夜、私が眠ると毎回、毎回、とってもリアルな夢を見ていました。
その中で私の体はゴーストさんみたいになっていました。
物を掴んだり、誰かの身体に触れたりは出来ません。
でも私の意思で自由に動けますし、お話も出来ました。
私はこれは軽い幽体離脱みたいなものだと思っています。
そしてこのことは誰にも、親代わりであるリーマスさんにも言っていませんでした。
そして私は自分の意志で毎晩同じ場所に訪れていました。
「やぁ、リク。こんばんは」
「こんばんは、シリウス」
凶悪な囚人たちがたくさん集まるアズカバンの中。
薄暗く、冷たい空気が広がるその監獄の中。
ここにいるシリウス・ブラックは、私は1年生の時からの友達でした。
彼はリーマスさんと同級生さんで、さらにハリーの名付け親でもあります。
とっても友人思いの優しい方で、私のお話もよく聞いてくれます。
私とって、いろんなことを相談することのできる、お兄さんのような存在でした。
そして今日もシリウスの隣に腰を下ろして、お話をするのです。
夢の中で今日も、夢ではないお話をするのです。
†††
「今日、リーマスさんに『守護霊』の呪文を教えてもらったんですよー」
「守護霊? また、どうして」
夏休みに入って、暫くたったある日でした。
いつものように監獄に遊びにきた私の意識はシリウスとお話をしていました。
私の言葉に首を傾げるシリウスに、にっこりと笑いかけました。
「守護霊の呪文って幸せな事を考えながら唱えるんですよ、なんかいいじゃないですかー」
このことも理由にありましたが、メインの理由は違います。
今年は、ハリーが3年生。
お話では脱走するシリウスを捕まえるため、吸魂鬼が沢山出る年でした。
ハリーと、そしてシリウスやリーマスさんを助けるためにも守護霊の呪文は必要な呪文でした。
シリウスは私の言葉ににっこりと笑いました。
「出来たか? 難しいだろうに」
「ふふ。出来ましたよ!
リーマスさんの教え方、とっても上手なんです!
私も2回目で白いもやを出せるようになって、今ではちゃんと動物の形になってますよー」
嬉しさを伝えたくて私も満面の笑顔で返します。
自分の事のように喜んでくれるシリウスと手を(気分的に)合わせました。
「ムーニーの教えもたしかにいいだろうが、リクの腕もたしかなんだろう。
普通、3年生じゃ守護霊は呼び出せない。よかったな。
リクの守護霊は何の動物を象ったんだ?」
守護霊は個人で形が変わり、本人の心境にもよって変わっていくそうです。
私の守護霊は…。
ちょっと恥ずかしく思いながら、小さくシリウスに伝えました。
「狼さんです。
リーマスさんみたいな、でもこのくらいの小さい狼さんです」
私がはにかみながら大きさを手で示すと、たてた膝に肘を置いて頬杖をついたシリウスが、ふふんと笑います。
ニヤニヤしたままのシリウスが言いました。
「リーマス好きな奴め」
「シリウスも好きですよ」
「可愛い奴め!」
あははと笑うと笑顔のシリウスが、ゆっくりと真面目な顔になってゆきました。
私は彼の顔をのぞき見ます。
「シリウス?」
「リクは俺が無実と信じてくれるのか?」
突然のシリウスの声。
私は躊躇いもなく頷きました。
信じるもなにも、私にはシリウスが無実だと「知って」いたのですから。
私の言葉に安心したようなシリウスが、牢屋の隅から新聞の切りはしを差し出しました。
そこには『ガリオンくじグランプリ』に当たったロンの一家が、エジプトに行っている時の動く写真が。
新聞の日付は昨日。
それを静かに受け取って、覗き込みます。流れた横髪を耳にかけます。
「ファッジが今日、アズカバンの視察に来た。その時に貰った」
「この家族は私の友達です。彼が同級生のロン。
前にも数回、話した子です。ハリーの親友の」
またすらりと身長が伸びているロンの姿を私は指差しました。
シリウスが私の指差した場所をもう1度指しました。
「彼の肩に乗っているのは彼のペットだろ? それも前にリクが話していた」
「はい。スキャバース、です」
ロンの肩にはくたびれたネズミが乗っていました。
指の1本欠けた、お兄さん達からのお下がりのネズミです。
シリウスがそのネズミを見たこともない殺気の篭った視線で睨んでいるのに気がつきました。
「こいつはただのねずみじゃない。『動物もどき』だ。本名はピーター・ペティグリュー。
俺は、こいつが、許せない」
殺気を滲ませたシリウスが握り込んだ拳から血が流れていました。
私はシリウスの手に自分の手を重ねて、シリウスにききました。
私が何かを示すことなどできません。
「…シリウスは、どうしたいんですか?」
「ここから出る。こいつを、殺…アー、捕まえる」
「大丈夫ですよ、シリウス」
私の顔を見て言い直すシリウス。少しだけしまった。という顔をしていました。
いちおう私は13歳のお子様ですからね。
殺す云々の言葉は聞かせない方がいいと思ったのでしょう。
シリウスは1度息をはいてから私に向き直りました。
「リク…、協力してくれないか?」
私はすぐに2つ返事で頷きました。
シリウスと額を合わせながら、囁きます。
「絶対に。シリウスの無実を証明します」
翌日。『日刊予言者新聞』の一面には『シリウス・ブラック、アズカバン脱獄』の記事がかかれていました。