私はずっとリーマスさんの手を握っていました。
これで。ピーター・ペディグリューをちゃんと引き渡せば、シリウスの無実が証明され、ハリーはシリウスと暮らす事が出来ます。
その事をハリーに話したシリウスは、喜ぶハリーを見て彼も嬉しそうにニッコリ笑っていました。
本当によかったです。私も頬が緩むのを感じました。
あとは、私が、絶対にピーター・ペディグリューを逃がさせません。
トンネルの出口に着くと、まずリーマスさん達がトンネルから出ました。
クルックシャンクスが木の節を押してくれたらしく、暴れ柳の枝は飛んでこないようでした。
次に私とハーマイオニーが出で、最後にシリウスとスネイプ先生。ハリーが出てきました。
全員で城に向けて歩き出す中、私はじいっと空を見つめていました。
浅い雲が空にかかっていましたが、それが途切れ、私達の元に月明かりが注ぎ込みました。
私達の前でピーター・ペディグリューと縄で繋がっていたリーマスさんがゆっくりと、ですが確実に狼人間に変身していくのを見ました。
シリウスの低い声。
「逃げろ、逃げろ! 早く!!」
立ち止まる私の近く、ハリーの足も立ち止まっていました。
「逃げるんだ!!」
唸り声が辺りを包みました。リーマスさんの頭が長く伸び、体中に獣の毛が生え始めました。
牙が伸び、爪が伸び、獰猛な姿となったリーマスさんがそこにいました。
狼人間になったリーマスさんの首元に、犬の姿となったシリウスが食らいつきました。
お互いに傷つけ合っているその光景から視線をそらし、私はピーター・ペディグリューに杖を突きつけていました。
「動かないでください!!」
ですが、既に遅かったようでした。リーマスさんの杖を掴んだピーター・ペディグリューはロンに何か呪文をかけていました。
ハリーの叫びとともに私も叫びます。
「エクスペリアームス(武器よ去れ)!」
「フェイン!! 噛みなさい!!」
武装解除とフェインの牙の痛みで、ピーター・ペディグリューはリーマスさんの杖を落としました。
ですが、既に変身し始めていたピーター・ペディグリューはフェインを叩き落とし、ネズミの姿へとなり、縄の隙間を掻い潜るのが見えました。
「フェイン! 行きますよ!!」
森の中に消えるネズミを私は追いかけました。
走るたびにそこらの枝が肌に引っかかり、傷付けるのを感じていましたが、それどこではありませんでした。
後ろからシリウスが追いかけてくるのも感じましたが、その気配が途中でなくなりました。
「ピーター・ペディグリュー!!」
自慢の視力の良さで、この暗い夜の森の中でも小さなネズミの姿を追い続けました。
彼さえ、彼さえ捕まえればシリウスは自由になり、そしてヴォルデモードの復活もないのです!
割れそうに痛む頭は必死で無視をして、私はネズミに杖を向けていました。
ピーター・ペディグリューさえ、捕まえれば。
ですが、その時。
狼人間の、リーマスさんの悲痛な遠吠えが聞こえてきました。
その声に私の思考が持って行かれます。
気がついた時にはネズミの姿など見失っていました。
フェインだけはピーター・ペディグリューを追いかけていきましたが、私の足は立ち止まってしまいました。
リーマスさんが、リーマスさんが苦しんでいます……!!
私の、私の大切な人が苦しんでいるのに、私は、何もできないだなんて!
意識は完全にリーマスさんに向いていました。
「リーマスさん! リーマスさんどこですか!?
リーマスさん!!」
「リク! リク・ルーピン!」
聞きなれた、でも聞こえるはずのない声が聞こえてきました。
暗い森の中でハッと振り返ると、目の前から人影が飛び込んできました。
私と同じような身長、私と同じ髪の色、目の色、驚く同じ顔。
『私』が、『私』の目の前に立っていました。
目の前の『私』が私に向かって同じく必死な声で叫びました。
「私は『逆転時計』で来た私です! これをリーマスさんに!」
そう言って差し出してきた瓶の中身はリーマスさんが今晩飲むはずだった脱狼薬でした。
私は驚きつつもそれを受け取ります。
これをリーマスさんに飲ませれば……!!
「それでリーマスさんはどこにいますか!?」
「わ、わかんないですよ!!」
「私の馬鹿!」
「貴女も私なんですからね!!」
言い返しあっていると、私達の目の前に大きな姿、狼人間となったリーマスさんが現れました。
ぐるると鳴くリーマスさんの口の端からは牙が覗き、涎が滴っていました。
私達は完全に理性を失っているリーマスさんの瞳を見つめながら、身を寄せ合いました。
「それで、これをどうやってリーマスさんに飲ませましょうか…」
「わかりませんけど………さっき出来たんで今も出来るはずです」
「それは……心強いですね!」
鋭い爪が私達の間を裂きました。爪をかわして、私達はリーマスさんに杖を向けました。
私の知っている呪文はまだ数少ないです。その中で咄嗟に思いついたものを唱えました。
「「スコージファイ(清めよ)!!」」
頼りない! 咄嗟に思いついた魔法は思いつく限りでも攻撃には向かない呪文でした。
ですが、その発生した泡がリーマスさんの顔面にあたり、狼人間は苦しそうに首を振りました。
私は両手で顔を覆います。
「あぁ、ごめんなさいリーマスさん!!」
「何を言っているんですか、早く薬を!」
『私』に怒られ、我に返った私は暴れるリーマスさんに飛びつき、その獣の口に薬を流し込みました。
暴れ続けていたリーマスさんがゆっくりと落ち着いていきます。
狼人間の姿のままではありましたが、落ち着きを見せたリーマスさん。
目を閉じ、くったりと横になるリーマスさんを、私はそのまま草むらへと促しました。
私の腕力その他諸々では狼人間となっているリーマスさんを支えていることは出来なかったのです。
膝枕も考えてみても、やっぱり無理でした。
危ないとは分かっていてもその獣の身体となってしまっているリーマスさんのお腹辺りに自分の頭を乗せました。
数分未来の『私』が、私を見下ろしていました。
「私はもう戻ります。このままいてください。助けが来ますから」
「わかりました」
走っていく私の後ろ姿を不思議な気分で見送りました。
はぁと長く息をついた私はリーマスさんに体重を預けて、静かにリーマスさんを見つめていました。
リーマスさんが狼人間のまま瞳を開き、私を見ていました。
ですが、先程までとは違い、その瞳には理性が戻っていました。
悲しげに小さく吠えたリーマスさんの、変化した爪を、いつも手を握っている時と同じように握り、私は目を閉じました。
意識が深く深く落ちていくのを感じました。