5月の最後の週になって、私とハリーはマクゴナガル先生に呼び止められました。
今夜の9時にクィディッチ競技場でバグマンさんから第3の課題を代表選手に説明するそうです。
ハリーと2人でグリフィンドール塔を下りていくと、玄関ホールでディゴリー先輩に会いました。
「今度はなんだと思う?」
「宝探しとかどうです?」
ディゴリー先輩の質問に、私が当たらずも遠からずの返答をします。
「ならハグリッドからニフラーを借りなきゃ」
ハリーがそう言いました。
ニフラーとはこの前の授業で使った光るものが大好きなふわふわの可愛い生き物です。
そんな話をしながらグラウンドに出ると、平らだったクィディッチ・ピッチに、私の腰くらいまでの低い生垣が張り巡らされていました。
クィディッチ選手であるハリーとディゴリー先輩が憤慨します。
「一体何をしたんだ!?」
ピッチの真ん中に立っているバグマンさんに向かっていきます。そこには既にクラムさんとデラクールさんもいました。
バグマンさんは近付いてきた私達を見てから嬉しそうに言いました。
「しっかり育ってるだろう? あと1ヶ月もすれば6mくらいほどの高さになる。いや、心配しなくていい。課題が終わったら元通りにするよ」
ハリーとディゴリー先輩を宥めるように言ったあと、バグマンさんは今回の課題の説明を始めました。
今回の課題はこの生垣で作られる迷路の中心に、優勝杯が置かれます。
中心に向かうまではハグリッドさんが置いた生き物や呪いが仕掛けられています。
そして最初に優勝杯に触れたものが満点。事実上の優勝です。
迷路には今までの成績が優秀な人から入っていきます。
最初にハリーとディゴリー先輩。
次に私。4人目にクラムさん。最後にデラクールさん。
「…リク? 大丈夫?」
ふと私はハリーに肩を揺さぶられていました。目をパチクリとさせてから小さく微笑みます。
「すみません、ハリー。…何かありましたか?」
「ううん。リクが、何だか怖かったから」
「私が?」
自分でも知らないうちに、私は殺気に似たようなものを放っていたみたいです。
ハリーを安心させるようにもう1度微笑んでから、フェインのいない鞄を静かに握りました。
「少し、寒くて」
「…うん。そうだね。帰ろっか」
「ちょっと話したいんだけど」
その時、クラムさんがハリーを引き止めました。
困ったように私を見たハリーに手を振ります。
「先に帰っていますね」
「うん。ごめんね」
「いいえ。暗いので気をつけてくださいね」
「リクも」
ハリーに手を振ってから、私はホグワーツに向かいました。
肌寒い曇り空の下を歩きながら、私は静かに呟きました。
「最初に優勝杯を取るのは、私じゃないと」
ヴォルデモートさんに1番に会うのは私ではないといけません。
†††
戻ってきたハリーに話を聞かされ、私はハリーとクラムさんを残してきた事を後悔しました。
2人は半狂乱状態のクラウチさんに会い、ハリーがダンブルドア校長先生を呼びに行っている間に、クラムさんがクラウチさんに襲われたのです。
クラムさんが気絶をしている間にクラウチさんはいなくなってしまったのです。
私達は朝方までその話をしていました。
何故クラウチさんがいたのか。そしてどこへ行ってしまったのか。
考えても明確な答えは出ないままでした。
†††
それは『占い学』の時間でした。
狭い教室で茹だるような暑さと香気に当てられながら授業を受けている最中、ハリーが突然、額の傷を抑え、床を転げ回ったのです!
