「今日は珍しく不機嫌そうだな」

ムスとした私の表情を、いつもとは逆に何処か楽しそうなヴォルデモートさんが指摘しました。
私は触れられないとわかっていましたが、ヴォルデモートさんの座るソファをぺちぺち叩きました。

ですが、ヴォルデモートさんは変わらず楽しそうです。

「何か不満なことでもあったのか?」
「大有りです、ヴォルデモートさん。
 ………ヴォルデモートさんのせいですよね?」
「なんのことだ?」
「三校対抗試合の『炎のゴブレット』ですよ!!」

黒幕がヴォルデモートさんだと知っている私は頬を膨らませたまま、楽しんでるヴォルデモートさんに言いました。

くくと笑うヴォルデモートさんが、静かに私を見つめて微笑みました。
それはもとの、弱った赤ちゃんのような姿ではなく、全盛期のヴォルデモートさんだったら、とっても美しいであろう微笑みでした。

「あぁ、今年は楽しみだな。リク」

初めて私の名前を呼んだ彼は、紛れも無く闇の帝王の雰囲気を醸し出していました。


†††


「おはようございます、ロン」

次の日、朝食のため大広間に向かうと、珍しく1人でご飯を食べるロンを見付けました。

ロンはぎくりと身を揺すると隣に座った私から少し離れます。

首を傾げつつ、離れた分を詰める私。ロンがまた少し離れ、また少し詰めました。
数回繰り返しているとだんだん楽しくなってきました。

やがて諦めたロンが私に話しかけてきます。

「何なのさ、リク」
「逃げられると追いたくなると聞きました。
 あ、ほら、私は狼さんの娘なので」
「洒落になんないなぁ、それ」

この会話がなされている間にも私にはチクチク刺さるような視線が向けられていました。
そちらに視線を返すと反らされてしまうのですが、ひそひそと会話する様子は見えていました。

グリフィンドール寮生は私の出場を快く思っているようですが、他の寮は私達が不正で出たと信じきっていました。
ここに来るまでも、刺さるような視線に晒されて来ました。

ロンは不満げな顔をしたまま、朝食を口に押し込んで立ち上がりました。
大広間を出ようとする彼を追いかけ、私は隣に並びました。

「朝食を食べに来たんじゃないの?」
「あまりお腹が減っていません。
 ロンはどちらに?」
「リクには関係ないよ。君達は写真撮影でもあるんじゃない?」
「いいえ。ありませんよ」

ロンは不機嫌でした。それを知りつつも、私は彼のあとを追いかけます。

ロンは苛々とついて来る私を見ていましたが、私もめげずに彼のあとをついていきました。

「ロン。ハリーは寂しがってますよ。
 貴方はハリーの1番の親友なんですから」
「君達がその親友に隠し事するからだろう。
 僕だけにはどうやったのか教えてくれてもいいのに!」
「仕方ないじゃないですか」
「何がさ!」

足を止め、荒々しく振り返ったロンに、私は寂しく感じながらも微笑みました。

「私達、本当に名前を入れてないんですもの」

暫く無言のまま、そしてまた歩き出したロンを追いかけます。

あとは、ロンが信じてくれるのを祈るだけでした。


†††


ロンとハリーは互いに口を一切きかなくなってしまいました。

私とロンは以前のように笑いあってではありませんが、普通に最低限の会話をしてくれます。
ですが、ハリーとは一言も会話をしていませんでした。

ハーマイオニーが間を執り成そうとしますが、効果はないようです。

さらにはハグリッドさんの「尻尾爆発スクリュート」は着々と大きくなり、(私以外の)生徒を傷付けはじめています。

スリザリン生のハリー嫌いは悪化しているようですし…。

「疲れました…」
「だからといって何故その椅子で回っている」

私は地下牢教室のスネイプ先生専用の椅子に座り、くるくると回っていました。回りながら、スネイプ先生に笑顔を向けます。

「くるくる回る椅子に座ったら、くるくる回りたくなりますよね!」
「子供」

ばっさり切り捨てられ、私はしょぼんと肩を落としました。フェインが同じく膝の上で頭を下げています。

残った遠心力がやがて無くなり、ゆっくり椅子の回転がやみました。鼻を鳴らすスネイプ先生。

「いい加減にどきたまえ。仕事にならん」
「…はい。スネイプ先生。…フェイン、おいで」

フェインを連れて私は地下牢教室の出口へと向かいました。背中にかかるスネイプ先生の呆れた声。

「全く、何しに来たのだ…?」

今日は特に大鍋の掃除も予備薬の調合も無い日でした。それでもこの教室に入った私は、?

