次に目を覚ました時に、そこが医務室であると気がついて、私は飛び起きました。

「リーマスさんは!? リーマスさんは何処に!?」
「Ms.ルーピン。落ち着くのじゃ。ルーピン先生は大丈夫じゃよ。
 じゃが、今はシリウスが捕まっておる。
 吸魂鬼のキスを受けるのも時間の問題じゃ」

私の両肩を掴んだダンブルドア校長先生をじぃと見つめ、私はその白い医務室のベッドの上で体育座りをしました。
フェインの姿は見えません。どこにいるのでしょうか。まだピーター・ペディグリューを探しているのでしょうか。

膝を抱え、私は同じようなベッドの上に起きていたハリーとハーマイオニーを見ました。

「Ms.リクが今起きたのは丁度よかった。
 Ms.グレンジャー、リクも連れて行くといい」
「は、はい」

見ると、ハーマイオニーは首から下げた何か綺麗な砂時計を持っていました。『逆転時計』です。

「さぁ、よく聞くのじゃ。シリウスは8階のフリットウィック先生の事務所に閉じ込められておる。西塔の右から13番目の窓じゃ。
 首尾よく運べば罪無きものの命を救うことができるじゃろう。
 ただし、見られてはならん。誰にも、見られてはならん」

困惑した様子のハリーの横、私とハーマイオニーは頷きました。
校長先生は踵を返してドアの所に行きました。扉をしめる直前にウィンクを落としました。

「Ms.グレンジャー。3回ひっくり返せばいいだろう。幸運を祈る」

扉がしまったあと、困惑顔のハリーがハーマイオニーによりました。
私はハリーの腕を引いてハーマイオニーの側に寄りました。

ハーマイオニーは私とハリーの首に金色の鎖をかけ、砂時計を3回ひっくり返しました。

医務室の中がぼんやりと緩みました。周りの景色が変わらないのに早く流れていくのを感じました。

次に脚を付けた時には誰もいない医務室の中に立っていました。
既に日が落ちていたはずでしたが、今は輝くような太陽が窓から差し込んでいました。

「こっちへ!」

ハーマイオニーが私とハリーの腕を引いて医務室から抜け、玄関から出た影に隠れました。
ハリーは説明を強く求めていました。

「なにが、どうして、ハーマイオニー、一体何が起こったんだい?」
「時間を逆戻りさせたの。3時間前まで。
 誰か来るわ! 多分私達よ」

確かに。誰もいないはずの玄関ホールに3人ほどの足音が聞こえてきました。

その足音が去っていく中、ハーマイオニーが素早く私とハリーに説明をしました。

「これは『逆転時計』というの」

ハーマイオニーが今学期、マクゴナガル先生から頂いたもので、授業を全てとっていたハーマイオニーのために入手されたものでした。
誰にも言わないという条件付きで手に入れた『逆転時計』は魔法省の厳しい規制を通ってきたものでした。

「今は…丁度、ハグリッドさんの元へ向かっている時ですか?」
「そうね……でもなんでこの時間帯に戻ってシリウスを救うことになるのかしら」

ハリーがハッと声を上げました。

「僕達、バックビークを救うんだ!
 ダンブルドアが窓が今どこにあるのか教えてくれたばかりだ!
 僕達バックビークに乗ってシリウスを窓から救い出すんだよ! そのままシリウスはバックビークに乗って逃げられる…!」
「そんなこと誰にも見られずにやり遂げたら奇跡だわ!」
「やってみなきゃわかりませんよ、ハーマイオニー。
 急ぎましょう………あ!」

急に大きな声を上げた私をハリーとハーマイオニーが怪訝そうに見つめました。
はにかむ私は鞄の中から、先程詰めた『透明マント』を取り出しました。

「リク! これ!」
「さっき…叫びの屋敷から出るときに持っていかなくてはと思って」
「貴女最高よ! ほら、被って――」

透明マントを被った私達はハグリッドさんの小屋が見える位置まで来て、かぼちゃ畑の影に隠れました。

立ち上がり、バックビークに近づこうとするハリーを私は制しました。

「先に委員会の人にバックビークを見せなきゃいけません。
 ハグリッドさんが逃がしたと思われてしまいますよ」
「じゃあ逃がす時間が60秒ぐらいしかないよ」
「無理は承知です」

その時、ハグリッドさんの小屋から陶器の割れる音が聞こえました。ハーマイオニーが囁きます。

「ハグリッドがミルク入れを壊したのよ。もうすぐ私がスキャバースを見つけるの」
「………ハーマイオニー。もし僕達が中に飛び込んでペディグリューを捕まえたら?」
「駄目よ!」

