私達の入ってきたドアが勝手に開いたのです。
一斉にドアを方を見ましたが、そこには誰もいませんでした。
怖くなった私はぎゅとシリウスの腕を掴んで、ドアの方を見つめつづけていました。
ドアを不思議そうにみたリーマスさんは静かに、リーマスさんがホグワーツに通っていた時の話をはじめました。
学生の時は今のように『脱狼薬』は開発されておらず、リーマスさんは月に1度、満月の度にこの『叫びの屋敷』で暴れ回っていました。
自分の体を傷つけ、ぼろぼろになりながら。
「しかし、変身することだけを除けば、人生であんなに幸せだった時期はない。
生まれてはじめて友人ができた。
シリウス・ブラック。ピーター・ペディグリュー。それから…ジェームズ・ポッター」
リーマスさんの友人である3人は、月に1度姿を消すのに気がつかない筈はありませんでした。
隠しつづけたリーマスさんでしたが、ついに3人はリーマスさんの正体を悟ってしまいます。
ですが、3人はリーマスさんの友人を止めようとは考えませんでした。
それどころか、3人はリーマスさんのためにも『動物もどき』となりました。
人間だと一緒にはいられませんでしたが、動物の姿では一緒にいることができました。
リーマスさんはそれまでよりは危険ではなくなりました。
暴れることが少なくなり、ほどなくして叫びの屋敷から抜けて、校庭を歩くようになりました。
そして『忍びの地図』を作り上げ、さらにはそれぞれのニックネームでサインを施しました。
リーマスさんはムーニー。
シリウスはパッドフット。
ジェームズさんはプロングズ。
ピーター・ペディグリューはワームテールとして。
確かにそれでも危険な事に変わりありません。
それを理解しながらもリーマスさんは、友人との散歩を楽しんでいました。
罪悪感は時折、リーマスさんを襲っていました。
「この1年、私はシリウスが『動物もどき』だと告げるべきか迷っていた。
だが私が臆病者だったためにダンブルドアに告げは出来なかった。
学生時代にダンブルドアの信頼を裏切っていたと認めることになるからね」
リーマスさんはシリウスが学校に入り込むためにヴォルデモードから学んだ闇の魔術を使っていると思いたかったらしいです。
小さく自嘲したリーマスさんを私達は見つめました。
「だからある意味ではスネイプの言うことは正しかったんだ」
「スネイプだって?」
シリウスがやっとスキャバースから目を離し、私やリーマスさんを見ました。
「スネイプ先生は今、ホグワーツで教えているんですよ」
私の答えに複雑そうな顔をするシリウス。リーマスさんがハリー達を見ました。
「スネイプ先生は私達と同期なんだ。
セブルスは私が教職に就くことに反対し続けた。
それは、セブルスはシリウスの仕掛けた悪戯で危うく死にかけたことがあったからなんだ。私もその悪戯に関わっていた」
「当然の見せしめだ」
シリウスがせせら笑いました。私は頬を膨らませたが、シリウスは笑ったままでした。
スネイプ先生とリーマスさん達(特にジェームズさん)はお互いに嫌っていました。
そしてスネイプ先生はリーマスさんが月に1度何処に行くのか興味を持ちました。
ある日マダム・ポンフリーと一緒に暴れ柳に向かうリーマスさんの後をおいかけました。
その時に、シリウスが暴れ柳の入り方を教えてしまったのです。
それを聞いたジェームズさんが自身の危険も顧みず、スネイプ先生の後を追いかけ引き戻しました。
ですがスネイプ先生はその時にリーマスさんの姿をチラリと見てしまいました。
スネイプ先生はリーマスさんの正体を知ってしまったのです。
「だからスネイプは貴方が嫌いなんだ」
ハリーが言いました。
「スネイプは貴方もその悪戯に関わっていたと思った訳ですね?」
「その通り」
突然声がしました。
バッと後ろを見ると、透明マントを手にしたスネイプ先生が、リーマスさんに杖を真っ直ぐに向けていました。
ハーマイオニーの悲鳴。シリウスがサッと立ち上がりました。膝に乗っていた私もつられて立ち上がります。
スネイプ先生はマントを横に投げました。
「『暴れ柳』の根本でこれを見付けましてね」
「せ、先生、どうしてここに…?」
私の声に、スネイプ先生は吐き出すように答えました。
「今夜の分の脱狼薬を届けにルーピンの部屋に行った。
我輩には真に幸運な事に机の上に何やら地図があった。君がこの通路を走って行くのが見えたのだ」
「セブルス…」
「我輩は何度も校長に進言した。君が旧友のブラックを手引きしていると。
いけ図々しくもここを隠れ家に使うとはさすがの我輩も思いつかなかった」
「セブルス、君は誤解している」
リーマスさんが杖を突き付けられたまま切羽詰まったように言いました。
「君は話を全部聞いていないんだ。説明させてくれないか」
「今夜、また2人、アズカバン行きが出る」
スネイプ先生は全くリーマスさんの話を聞いていないようでした。
私はまた駆け出してリーマスさんの前に飛び出しました。
冷たい目で私を見下ろしたスネイプ先生。私の足が微かに震えました。
「君も残念でしたな。Ms.ルーピン。
親がアズカバンに行くとは」
「いいえ。リーマスさんをアズカバンには送らせません。
シリウスを手引きしたのはリーマスさんではなく、私ですから」
バーン!! 突然響いた杖からの音に、私はビクッと身を震わせました。
ですが、スネイプ先生の杖から飛び出た紐は私の後ろのリーマスさんに巻き付きました。
「リーマスさん!?」
リーマスさんはバランスを崩し、床に倒れます。
怒りの声を上げたシリウスがスネイプ先生に向かいましたが、先生はシリウスの眉間に真っ直ぐ杖を突き立てました。私の短い悲鳴がまた口から飛び出します。
「娘にまで庇われるとは」
スネイプ先生の小さく低い声が聞こえました。
私はぽたぽたと涙を流しながら、スネイプ先生のローブの裾を掴みました。
「先生、待って…、待ってください。スネイプ先生は誤解しています。
本当なんです。私がシリウスの手助けをしていたんです。シリウスに食料を渡していたのも、グリフィンドール寮の暗号を渡したも、私なんです!」
「だまれ! いい加減な事を口にするな!!」
スネイプ先生が怒鳴り、掴んでいた私の手を払い落としました。
赤くなった私の手を見て、シリウスがまた怒鳴り声を出しました。
まだシリウスに杖が付き付けられているのを見て、私は彼の腕にしがみついて必死に止めます。
瞳を光らせたスネイプ先生が私を見下ろしたまま話しつづけました。
「来い。全員だ。
我輩が木を出たらすぐに吸魂鬼を呼ぶ。連中はブラックを見てお喜びになることだろう。喜びのあまり『吸魂鬼の接吻』をする。そんなところだろう…」
シリウスの表情がサッと変わりました。
スネイプ先生を止めようとする直前、ハリーが先にドアの前に立ち塞がっていました。
「どけポッター。お前はもう十分規則を破っているんだ。
どけ!」
「恥を知れ! 学生のときからかわれたというだけで、話も聞かないなんて!」
ハリーが叫びました。スネイプ先生は既に狂気じみた顔で叫び返しました。
「黙れ! 我輩に向かってそんな口の聞き方は許さん!!
どくんだ、さもないとどかせてやる。
どくんだ、ポッター!」
「エクスペリアームス(武器よ去れ)!」
私の何回か目の悲鳴。
スネイプ先生の身体は足元から吹っ飛び、壁に激突して床に滑り落ちました。
髪の毛の下からは血が流れています。