フェインとクルックシャンクスに案内された場所は『暴れ柳』のふもとでした。
フェインが暴れ柳の振り回す太い幹をかい潜りながら、木の節の1つに触れました。
暴れ柳の全ての動きが止まりました。
私はクルックシャンクスの案内で木の根本に開いている隙間に身を滑り込ませました。
中は長く長く続いたトンネルとなっていました。
私は足元で待っていたフェインとクルックシャンクスを見ました。
「行きましょうか」
暗く続くトンネルを長い時間をかけて進んでいくと、その先は埃っぽい部屋へと続いていました。
咳をしながらもそこに足を踏み入れると、中にはシリウスが静かに立っていました。
「シリウス」
「ここは『叫びの屋敷』の中だ。リク、来たことは?」
声をかけると、シリウスは私を見ないまま、壊れた家具を撫でて、私に聞きました。私は首を左右に振ります。
「いいえ。初めて来ました。
でも誰のために作られたかは知っています」
壊れた家具。傷付けられた壁。何かが噛んだ跡。
狼人間となってしまうリーマスさんのために作られ、リーマスさんが苦しんだ部屋。
シリウスは手を離し、私に向きました。ぼさぼさの髪を私は撫でました。
「私の杖を貸します。使いづらいでしょうが…」
「いいや。ありがとう。リクはここで待っていてくれるか? 今日こそピーターを捕まえてくる」
シリウスは次に犬の姿となっていました。
私は彼を抱きしめ、犬の耳辺りにキスを落としました。
「フェイン。クルックシャンクス、シリウスのお手伝いをしてくださいね」
走って出ていくシリウス達を見送ってから、私は改めて屋敷の中を見渡しました。
数々の爪痕に私の顔は曇ります。崩れ落ちそうな階段を上がり、天蓋ベッドを見つけて私は腰をかけました。
長く長く長く。長い時間の後、屋敷の入り口辺りで吠え声がして、私はバッと立ち上がりました。階段を上がって来る音と、ロンの声。
「離せ、離せ!! この!」
激しく抵抗するロンの声が聞こえ、やがて黒い犬に引かれたロンが現れました。
シリウスはロンをベッドに放ると部屋の隅で人の姿になりました。復讐に目を輝かせています。
痛みに呻いたロンが私の姿を見て目を丸くしました。
「リク、なんで!?」
「ロン…、ロン、足が折れて!?」
寄り添うと、ロンの足が奇妙な方向に曲がっているのが見えました。私はバッとシリウスに振り返ります。
「やり過ぎです、シリウス!」
「……リク、今はそいつから離れてくれ。もうすぐここにハリーが来る」
「リク!! どういうことだよ、そいつは…!」
怒鳴ったロンが痛みに呻きました。歯を食いしばっています。涙を滲ませる私をシリウスが引きました。
スッと私はシリウスに寄り添います。またロンが目を丸くしていました。
「杖を返す。俺はその子の杖があるから」
「無茶をしては駄目ですよ。
……フェイン、ロンの足を支えてあげてください」
シリウスの懐から出てきたフェインがロンの足に巻き付きました。またロンが呻きます。
ですが、添え木の代わりとなったようで、僅かに痛みを軽減させたようでした。
その時、ドアがバッと開き、ハリーとハーマイオニーが飛び込んできました。
扉の脇に立っていた私達には気がついていないようでした。
「ロン、――大丈夫?