「また来ますね」
「必要以上に来なくていい」

ここに来ると、少し楽になるような、そんな気がする私は一体、どうしてしまったのでしょうね。

私自身、よくわかっていない感情でしたが、それが私を幸せにしてくれる気持ちだとはわかっていました。


†††


「リク!」

地下牢教室からの帰り、後ろから誰かに呼び止められました。振り返ると、それはドラコくんでした。

彼は珍しく1人で、周りに誰もいないことを確認してから私を近くの空き教室に呼びました。

「ドラコくん? どうかしましたか? 告白?」
「馬鹿言うな。
 リクはゴブレットに名前を入れたのか?」
「入れてませんって。どうして名前が出てきたのかはわかりませんけれども」

苦笑を零して正直にそう言うと、ドラコくんは考えるように少し黙り込んだあと、顔を上げました。

「わかった。それだけ聞きたかっただけだ」
「え? えっと、信じてくれるんですか?」

誰も彼も私とハリーの言うことを信じてくれなかったのに、あの、スリザリンのドラコくんが信じてくれたなんて!

ドラコくんは怪訝そうな顔をしたまま、腕を組んで少し偉そうに胸を張りました。

「信じるもなにも…ポッターはともかく、リクがわざわざ目立つような事はしないだろう。
 大丈夫なのか? 試練とか…」
「ありがとうございます、ドラコくん!!」

ばっと飛び上がってドラコくんに抱きつきました。
ドラコくんが信じてくれて、心配もしてくれて。嬉しくなって私はぎゅとドラコくんを抱きしめました。

慌てるドラコくんが私を引き剥がしました。

「騒ぐなってば、リク。他のスリザリン生に見つかって父上に言われたら大変なんだからなっ」
「はーい。わかりました。またお手紙書きますね」
「学校のフクロウ使えよ」
「わかってますって」

ニコニコ笑いながら、私はドラコくんに手を振りました。


†††


第1の課題が近づいて来ていました。

その前の週の土曜日、ホグズミードの許可が出ていたので、私はロンと一緒に『三本の箒』に来ていました。

途中でフレッド先輩、ジョージ先輩、ジョーダン先輩と合流することができ、5人でバタービールを飲んでいました。

「そろそろ第1の課題が来るけど、リク、大丈夫なのか?」
「はい。私にはフェインがいますから」

にっこりと微笑みながらジョーダン先輩に答えます。鞄の中でフェインが動いて、ささやかに抗議をしていましたが。

「何が来るかはわかりませんが、どうにかなってほしいと思います」
「凄く不安なんだけど、それ」

ロンの不安そうな声にまた私は微笑みます。

「大丈夫ですよ。ハリーもいますから」
「………」
「リク、今はハリーの名前は禁句だろ」

コソッとフレッド先輩が私の肩を突きました。見るとロンは深く黙り込んでいます。
ロンはハリーがとても心配で、でも何か意地を張ってハリーと喧嘩を続けているのです。

もう。早く仲直りしたらいいと思います。

フレッド先輩とジョージ先輩は顔を見合わせつつ、ニヤニヤと笑っていました。

2人のお兄さんはロンのことをよくわかっているようで、ハリーとロンが喧嘩している間も深く問いただしたりはしていませんでした。
ジョーダン先輩も苦笑しつつ、バタービールを飲み干しました。

「ま、リクもハリーも第1の課題、頑張ってくれよ。
 何てったってグリフィンドールの名誉がかかってる」
「あのセドリックをやっつけてやれ」

盛り上がるジョージ先輩にフレッド先輩を宥めて、私はまだ考え事をしているロンを見つめていました。


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