私とロンがハリーの左右から声をかけます。次にハリーが目を開いたとき、額を強く抑えていました。
「ハリー、ハリー、医務室に…」
「大丈夫か?」
「大丈夫なはずありませんわ!」
トレローニー先生の声が私達を遮りました。
「あなたは間違いなく、透視振動の強さに刺激を受けたのですわ。これまでに見たことのないほどの透視が――」
「今は頭痛の治療薬以外には見たくありません」
ハリーはそう言い、立ち上がります。
私達に「あとで」と言うと、トレローニー先生には目もくれず、出口へと向かって行きました。
ハリーが出て行った瞬間、ざわざわと広がる私語に混ざり、私とロンは顔を見合わせ、コソコソと話し出しました。
「ハリーは大丈夫でしょうか…?」
「うーん…」
「傷を抑えいたということはヴォルデモートさんが関わって……あ、ごめんなさい」
ロンがヴォルデモートさんの名前にビクリと肩を震わせました。
「…リクも『例のあの人』を名前で呼んでいたんだね」
「今はリーマスさんと暮らしていますが、私もマグルの出ですからね。
怖いとは思いませんし…」
ヴォルデモートさんは、リドルくんでもあるのですから。
『占い学』を受け、談話室に向かう途中でハリーに会い、それからすぐに『数占い』に出ていたハーマイオニーとも合流出来ました。
ハリーは『占い学』の教室を出たあと、すぐに校長室に向かい、そこで『憂いの篩』を使ったのです。
『憂いの篩』は誰かの溢れそうな「想い」「記憶」を入れるものです。
そこで、ハリーはダンブルドア校長先生の記憶を垣間見ました。
そこで知ったのはカルカロフ校長先生が『死喰い人』であったということ。
カルカロフ校長先生が提出した情報で、スネイプ先生が『死喰い人』だとが法廷で出されたということ。
スネイプ先生はダンブルドア校長先生が保証人となり、無罪となったこと。
バグマンさんが『死喰い人』に情報提供をしていたこと。
クラウチさんとクラウチさん息子の裁判の様子を。
また私達が集まって話をし、そしてシリウスへの手紙を送りました。
「ヴォルデモートのせいだ」
フクロウ小屋を降りていく途中でハリーが小さく囁く声が聞こえました。
「ヴォルデモートのせいでいろんな人の人生がメチャメチャになったんだ」
私の中でその声はいつまでも残っていました。
†††
「インセンディオ(燃えよ)!」
私の目の前で暖炉用の薪が燃え上がり、それが夢だということを思い出させるようにやがて透明になっていきました。
ソファに座ったままのヴォルデモートさんの指示が飛びました。
「杖の振り方が弱い。そんなもの威力が弱くなるだけだ。
もう1度」
「………むー…明日が課題の日なのに、大丈夫でしょうか…?」
夢の中でヴォルデモートさんに攻撃呪文の訓練を受けていました。
魔法を夢の中で使うのは、普段魔法を使うよりも疲れるものでした。
ヴォルデモートさんによればかかる負荷が違うらしいですが…。
ぼんやりと考えこんでいると、ヴォルデモートさんは軽く鼻で笑いました。
「敵に『洗浄呪文』をかけるよりマシだ」
「便利ですよ、『スコージファイ(清めよ)』は」
相手を傷つけませんし、でも絶対怯みますし。
「なんにせよ、今日は終わりだ」
「え? もう2時間経ちましたか?」
ヴォルデモートさんは『幽体離脱』にも似た私の夢に1日2時間の制限をかけました。
彼のいう『剥がれかけ』が完全に剥がれ落ちてしまわないように。
「嫌ならばホグワーツを抜けて生身で来い」
「それこそ駄目ですよ。ヴォルデモートさん帰してくれなさそうですし」
むぅと頬を膨らませると、ヴォルデモートさんがニヤリと怪しく微笑みました。
どうやら正解だったようです。背筋に走った悪寒を振り解き、私はヴォルデモートさんに軽く頭を下げました。
「ご指導ありがとうございました。明日は私が1番に優勝杯を取りますから」
「意外とこだわるのだな。1番に」
「もちろんです」
私は目の前の闇の帝王に微笑みました。
「早く貴方に会いたいですからね」
誰よりも、ハリーよりも早く、誰も死なせないためにも。