ハッと思いついたハリーの提案を震えるハーマイオニーが止めました。

「時間を変えるだなんて誰もやってはいけないことなの! ダンブルドアも言っていたでしょう。もし、誰かに見られたら」
「僕達自身とハグリッドに見られるだけじゃないか!」
「ハリー、貴方がハグリッドの小屋に自分自身が飛び込んでくるのを見たらどうすると思う?」
「僕、何か闇の魔術とかにかかってると思う」
「その通りよ! 事情が理解できないでしょうし自分自身を襲うこともあるのよ!」

ハーマイオニーの声は震えていました。ハリーは眉を下げて深く頷きました。

その間、私はずっとハグリッドさんの小屋を見つめていました。
そして、城の方から小屋に向かってダンブルドアや魔法大臣、それに死刑執行人の姿が見えました。

「もうすぐ私達が出てくるわ…」

言葉通り、大体3時間前のハリー達3人が出てきました。

3人は透明マントを被り、そして足音が遠ざかっていくのが聞こえました。
私はハーマイオニーに振り返り、短く問います。

「ここからバックビークを連れ出しても誰にも見えませんか?」
「えぇ。大丈夫…」
「私が連れてきますね」

今ここで私が動物には好かれるということを発揮しなければいけません!

私はかぼちゃ畑の真ん中に繋がれたバックビークを見つけました。
お辞儀をするよりも前に私はバックビークを縛り付けている綱を解こうと柵に向かいました。

「バックビーク、今助けますからね。大人しくしてください。
 大人しくしてくださいってば」

すりすりと頬を寄せる大きなバックビークに、一瞬柵の位置を見失います。
少しフラフラとしつつも綱を取り、バックビークをハリー達のいる場所まで連れて行きました。
小さなハリーの感嘆の声。私はにっこりと微笑みました。

「委員会の人たちが出てきますよ。バックビークを隠さなくては」

私は持っていた透明マントでバックビークを覆いました。
もちろん嫌がるバックビークですが私が嘴の辺りを撫でていると、唸りながらも大人しくなりました。

「いい子です。バックビーク。
 静かにしましょう」

そして、委員会の人達が裏口の扉を開けて入ってきました。バックビークの姿が見えないことに気がつき、声を上げています。
軽い騒動のあと、再び裏口の扉が閉まり、静寂が訪れました。

「さあ、どうする?」

ハリーが周りを警戒しながら言います。私はバックビークから透明マントを剥がしていました。

「みんなが城に戻るまで待たないといけないわ。
 シリウスはあと2時間ぐらいしないとそこにいないのよ…」
「とにかく『暴れ柳』が見えるところまで移動しよう」
「わかりました」

バックビークの手綱を持った私は禁じられた森沿いに暴れ柳が見える場所まで行きました。

暗闇がだんだんと濃くなってきます。草陰に隠れていた私達はそのうち、暴れ柳の中にロンやシリウス、その後にハリーとハーマイオニーが入っていくのを見ました。

「なんだか…ヘンテコな気分」

ハリーの呟きが聞こえました。

また少しの静寂があったあと、リーマスさんの姿が見えました。
リーマスさんも入っていき、その数分後、スネイプ先生も入っていくのが見えました。

「これで全員ね。私達全員あの中にいるんだわ」

囁くハーマイオニーの後ろ、私は真剣に暴れ柳のふもとを見つめるハリーとハーマイオニーから離れました。2人に気がつかれないうちに私はお城に向かって進んでいました。

後ろの方で「リクがいないわ!」と静かに叫ぶハーマイオニーの声が聞こえましたが、私は心の中で手を合わせただけで、その場を去りました。
内緒で来たのは悪いと思いますが、こうでもしないとリーマスさんのお部屋に行けなさそうだったんですもん!

私は城の中に戻り、リーマスさんの部屋に向かいました。

その机の上にはスネイプ先生が置いていったと思わしき脱狼薬が置かれていました。
それを机に置いてあった小瓶に詰めます。

ドロドロとした脱狼薬が1回分程、小瓶に注ぎ込まれました。

「あと、これをリーマスさんに飲ませれば…」
 
ローブの中に脱狼薬をしまった私は同じく机に置かれた『忍びの地図』を覗き込みました。

そこには既に暴れ柳の通路をまさに登ってくるリーマスさん達の名前が見えました。急がなくてはなりません。

焦る気持ちを押さえ込み、私は再びハリー達を置いてきてしまった所まで走りました。

着くと、そこにハリー達の姿は既になく、キョロキョロと周りを見渡していると遠くでリーマスさんの遠吠えが聞こえました。

私はバッと暗い森の中へと走り出します。
再び私の身体を傷つける木の枝や茂みを煩わしく思いながら、ガサガサと走る音を追いかけます。

遠く『私』の声も聞こえました。


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