情け容赦ないリーマスさんのその声からはいつもの優しいリーマスさんの面影はありませんでした。
私はリーマスさんの杖腕ではない方と手を繋ぎました。
「ロン、そのネズミをよこしなさい。無理にでも正体を顕させる。
もし本当のネズミだったら、これで傷付く事はない」
とうとうスキャバースを差し出したロンは不安そうに、リーマスさんとシリウスを見つめていました。
喚き続けるネズミにリーマスさんは杖を突き付けていました。
私は再びシリウスに杖を貸しました。頷くシリウスがリーマスさんを見ました。
「三つ数えたらだ」
そして青白い光が2本。スキャバースに当たりました。
次の瞬間にはスキャバースがいたところには男の人が立っていました。
小柄で、それでいてなんとなくネズミのような姿をした…、
探し求めたピーター・ペディグリューが私達の目の前にいました。
私と繋いだ手に力を込めたリーマスさんが、私の姿を後ろに追いやりました。
それは私の姿がピーター・ペディグリューから見えないようにしてくれているようでした。
「やぁ、ピーター。しばらくだったね」
「し、シリウス…リーマス…。と、友よ、…懐かしの友よ」
シリウスの杖が上がりましたが、それを私とリーマスさんの2人で止めました。
「ジェームズとリリーが死んだ夜、何が起こったのかおしゃべりしていたんだがね。
君はあのベッドでキーキー喚いていたから細かいところを聞き逃したかもしれないな」
「リーマス、君はシリウスの言うことを信じたりしないだろうね…あいつは私を殺そうとしたんだ…。
こいつはジェームズとリリーを殺した。今度は私も殺そうとしてるんだ…リーマス、助けておくれ」
「リーマスさんから離れてください。ピーター・ペディグリュー」
声を上げた私をピーター・ペディグリューは一瞬見つめました。
ですが、リーマスさんが再び引いた手が私の身体を隠しました。
リーマスさんの身体に頬を寄せる私を見ながらも、ピーター・ペディグリューはキョロキョロと何度も出口の場所を探していました。
出口は1つしか、ありません。私やリーマスさん達が立ちふさがるここしか。
「リーマス、君は信じないだろう、こんな…馬鹿げた…」
「よくもそんな事を。
お前はヴォルデモードの手下だったんだ! お前はいつも自分の面倒を見てくれる親分にくっついているのが好きだった。
かつてはそれが俺達だった…」
殺気の篭った瞳、さらに歯を食いしばるシリウス。
息を絶え絶えにし、シリウスがスパイなんだと訴えるピーター・ペディグリュー。
私の手を強く、強く痛いほどに握るリーマスさん。
そこでハーマイオニーが怖ず怖ずと口を開いた。
「あのルーピン先生…、スキャバース、いえ、この、この人は、ハリーの寮で3年間同じ寝室にいたんです…。
『例のあの人』の手先なら今までハリーを傷付けなかったのは、どうしてかしら…?」
「そうだ! 私はハリーを傷付けていない! そんなことする理由がない!」
「その理由を教えてやろう」
シリウスが話し出しました。
ピーター・ペディグリューは自分の得にはならないことは何もしない人だと。
ダンブルドア校長先生のすぐ側で、いなくなったとされる魔法使いのために殺人などはしないと。
黙り込んだピーター・ペディグリューをよそに、ハーマイオニーは今度はシリウスを見ました。
「あの、ブラックさ…シリウス?
ど、どうやってアズカバンから脱獄したのでしょう…?
