「リクちゃん、起きて」

リーマスさんに肩を揺らされ、私はゆっくりと目を覚ましました。
目元を擦りながら、意識を覚醒させていくと、リーマスさんが私の髪を優しく撫でてくれました。

「夕食を食べに行かないと」
「…あれ、スネイプ先生は?」
「先に行ったよ」

姿の見えないスネイプ先生を探すと、リーマスさんはそう答えてくれました。
再びフードを被ったリーマスさんに手を引かれ、地下牢教室から出ました。

大広間でグリフィンドール寮のテーブルを目指すと、モリーさんやビルさんの姿も見えます。
ハリーが私と手を繋いでいるリーマスさんの姿を見て、にっこりと笑いました。
 
「リク。ルーピン先生に会えたんだね」
「はい! 今までお茶会してて、私は寝ちゃっていたんですけど」
「久しぶり、ハリー」

リーマスさんがフードを少しだけ持ち上げ、微笑みます。頬の傷が少し歪みました。

ロン、ハーマイオニー、ジニーちゃん、フレッド先輩、ジョージ先輩もやってきて、いつも賑やかなグリフィンドール寮がさらに賑やかになった気がしました。

教職員テーブルには既に審査員のバグマンさんと、クラウチさんの代理として来たコーネリウス・ファッジ魔法大臣の姿もありました。

やがて魔法をかけられた天井が日暮れに変わり始めた時、ダンブルドア校長先生がスッと立ち上がりました。

「紳士、淑女のみなさん。あと5分たつとみなにクィディッチ競技場に行くように、わしからお願いすることになる。
 代表選手はバグマン氏に従っていますぐ競技場に行くのじゃ」

ハリーが立ち上がりました。私も立ち上がります。
フェインが私の掌に舌を這わせてから、リーマスさんの肩に移りました。
グリフィンドール寮からの拍手を浴びながら、私はリーマスさんに1度ぎゅうと抱き着いてから、ハリーを追いかけました。

