朝、私は城を抜け出して禁じられた森の中に入っていきました。
「………シリウス…、何処でしょうか……?」
呟きながら深い森の中に入っていきます。
細い獣道をたどっていくと目の前に大きな黒い犬が現れました。
私はそれに飛びつくように抱きつきます。
犬はいつの間にか男の人の姿になって、私を包むように抱きしめてくれました。
「シリウス!」
「リク!!」
ぎゅうと抱きしめ合ったあと、少し体を離して額を合わせて笑い合いました。
暖かい大きな手が私の頬を包みました。私もその手に自分の手を重ねます。
「やっと会えましたね、シリウス」
確かにいつも『会って』はいましたが、実際に触れたりするのはこれが初めてです。
それは思っていたよりも感動的なことでした。
少しだけ涙ぐんでいるとシリウスは呆れたように笑って、目元を拭いてくれました。
ふふと笑ったあとに、シリウスの頬をつねりました。シリウスの驚き顔。
「っ? リク? 痛い痛い」
「昨日は無茶しすぎですよ。びっくりしたんですよ」
ぎゅーっと引っ張るとシリウスが私の手を押さえながら、眉を下げました。
「リクの飼っているヘビのおかげで予定より早く着けた。さっさと探し出したかった」
そう言うシリウスの後ろからするするとフェインが登ってきました。
私はフェインを抱え、キスを落とします。
フェインはシュと声を零したあと私の肩に乗り移ってきました。
近くの岩に腰を下ろしたシリウスの隣に、私も腰を下ろします。
私はローブから、隠して持ってきた食料をシリウスに渡しました。
「ありがとう。これはどこから?」
「朝食で出てきたものばかりですけど…」
「地下に果物が盛ってある器の絵があるはずだ。その裏がホグワーツの厨房になっている。
そこに屋敷しもべ妖精がいる。そいつらに頼んだほうがいい」
「さすがですね」
さすが、悪戯仕掛人さんです。
私は初めて知った厨房の場所を頭の中で思い描きながら、痩せてしまっているシリウスを見つめました。
リーマスさんと同級生さんで。とっても友達思いの方で。私のことも娘みたいに大切に思ってくれていて。
私はシリウスに隠し事はしないことに決めました。
「シリウス。私、シリウスに会えたら言いたかったことがあるんです」
「なんだ、告白か」
「…………やっぱ言うのやめていいでしょうか?」
「冗談だ。どうかしたのか?」
私の顔を覗き込んだシリウス。
さっきの不真面目そうな顔はどこへ行ったのか一気に真剣な表情になっています。
私は小さく微笑んでシリウスを見つめました。
そして私は話しだしました。
私が、この世界の人ではないということ。
私は、この先のお話を知っているということ。
私は、未来を変えたいということ。
シリウスは私の話を最後まで静かに聞いていました。
あまりにもないくらい静かでしたので、怒ってしまったのかと怖くなります。
フェインを抱えて眉を下げていると、シリウスがじーっと私を見たまま静かに話しだしました。
「それを大体3年間隠していたのか」
「は、はい…」
「ピーターが生きているというのもずっと知っていたのか」
「…………はい」
俯くようにして頭を下げると、ぐしゃと私の頭を掴んだシリウス。
びっくりして、彼を見るとにっこりと笑うシリウスが見えました。
「リク。これからのことも知っているんだよな」
「は、はい。うろ覚えですけど……」
「でもそのほとんどを知っていて俺に協力してくれているんだろ?」
笑ったシリウスは私の頭をぐしゃぐしゃと撫で続けました。
「リクは俺を信じてくれた。俺もリクを信じている。
というか、今、この場にいるリクも共犯者だしな」
「…………ふふ。確かに。本当なら通報しなくてはいけませんよね」
少し論点がズレているような気もしますが、シリウスは私を許してくれているようで、頭を撫ででいた手を止めて、ゴロンと私の膝に頭を乗せました。
その頭に私の手を置きながら、私はクスと笑いました。
笑いながらもこれから先のことを考えて、頭が重くなるのを感じていました。
彼を死なせたくなんかありません。
絶対にピーター・ペディグリューを捕まえなくては。
†††
森の中には綺麗な湖が近くにあり、その近くにある大きな洞穴にシリウスは隠れていました。
私も他のみんなにばれないように、お昼休みや朝の時間にそこを尋ねていました。
数日食料を届けていると、栄養失調気味だったシリウスの顔色も少しは戻ってきて、私は一安心。
ですが、やっぱり余裕はないみたいで、今すぐにでもピーター・ペディグリューを探し出したい様子でした。
私も探し出したいのは山々なんですが…、ロンと一緒にいるはずのスキャバースが最近見かけないのです。
フェインにもお願いをして探して貰っていましたが、結果はよくありません。
「リク、やっぱり俺もホグワーツに」
「駄目ですよ。犬の姿だとしても、お城にはリーマスさんもいますし…、ばれちゃいます。
フェインと、クルックシャンクスに任せましょう」
クルックシャンクスも私達に協力的でした。
私達には大助かりなのですか、クルックシャンクスとフェインでスキャバースを狙っていたので、ロンの機嫌は最悪でした。
普段は仲良くしてくれるのですが、クルックシャンクスの事になると、違いました。
私はシリウスの前に広げていたランチョンマットを片付けて、立ち上がります。
「今日はもう行きますね。
……ごめんなさい。最近天候が悪いのに置いていったりして…」
今も洞穴の外では沢山の雨が降っています。
最近はお天気もずっと荒れ気味でした。
シリウスは私の頭をがしがしと撫でてくれました。
「むしろ雨の日まで呼んですまない。食料助かっている。
…風邪をひかないでくれよ?」
「シリウスも」
私は自分の身体に防水の呪文をかけて、雨の中を歩き出しました。
後ろでは犬の姿になったシリウスが洞穴の入り口で私を見送ってくれていました。
†††
私は朝早くにリーマスさんの部屋にお邪魔しました。ノックをしてから入っていきます。
「リーマス先生、大丈夫ですか?」
「リクちゃん! 今日は来ちゃ駄目だよ」
慌てた様子のリーマスさんが、それでも私を部屋に入れてくれました。
今日は満月の日でした。
リーマスさんが狼人間へとなってしまう、1番嫌いな日でした。
青白い顔をしたリーマスさんが困ったように、でも優しく私の頭を撫でてくれます。
「ほら、今晩は」
「わかっています。満月の周期は覚えてきましたから」
リーマスさんを遮って答え、私はぎゅうとリーマスさんを抱きしめました。
リーマスさんはやっぱり辛そうなままでした。
その表情を見て、私も顔を曇らせます。リーマスさんの手を握って私はその手を自分の額に合わせました。
「私もついて行っちゃ駄目ですか?」
「それは駄目。これから授業もあるでしょ」
「………はい」
頷いてから背伸びをしてリーマスさんの髪にキスしました。
何回も、何回も、この日だけはリーマスさんは私を遠ざけようとします。
私を守るため、とはわかっているんですが、やっぱり、リーマスさんが淋しい時に一緒にいれないのは私も、淋しいのです。
表情を暗くしていると「それはそうと」とにっこりと笑顔を浮かべました。
「今日のDADAの授業は私の代わりにスネイプ先生がやってくれることになったから」
「ぴゃー」
「よかったね。嬉しそうでなにより」
「よくないです! 嬉しくもないです! 怖いです!」
リーマスさんは本当、誤解していますよ!
ぷくと頬を膨らませてから、私はリーマスさんの手を強く握りました。