犬は何処?」
「犬じゃない。ハリー、罠だ。
あいつが犬なんだ…あいつは『動物もどき』なんだ……」
ロンが私達、正確にはシリウスを指差しました。
ドアを閉め、私とシリウスは一斉に呪文を唱えました。
「「エクスペリアームス(武器よ去れ)!」」
ハリーの杖がシリウスに、ハーマイオニーの杖が私の手に収まりました。
2人が驚き私を見つめているのを感じていました。
「君なら友人を助けにくると思った。
君の父親も俺のためにそうしたに違いない。
君は勇敢だ。先生の助けを求めなかった…その方がずっと楽だ…」
囁くシリウスを恨みの篭った瞳で睨んだハリーが身を乗り出しましたが、すぐにハーマイオニーとロンがハリーに掴み、止めました。
「ハリー、駄目! ハリー!」
「こいつが僕の父さんと母さんを殺したんだ!!」
大声を上げたハリーがハーマイオニー達を振りほどき、シリウスに殴り掛かって来ました。
驚いたシリウスは杖を上げ損ね、先にハリーがシリウスの頬を殴りつけました。
私達の悲鳴。
ハリーはめちゃめちゃにシリウスを殴りつけ、シリウスは持っているハリーとロンの杖から火花を散らせ暴れています。
ですが、体格差状シリウスの方が強く、シリウスがハリーの胸元を掴んで立ち上がりました。
いつの間にか頬に涙が伝っていた私がシリウスのその腕を掴みました。
「シリウス、駄目です。シリウス、それ以上は」
「…いいや……もう遅すぎる…」
食いしばった歯の隙間から声をだすシリウス。私はそれでもシリウスの腕を掴んでいました。
突然。ハーマイオニーがシリウスに飛び蹴りを入れました。
シリウスが痛みにハリーを離します。側にはいた私もよろけたシリウスの身体に辺り、床に倒れてしまいました。
ハリーの杖が転がります。ハリーはそれを取り、制するハーマイオニーの悲鳴を遮ってそれをシリウスに突き付けました。
杖は真っ直ぐにシリウスの心臓を狙っています。
シリウスは表情を歪めた後、囁きました。
「ハリー、俺を殺すのか?」
「お前は僕の両親を殺した」
ハリーの声は震えていました。
近くに倒れたままだった私はゆっくりと身体を起こして2人を見つめました。
「否定はしない…。しかし君が全てを知ったら――」
「全て? お前は僕の両親をヴォルデモードに売ったんだ。それだけ知れば沢山だ!!」
「話を聞いて下さい、ハリー!」
叫んだ私はシリウスとハリーの間に身を滑り込ませ、両手を広げました。
真っ直ぐにハリーを見たまま、背をシリウスに向けて。
ハリーの顔はまた悲しげに顔を歪めました。シリウスが私の背を見ながら言います。
「リク、退けろ」
「嫌です」
「リクは僕達を裏切っていたの…?」
「違う!」
口を開いた私よりも先に後ろのシリウスが答えました。
そのまま沈黙が場を占め、数秒が過ぎました。
そしてその静かな空気の中、下の階で何か足音が聞こえました。誰かがいます。
ハーマイオニーが急に叫び出しました。
「ここよ! 私達上にいるわ! シリウス・ブラックが! 早く!!」
私達が慌てる中、ドアが勢いよく開き、中から蒼白な顔をしたリーマスさんが飛び込んできました。
「エクスペリアームス(武器よ去れ)!」
リーマスさんの呪文でハリーの手から杖が飛びました。
呆然とするハリーの横、私は振り返ってシリウスに飛び付きました。
それをも見ながら、リーマスさんは震える声でシリウスに尋ねました。
「シリウス、あいつは何処だ…?」
無表情のシリウスは、私を片手に抱えたまま、ゆっくりとロンの方を指差しました。
そこにはスキャバース――ピーター・ペディグリューがいました。が、当然、ロンもハリーも困惑顔。
私は涙を軽く拭って、先に立ち上がり、シリウスの手を引き、彼を立ち上がらせます。
暫く何かを考えるように呟いていたリーマスさんでしたが、やがて構えていた杖を下ろし、兄弟のようにシリウスと抱きしめ合いました。
「なんてことなの!」
ハーマイオニーの叫び声が聞こえました。
リーマスさんはシリウスを離して、ハーマイオニーを見ました。ハーマイオニーは震える手でリーマスさんを指差しています。
「先生は、先生は――その人どグルなんだわ!」
「ハーマイオニー、落ち着きなさい」
「私、誰にも言わなかったのに!
先生とリクのためにも私、隠していたのに…!」
「ハーマイオニー! 私達の話を聞いてください!」
嗚咽を零すハーマイオニーに私も声を出します。
ですが、今度はハリーが叫びました。
「僕は先生を信じていた…。それなのに先生はずっとブラックの友達だったんだ!」
「それは違う。
この12年間、私はシリウスを疑っていた。でも今は違う」
「駄目よ、ハリー! 騙されないで!
この人はブラックが城に入る手引きをしていたのよ!
この人も貴方の死を願っているんだわ!
――この人、狼人間なのよ!!」