歓声が私達を包みました。
打ち付けられた肩が鈍く痛みましたが、それよりも。ハリーに向かって杖を振り下ろします。
「エピスキー(癒えよ)! ハリー…、ハリー大丈夫ですか…!!」
「煩い! お前は…僕達を…!」
ハリーがディゴリー先輩の手首を強く握り、離そうとしません。
彼に怒鳴られ、呆然とした私はハリーとディゴリー先輩の側で、2人を見下ろすかのように立ちすくむだけでした。
私は、ハリーを…?
ダンブルドア校長先生がハリーを仰向けにとしました。
ハリーの名前を何度も呼びかけ、ハリーの囁きを聞き取っているようでした。
辺りの歓声に困惑が満ち欠け、ディゴリー先輩が死んでいると伝わると同時に歓声は悲鳴へと変わりました。
混乱に満ちた人が動き回る中、私は青白い顔をしたリーマスさんに後ろから抱き留められました。
「リクちゃん!! どうしたの? 何が…」
「ヴォルデモートさんが復活したのです」
私の声はやけに冷静に響きました。
リーマスさんが息をのみ、私の手を強く握りました。
頭が焼けるように痛みます。ですが、ディゴリー先輩がいなくなってしまった事実よりも痛い訳はありません。
痛い訳はないのです。
「ハリーは」
人込みの中、いつの間にかハリーの姿が消えていました。
私はリーマスさんの腕を振り切り、ダンブルドア校長先生に向かって駆け出しました。
「ダンブルドア校長先生、いますぐにムーディ先生の部屋に向かってください。
スネイプ先生は真実薬を持って、マクゴナガル先生も一緒に。
ハリーが危険なんです」
そう伝えると同時に私はムーディ先生の教室に向かい駆け出しました。
人込みで踏まれそうになっていたフェインを途中で拾い上げ、混乱に満ちた中を駆け抜けました。
誰かが、沢山の人が私を呼んだ気がしましたが、私の耳は正常に機能していませんでした。
階段を走り、先に迫った木の扉に向かって、私は杖を振り上げました。
「インセンディオ(燃えよ)!!」
扉が燃え上がり、同時に驚いた表情のムーディ先生がこちらを見ました。
目の前に杖を突き付ける立ったままの私。
ムーディ先生は魔法の目をハリーに向けたまま私を見上げていました。
「ハリーから離れてください。先生」
「穢れた血が生意気に…!!」
「穢れていようが、生意気だろうが、いいんです。私は、私のしたい事をします。私は我が儘です」
したい事を。誰も死なないように。助けたい。誰もかも。
――でもディゴリー先輩は?
「ステューピファイ(麻痺せよ)!」
私のすぐ脇を赤色の閃光が通りすぎ、ムーディ先生の姿が吹き飛びました。
振り返るとダンブルドア校長先生の姿。そのすぐ後ろにスネイプ先生とマクゴナガル先生の姿も見えました。
マクゴナガル先生がハリーの肩に手を置き、私を見上げながら言いました。
「…さぁ、貴方達、行きましょう、医務室に…」
「ミネルバ。その子達はここに留まるのじゃ。
この子達は知らねばならん」
ダンブルドア校長先生はぐったりとしたムーディ先生から携帯用酒瓶と、鍵束を取り出しました。
「セブルス、厨房からウィンキーという屋敷妖精を連れて来てくれぬか。
ミネルバ、ハグリッドの小屋に大きな黒い犬がかぼちゃ畑にいるはずじゃ。犬をわしの部屋に連れいってくださらぬか」
校長先生からの一見奇妙な指示。私はスネイプ先生が持っていた真実薬を預かりました。
スネイプ先生は一瞬顔をしかめたあと、すぐに踵を返して部屋から出ていきます。
私は校長先生の持つ、鍵束の1つ、エメラルドグリーンの鍵を指差しました。
「多分、7つ目の鍵です。カンですが」
校長先生が7つ目の鍵を7つの錠前が付いたトランクに差し込みました。
そしてトランクが開かれ、ハリーが驚きの声を漏らすのが聞こえました。
トランクの中は地下室のようになっていました。
3mほど下の床には、痩衰えた男の人の姿がありました。
本物のアラスター・ムーディの姿でした。
その時、シャーッとフェインが威嚇の声をあげました。
振り返ると偽物のムーディ先生の魔法の目が飛び出し、変わりに本物の目玉が現れました。
魔法の目は床を転がり、威嚇するフェインの前でクルクルとあらゆる方向に回りつづけていました。
