次の日の朝。

ハリーは私に小さく「第1の課題はドラゴン」と耳打ちしてくれました。
それを聞いた私はハッとハリーに振り返ります。

「どうしてハリーが?」
「昨日ハグリッドに教えてもらったんだ。たぶん、クラムやフラーも知ってる」

物語はやっぱり映画通りに進んでいるようです。私は深く頷いてからハリーにお礼を言いました。

「ハリーは何か対策を思いつきましたか?」
「………全然。僕、どうしていいのか…」

表情を暗くさせるハリーの肩を私は優しく叩きます。

「ハリー、ハリーは大丈夫です。ハリーが出来ることを全力でするだけですよ」
「…うん、そうだね」

気分を紛らわせるように頷くハリー。
その後ろにロンが立っているのが見えて、私はロンがいなくなってしまう前にと、ハリーに手を降りました。

「本当にありがとうございます。お互い頑張りましょうね」
「またあとでね」

タッと駆け出して、ロンの姿を追います。追いついたロンと肩を並べると、ロンは不機嫌そうに呟きました。

「代表選手同士で何かあったんじゃないの?」
「たいした用ではありませんから。
 それより、次は『薬草学』でしたよね」

鞄をぎゅうっと握りしめて私は歩き出します。

ドラゴンと戦うだなんて、本当は凄く怖いんです。


†††


火曜日になりました。

朝、吐き気にも似た緊張感で、少し寝坊をしてしまいました。

これからドラゴンと1対1で戦うだなんて。深い溜め息が零れます。

それはハリーも同じようで、応援の声がかけられようと憎まれ口を叩かれようと、上の空でした。
そして午前中などあっという間に過ぎ去り、ハリーと一緒にいた所をマクゴナガル先生に呼び止められました。

「頑張ってハリー、リク!」
「うん」
「ありがとうございます。ハーマイオニー。
 あの、フェインは連れていけないので預かってて貰えませんか?」

私はフェインの入った鞄ごとハーマイオニーに渡します。
鞄の隙間から顔を覗かせるフェインが離れ、私の胸のあたりが恐怖でキュッと縮まった気がしました。

ハーマイオニーと同じく不安げマクゴナガル先生に連れられ、禁じられた森の近くまで来ました。
設置されたテントには既に選手が集まっていました。

だれもかれも緊張や恐怖心で落ち着きがないように見えました。

バグマンさんが現れます。

「さて、もう全員集合したな――話して聞かせる時が来た!」

陽気に言うバグマンさんがルールの説明を始めました。

袋の中から、「これから直面するものの小さな模型」を選び取ります。そして、金の卵を奪い取るのです。

少し時間を置いて、バグマンさんが私の目の前に袋を差し出しました。

え、私からですか。

「レディー・ファーストだ。お嬢さん」

手が奮えます。息を長くついてから私はその袋の中に手を入れました。
チクチクとするそれを引き上げると、小さな、深い緑色をしたドラゴンが私の掌の上で火を吹きました。
首には5と番号がかかれていました。

これが、これから戦うドラゴン…。

「さぁこれでよし!」

ハッと顔を上げると他の選手は既に引き終わったあとでした。

1番目はセドリック先輩。次にデラクールさん。3番目にクラムさん。
4番目にハリー。私は最後でした。

試合開始のホイッスルが鳴り、テントを出ようとするセドリック先輩の服を思わず掴みました。

「リク?」
「あの、…頑張ってください」
「……うん。ありがとう」

本当はもっと言いたいことがあった気がしましたが、それらは全て言葉にはならず、私はハリーの隣に腰を下ろしました。
ぎゅうとハリーの手を掴むと、ハリーも握り返してくれました。

テントにはバグマンさんの解説や、観客の歓声、悲鳴が聞こえてきますが、どんなふうに戦っているのかまでは聞こえて来ません。

不安に息をひそめて待っていること15分。
観客の歓声が爆発しました。きっと卵を取ったのです!

それから、ゆっくりと、次々と選手がテントから出ていきました。
そしてハリーが出ていってしまうと、残されたのは私1人だけ。

大丈夫です。私なら、きっと大丈夫。絶対、大丈夫。

私を呼ぶホイッスルが聞こえて、立ち上がりました。
ふらふらとする足元に力を入れ、作られた囲い地の隙間から中に入りました。

魔法で回りに出来たスタンドからは沢山の顔が私を見下ろしています。

そして目の前には先程私が引いた深緑のドラゴンの姿がありました。
鋭い牙に棘だらけの身体。足元には目当ての金色の卵が普通の卵と混ざって置かれていました。

〈最後は最年少代表選手2人目、リク・ルーピン!〉

バグマンさんの解説が聞こえ、私は杖を握りしめます。
開始と同時に、ゆっくり、杖を上げて、私は呪文を唱えました。

「アクシオ!」
〈なんと! 呼び出し呪文とはハリーと同じ戦法で行くのでしょうか!〉

ですが、飛んできたのは箒ではなく、私のペットのフェインでした。
飛んできたフェインと軽いキスをしてから、私はフェインを肩の上に乗せました。

さぁ、あとは一か八かの賭けです。ぶっつけ本番の私の作戦。

「行きますよ、フェイン」

目の前のドラゴンに向かって静かに歩み寄りました。

私の様子を伺っていたドラゴンが口の端しから炎を零しながら唸り声を上げています。
構わず私はずんずんと突き進みます。岩場を避けて、静かにゆっくり、ですが止まることなく。

〈なんてことだ! 自殺行為だ!〉

ドラゴンが唸り声を上げながら、私の目の前に立ちはだかりました。
やっと私は足を止めます。見上げると私の身長の5、6倍はありました。

ドラゴンは黙って自身を見上げている私のすぐ真横に尻尾を振り下ろしました。
ガンッと音を立てて割れた地面に肩を震わせます。飛んできた岩が、私の腕を掠めましたが、私はドラゴンを見上げるだけでした。

観客の悲鳴が私達を包みます。私はまたドラゴンを見上げ続けています。

次に見えたのは大きく口を開くドラゴンでした。

肩の上のフェインがシュルシュルと私の腕に身を絡ませて、絞めます。私はぎゅうっと目を閉じました。

観客の悲鳴とバグマンさんの「逃げろ」という声が遠く聞こえました。

「―――………ッ」

すぐ近くにあるドラゴンの臭い。


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