リクが手伝ったといっても、リクは夢の中では物に触れられないのでは…」
また息を飲んだピーター・ペディグリューをリーマスさんが睨んで制しました。
私は答えを探すようにするシリウスを見つめていました。
「……俺がずっと正気を失わなかったのは自分が無実だと知っていたからだ。
これは幸福な感情ではない。吸魂鬼はそれを吸い取りは出来なかった。
それでも耐え難くなった時は、俺は独房で犬の姿へと変身できた」
吸魂鬼は目が見えず、人の感情を感じ取り近づくのだそうです。
「3年前、突然リクが来た。
入れる筈もない独房の中に、しかもファミリーネームがルーピンだというリクが、だ」
思い出したようなシリウスがほんの小さく微笑みました。私も笑顔を返します。
「リクが来る間、何故か吸魂鬼は寄ってこなかった。
俺はその夜の間だけでも幸福を感じられた。
朝になればまたその幸福感は吸魂鬼に吸い取られたが、また夜になればリクが来るということを信じられた。
話をするだけでも、リーマスやハリーの話を聞くだけでも俺はよかった」
シリウスの表情がまた険しくなりました。
「そんなときにあの写真をピーターを見付けた」
ハリーのすぐ側に。闇の陣営が力をつけたら行動が起こせる位置に。
「リクにも確認を取った。ピーターがまだ生きていて、それがペットとしているということも確信した。
吸魂鬼が食べ物を運んできた時に俺は犬の姿となって抜け出した。
ホグワーツを目指し、入り込んだあとはずっと森に棲んでいた。
…何回かクィディッチの試合を見に行った。…リクには怒られたがな」
「ふふ。ハリーに見つかりそうになったんですもん」
「リクはリーマスに似て、弱るよ本当。
それに、ハリー。君はお父さんに負けないくらい飛ぶのがうまい…」
シリウスは静かにハリーを見ました。ハリーもシリウスを見ました。
「信じてくれ。
俺は決してジェームズやリリーを裏切ったことはない。
裏切るくらいなら、死ぬ方がましだ」
静かに。静かに。ハリーは頷きました。
「駄目だ!!」
ピーター・ペディグリューが叫び、祈るように手を握り合わせてはいつくばりました。
シリウスの方に向かうと、シリウスが蹴飛ばそうとしたので、後ずさりをしました。
次にリーマスさんに近づいてきました。
「リーマス! 君は信じないだろう? 計画を変更したならシリウスは君に話した筈だろう…?」
「ピーター。私がスパイだと思ったら話さなかっただろう。
シリウス、それで私に話してくれなかったんだろう?」
さりげなく言うリーマスさん。シリウスが答えました。
スパイがいたことはわかっていました。
そんな中で狼人間であるリーマスさんが1番疑わしかったのでしょう。
だから、シリウスはリーマスさんではなくピーター・ペディグリューを『秘密の守人』に。
「すまない、リーマス」
「気にするな。我が友、パットフット。
そのかわり、私が君をスパイだと思った事を許してくれるか?」
「もちろんだとも」
私の横でリーマスさんとシリウスの2人が袖を捲り上げました。
「一緒にこいつを殺るか?」
「あぁ。そうしょう」
ハッと制止の声をあげようとする私の前、リーマスさんがしゃがみ、私と視線を合わせていました。
両手で私の頬を包み、優しく微笑んでいました。
「リクちゃん。セブルスの所で待っていてくれるかい?」
「だ…、…駄目ですリーマスさ」
「大好きだよ、リクちゃん」
リーマスさんは微笑んだまま私の額にキスをしました。
そのまま導くように私の身体を倒れたスネイプ先生の隣に移動させ、座らせました。
腰の抜けた私はふるふると左右に首を振っていました。
殺してはいけません。殺してはシリウスの無実は証明できません。
私はそう理解しながらもガクガクと震えていた膝が動かないことに絶望していました。
その間、ピーター・ペディグリューは請うようにロンの所へ向かっていました。
「ロン…私はいい友達…いいペットだったろう? 私を殺させないでくれ…」
「自分のベッドにお前を寝かせていたなんて…!」
不快そうな顔をしたロンがピーター・ペディグリューを睨みます。シリウスの厳しい声が聞こえました。
「人間の時よりもネズミの方がさまになるというのは自慢にはならない」
呻きながらピーター・ペディグリューは向きを変え、ハーマイオニーのローブを掴みましたが、ハーマイオニーは怯えきった顔で壁際まで逃げました。
ピーター・ペディグリューは次に私を見ました。手が私の足を掴みました。
恐怖で固まってしまった私は近くの、倒れたスネイプ先生の手を強く握りました。
「お嬢さん…リーマスの娘のお嬢さん…リーマスを人殺しには…させないでしょう…?」
「リクちゃんに触れないでくれないか」
普段のリーマスさんからは考えられないくらいの憎悪が篭った声が聞こえ、リーマスさんはピーター・ペディグリューを私から引き離し、ピーター・ペディグリューは床に倒れました。
その先にはハリー。
「ハリー…、ハリー…君はお父さんに生き写しだ…そっくりだ…」
「ハリーに話しかけるとはどういう神経だ!?」
シリウスの怒鳴り声が響きました。
「ハリーに顔向けが出来るか? この子の前でジェームズのことを話すなんてどの面下げて出来るんだ!?」
「ハリー、ハリー、ジェームズならわかってくれた、ジェームズなら私に情けをかけてくれた…」
変わらずハリーに話しかけつづけるピーター・ペディグリューを、シリウスとリーマスさんが引き離し、床にたたき付けました。
「お前はジェームズとリリーをヴォルデモードに売った」
シリウスの震えた声に、ピーター・ペディグリューがワッと泣き出しました。
それは、恐怖も煽る光景で、私はただそれから視線を離せずにいました。
「私に何が出来たというんだ? 闇の帝王は…君にはわかるまい…私は怖かった…、 シリウス! 私が殺されかねなかったんだ!」
「それなら死ねばよかったんだ!!」
シリウスの吼え声に肩が震えました。
「友を裏切るくらいなら死ぬべきだった!! 俺達も君のためにそうしただろう」
シリウスとリーマスさんが肩を並べて立ち、杖を上げました。
リーマスさんの静かな声が私に届きました。
「ピーター、さらばだ」
「リーマスさ――」