「ハリー、頑張りましょうね」
「うん。リクも頑張ろう」

クィディッチ競技場に向かうと、6mほどの生垣で全体を見ることは出来ません。
ただ、正面だけに隙間が空いていました。

この巨大迷路の入口です。薄気味悪く、背筋が小さく震えました。

少しするとスタンドに人が入りはじめ、ガヤガヤとした声に満たされました。

全員が大体座ったあと、マクゴナガル先生から説明がありました。

ホグワーツの先生方が迷路の外側を巡回し、私達が助けを求めたい時は、空に赤い火花を打ち上げ、それを見て先生達の誰かが救出してくださるようです。

「では、代表選手は持ち場に!」

『ソノーラス(響け)』で拡大されたバグマンさんの声がスタンドに響き渡りました。

1位が85点で、ハリーとディゴリー先輩。
2位が84点で、私。
3位が80点で、クラムさん。
そして4位に、デラクールさん。

誰もが十分に優勝杯を狙うことが出来ます。
私の肩がまたブルッと寒さに震えました。

「では、ホイッスルが鳴ったら、ハリーとセドリック!
 いち――に――さん――」

ホイッスルがスタンドに響き渡りました。
グリフィンドール寮とハッフルパフ寮を中心とした歓声に包まれ、2人は迷路に入って行きました。

私が迷路の前に立ちます。数分待ったあと、バグマンさんが私に向かって笑いかけました。

「次にリク・ルーピン嬢!
 いち――に――さん――」

再び聞こえたホイッスル。私は小走りで迷路の中へと入って行きました。
杖を取り出し、構えます。薄暗い道を照らすため『ルーモス(光よ)』と呟きました。

迷路の中は意外と狭く、1人が通れるスペースしか空いていません。
左右には6mのそびえる生垣。その圧迫感に息が詰まりそうでした。

やがて分かれ道に出て、私は直感で左に向かいます。

迷路を直感で左右に曲がりながら、障害物に当たることなく、私は進みつづけました。
あまりにも障害物にぶつかりません。

私は迷路の外側だと思われる方を1度見つめましたが、すぐに振り払いまた走り出しました。

今はゴールを目指さなくては。

時折、ハーマイオニーが見つけてくれた『四方位呪文』を使いながらなるべく中心に向かって走ります。
夜目が効く私は遠くを確認しながら走っていました。

走っている途中で突然、デラクールさんの悲鳴が迷路に響き渡りました。
ビクッと肩が跳ね上がり、悲鳴があった方を見ます。

「デラクール、さん…?」

私の不安げに呟く声が辺りの暗闇に飲み込まれました。
ぎゅうと強く杖を握り締めながら、私はバッと右の道に入り込みました。

「きゃあ!」

するとそこには、ライオンの胴体に頭は女の人の顔。

エジプトとかでよく?見かけるような生きた『スフィンクス』の姿がありました。
スフィンクスは私の前を左右に動き、私の行く手を塞いでいました。

「び、…びっくりしました…」
「お前はゴールのすぐ近くにいる。1番の近道は私を通り越していく、この道だ」
「……通してはくれませんよね…?」

スフィンクスは重々しく頷くと、再び話しはじめました。
 
「通りたければ、私の謎々に答えるのだ。
 正しく答えれば通してあげよう。答えを間違えればお前を襲う。黙して答えなければ、私の所から返してあげよう」

な、謎々…ですか…。こういうのは…ハーマイオニーの方が得意なのですが…。

ですが私は意を決して、スフィンクスに向かいコクンと頷きました。スフィンクスが謎々をかけます。


最初のヒント。
私は貴女の掌よりも小さくなれる。私は貴女の背よりも大きくなれる。
でも、自分の意志では変えられない。いつも他人任せ。

2つ目のヒント。
普段は意識しなくとも、誰もが私を見たことがある。
生きてる間も死んでる間も誰も彼もが私を手放せない。

3つ目のヒント
燃え上がる火の中でも大丈夫。渦巻く水の中でも大丈夫。
だけど、私は明かりのない洞窟の中だけは存在出来ない。

つないでごらん。答えてごらん。
私と貴女は触れ合えない。私はなんだ?


………全然わかりません。

小さくなったり、大きくなったり。
誰もが見たことがあり、手放せない。
火の中でも水の中でも大丈夫。ですが洞窟では駄目。
触れ合えない、もの。

「……小さく…、なったり……手放せない…」

スフィンクスは謎めいた微笑みを見せるだけでした。んー。と悩む私が足元を見つめて考えます。

ここは…引いた方がいいのでしょうか。
迷うように足を動かすと、私の杖明かりで出来た影が揺らめきました。

「降参か?」
「待ってください!」

ハッと気が付いた私が杖をゆっくりと動かします。再び、明かりが揺れました。

「小さくなったり大きくなったり…誰でも持っていて…暗闇の中では存在出来ない…私とは触れ合えない…。
 答えは『影』です!」

スフィンクスはにっこりと微笑んで、立ち上がって私に道を譲ってくれました。

「ありがとうございます!」

私はスフィンクスにお礼を言いながらダッと走り出します。あぁ、緊張しました。

バッと曲がり角を右に曲がると、その先に三校対抗試合優勝杯が輝いていました。
そしてその前にいる大きな蜘蛛の姿も。

「優勝杯に、優勝杯に触れればいいだけのはずです」

杖を構え、私は大きな蜘蛛の間を走り抜けることを決めました。

蜘蛛がこちらを見ました。カサカサと生垣を押し退けるように走り出します。
ぐっと杖を構え、私はヴォルデモートさんに教わったように強く杖を振るいました。

「『インセンディオ(燃えよ)』!!」

杖先から飛び出す炎。蜘蛛は火には弱いようで、ビクっと大きな身を引きました。

私は蜘蛛の間を走ります。走る途中で素早く動いた蜘蛛の鋏が肩を掠りましたが、それを気にする余裕すらなく、私の指が優勝杯の取ってを掠めました。

風が唸ります。周りがぐるぐると回りはじめ、両足が地面を離れました。
しっかりと優勝杯を掴み直そうとした瞬間、私の頭がジワッと痛みだしました。

思わず手が滑ってしまい、私は反動で地面に叩きつけられました。
私はいつの間にか墓場に投げ出されていました。

鋏が掠めた肩と打ち付けた半身が痛みます。
涙を堪えて、私は肩を押さえます。

「来たか、リク」

遠くから聞こえた声に、私は思わず微笑みました。

来たのです。やっと、誰よりも先に。ここへ。

未来を変えるために。


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