やがてその姿は変わって行き、最終的には少しそばかすのある、色白の、薄茶色の髪をした男の人へと変わりました。
クラウチさんの息子です。クラウチさんと、同じ名前の『バーティ・クラウチ』の姿が現れたのです。
廊下を急ぎ足でやってくる声。
それを聞きながら私はスネイプ先生から受け取った真実薬をクラウチさんの口元に持っていきます。
「バーティさま。バーティさま!」
後ろから金切り声が聞こえました。屋敷しもべ妖精のウィンキーです。
私がクラウチさんに薬を3滴流し込むと、ダンブルドア校長先生が「エネルベート(活きよ)」と唱えました。
「Ms.ルーピン」
スネイプ先生が私を呼びました。振り返ると顔をしかめた私に手を伸ばしていました。
首を傾げつつも伸ばされた手を握ります。
すると手を引かれ、私は先生のすぐ隣に立つことになりました。
それからも手は繋いだままでした。
ダンブルドア校長先生は真実薬を飲んで抑揚無く話すクラウチさんからいくつか質問を投げかけていました。
どうやってアズカバンを抜け出したのか。
抜け出したあと、どうしていたのか。
クィディッチ・ワールドカップでのこと。
ムーディ先生と入れ替わった時のこと。
ホグワーツでの数々の事件の真相。
ウィンキーはその間、ずっと啜り泣き、嘆いていましたが、クラウチさんは淡々と話すのをやめようとはしませんでした。
全ての話が終わったあと、ダンブルドア校長先生が立ち上がりました。
「ミネルバ。ハリー達を上に連れていく間、ここで見張りを頼んでもよいかの?」
「もちろんですわ」
「セブルス、マダム・ポンフリーをここに降りて来るように頼んでくれんか? アラスター・ムーディを医務室に運ばねばならん。
コーネリウス・ファッジも連れて来ておくれ」
スネイプ先生が無言のまま頷きました。
私はゆっくりと手を離すと、先生はさっと部屋を出ていきました。
なるべくハリーの方を見ないようにしつつ、歩き出したダンブルドア校長先生の後ろに続きます。
フェインが私の肩に乗り、慰めるように私と頬をすり合わせていました。
校長室にたどり着くと、中にはやつれた顔をしたシリウスと同じく蒼白なリーマスさんが立っていました。
「リクちゃん!」
リーマスさんが私に駆け寄り、小さな私を抱き締めました。
私の目から涙が零れそうになりましたが、ぐっと目を閉じて涙をこらえました。
私だけは、今回のことで泣いてはいけないのです。
「何があったの…?」
ハリーが口をつぐみました。シリウスがハリーの肩に手を置いていました。
リーマスさんの腕の中、ダンブルドア校長先生に声をかけました。
「私がお話します。ですが、ハリーも聞いていて下さい。
確認のために」
そしてあの墓場で起こったことを話し出しました。
リーマスさんは始終、私を抱きしめていました。
ハリーは嫌悪が篭った瞳で私を見ていました。
「――そして私達はもう1度、優勝杯を握って、戻ってきました。ホグワーツに」
沈黙が校長室を埋めました。
リーマスさんがこれ以上ないほど私を抱きしめるのを感じていました。
「リクが…」
そこで黙り込んでいたハリーが呟きました。
私はハリーの嫌悪に満ちた目をまっすぐ見返しました。
「リクが…、リクもヴォルデモート卿の手引きをしていたんだ」
「………」
「ヴォルデモートはリクを名前で呼んでいた! リクとヴォルデモートは知り合いなんだ!」
「リクがそんなわけ…」
シリウスに宥められるハリーの怒鳴り声を私は静かに聞いていました。
ダンブルドア校長先生が私を見つめていました。
「ヴォルデモートさんは……、…友人です。夢で会っていたんです。今年中、ずっと…」
リーマスさんとシリウスが唖然と私を見つめました。
ダンブルドア校長先生がひどく優しく話しかけました。
「夢で、とは?」
「言葉通りです。私は眠っている間、意識だけ他の場所に行けるんです」
何か言おうと口を開いたリーマスさんを、校長先生が手で制しました。
「セブルスが薬を調合していたはずじゃ」
「飲んでません」
私はまっすぐにダンブルドア校長先生だけを見ていました。
「薬は、飲んでません」
大好きなリーマスさんの顔すら見れないまま。