか遠くを見つめ、精神を乗っ取られているかのように見えました。
ヴォルデモートさんのような絶対的な雰囲気を漂わせるリドルくんが、微かに辛そうな顔をしながらも口から溢れる言葉を抑えられずに、城内に響く言葉と全く同じ言葉をそのまま語り続けていました。

「『何をしようが無駄なことだ。俺様には勝てぬ。俺様はホグワーツの教師に多大な尊敬を払っているのだ。魔法族の血を流したくはない。
 ハリー・ポッターを差し出せ。そうすれば誰も傷つけはせぬ。そうすれば学校には手を出さぬ。そうすればお前たちは報われる』」

ヴォルデモートさんの声で、リドルくんの声で、言葉が私に届きます。

「『真夜中まで待ってやる』」

最後にそう言い切るとリドルくんは忌々しげに表情を変えると、再び口元を抑えました。私は掴んだままのリドルくんの腕をもう1度握り直し、小さな声で彼に聞きました。

「今のは…?」
「『ヴォルデモート卿』がホグワーツに来た。ただ、それだけさ」

彼は短くそう言います。そして不安げな表情をしているであろう私に微笑みかけたあと、甘やかすように私の額にキスをしました。

「ありがとう。僕は大丈夫」

擽ったさと恥ずかしさで私ははにかみながら、リドルくんの頭を撫でます。リドルくんは苦笑を零したあと、私の手を払うことなく大人しく撫でられていました。
と、その時、遠くで何やらガラスの割れるような音が聞こえました。窓の外に向かう私達の視線。外では何やら黒い霞のような物が森の方へ向かうのが一瞬だけ確認できました。

「……スネイプだ。あいつがいないのならば、城の中には居れない。…1度出よう」
「はい。……本当にこれで大丈夫なのでしょうか」

大人しく頷いてから私は先程、液体を零した場所を見つめました。
学校中の何箇所かに零したその液体は『フェリックス・フェリシス』、幸福の液体でした。

6ヶ月かかるこの薬の調合を、私はずっと『秘密の部屋』で行っていました。今までにないくらいに難しい調合に本来できるはずの量よりも少なくなってしまいましたが、なんとか間に合わせることができました。
私は誰か1人にその幸福の液体をあげるのではなく、学校全体に効果が現れるのを願って、ホグワーツに点々と雫を与えました。

これで何かが変わることを願いながらも、不安は変わらず私を襲います。小さく俯きながら私は隣のリドルくんに寄り添いました。

「本当にこれで、何かが変わるんでしょうか」
「……不安に飲まれれば栄光は掴めない。
 自信を持ちなよ、リク。
 大丈夫。リクが出来ることは精一杯やったんだ」

リドルくんは優しくそう言うと、私の手を掴み、赤い目を細めながら微笑みかけました。

「少し城から離れていよう。
 すぐ戻って来れるよ。…良くも悪くもね」

戦いへのカウントダウンが始まっている中、私とリドルくんはホグワーツの生徒の誰にも見つかることなく、静かに城を抜け出しました。

禁じられた森に向かって歩いていく途中、リドルくんが私と手を繋いだままホグワーツへと振り返りました。
彼はどこか懐かしそうな顔をすると、すぐに視線を逸らして再び歩き出したのでした。


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