校長先生は静かに私達を医務室まで連れていきました。

強く私の手を握るリーマスさんは何も言いません。
黒い犬の姿となったシリウスは私の様子を伺いつつも、ハリーにぴったり寄り添って歩いています。

医務室に入った瞬間、モリーさん、ビルさん、ロン、ハーマイオニーの姿が見えました。

駆け寄ろうとしたモリーさんを校長先生が制し、ハリーに魔法睡眠薬を持たせました。
マダム・ポンフリーは私にも薬を渡そうとしましたが、私は静かに首を振って断りました。

「今は…、眠りたくありません」
「我が儘は許されません! 貴女は重症なんですよ!」
「1人にしてください。お願いしますから…」
「マダム・ポンフリー、私からもお願いします。無茶はさせません」

リーマスさんの声が優しく響きました。
リーマスさんが私の身体を抱え上げ、医務室のベッドに静かに横にしました。

「横になってるだけでいいから…」
「……………リーマスさん…」

優しく私の額に手を乗せるリーマスさん。暖かい手が私の頬を包んでいました。
医務室の白いカーテンが閉まり、ベッドのすぐ隣にはリーマスさんが座っていました。

「リクちゃん」

苦しく押し出すような声が聞こえたあと、リーマスさんは黙り込んでしまいました。

眠たくなるどころが、冴え渡る私の頭。
瞬きだけを繰り返しながら、私が考えるのはこれからのことばかりでした。

それから数時間。正常に機能していなかった私の耳が急にあたりのざわざわとした喧騒を聞き取りました。
ゆっくりを身を起こすと、リーマスさんがはっと顔を上げて小さく微笑みました。

「リクちゃん、まだ横になっていないと…」
「私は大丈夫です」

リーマスさんを遮り、立ち上がりました。

カーテンを開けると、突然大きな音がして、ファッジ魔法大臣が医務室に現れました。
大臣のすぐ後ろには、マクゴナガル先生とスネイプ先生の姿もありました。

大臣は苛々とした様子で周りを見回していました。

「ダンブルドアはどこかね?」
「何事じゃ」

校長先生はさっと魔法大臣の後ろから入ってきました。
鋭い視線でファッジ魔法大臣を見たあと、マクゴナガル先生を見ました。

マクゴナガル先生はクラウチさんを見張っていたはずです。

「大臣が見張りの必要がないようにしてしまったのです!」

大臣が校内に入るとき、護衛のためにと連れた吸魂鬼が、クラウチさんに死の接吻を施してしまったというのです。
これで真相を全て知っている犯人だったクラウチさんはいなくなってしまったのです。

何故、人を殺していったのか。クラウチさんはもう証言できないのです。

さらに魔法大臣はヴォルデモートさんが復活したということを信じられないようでした。
信じられないというのもわかりますが、事実を肯定しなければ、対策など打ち立てられるわけはないのです。

「ではダンブルドア…、貴方は本件に関して、ハリー達の言葉を信じているというわけですな?」
「もちろんじゃ。わしはハリーを信じる」
「ファッジ大臣、貴方はリータ・スキーターの記事を読んでいらっしゃるんですね」

横を見ると、ハリーも私と同じように起きていました。

「僕はヴォルデモートが復活するのを見たんだ!
 僕は死喰い人を見たんだ! 名前だって上げることができる!」
「そんな名前は古い裁判記録で見たのだろう! 戯けたことを……」
「コーネリウス・ファッジ魔法大臣、ちょっとよろしいですか?」

私が1歩前に歩みだして、魔法大臣の前に出ました。
深々と頭を下げて、にっこりとほほ笑みかけました。

「お初にお目にかかります。リク・ルーピンといいます。
 私もハリーと一緒に現場にいたものです」

私の名前を聞いて大臣の表情が一瞬変わりました。あぁ、この人も私の父親が狼さんであることを知っているんでしょうね。

私はネクタイの結び目を解き始めます。
怪訝な顔をする周りを置いて、私はYシャツのボタンを数個開けて、たじろぐ魔法大臣を前に私は胸元に浮かび上がったヘビの『印』を見せました。

驚愕に包まれる空気。私は再びにっこりと笑いました。

「これは私が数時間前にヴォルデモートさん自身に与えられたものです」

頭に走る痛みは今や麻痺し始めていました。

「貴方がダンブルドア校長先生の味方だというのならば、これからしなくてはならないことが沢山ありますよ。
 ヴォルデモートさんはまだ完全に力を取り戻していません。ですが、彼はかつての仲間を取り返すつもりです」

ヴォルデモートさんは寂しがり屋さんですから。
そういう言葉がこぼれそうになった私はクスと苦笑を零してしまいました。

私の胸元からは未だにヘビの印が浮かび上がったままです。

ファッジ魔法大臣はどう答えるかを迷っているようでした。

「『印』を付けることができるのは闇の帝王だけだ」

その時、スネイプ先生が私の肩を引いて、後ろへと下げました。
先生が力を込める方向に移動する私。私からはスネイプ先生の横顔しか見えませんでした。

「見るがいい」

スネイプ先生は自分の左腕の服を捲りあげ、『闇の印』を魔法大臣に見せつけていました。
どす黒く見える髑髏とヘビを先生は忌々しく見つめているようでした。

「1時間前ほどには黒く焼け焦げてもっとはっきりとしていたものだ。カルカロフのもだ。
 あいつは今夜になって逃げ出した。何故か? 我々はこの印が焼けるのを感じたのだ。カルカロフは闇の帝王の復讐を恐れたのだ」

印はヴォルデモートさんが触れた瞬間に、全員の印が焼けるようになっていました。
それは死喰い人を見分ける手段でもあり、そして収集する合図でもありました。

ヴォルデモートさんがあの墓場で死喰い人を呼び寄せた時と同じように。

ファッジ魔法大臣はさらにたじろぎ、スネイプ先生の言葉が理解できなかったように、ダンブルドア校長先生を見上げて囁くように言葉を零しました。

「貴方も先生方も、生徒ですら何をふざけているのやら……。私は省に戻らなければならん」

魔法大臣はツカツカとドアに向かって歩き始めましたが、はと思い出したかのようにローブのから、何やら袋を取り出しました。

それを私の目の前に突きつけました。

「君の賞金だ。1千ガリオンある」
「私は試合を途中で棄権しましたよ。混乱でわかりづらかったかもしれませんが。
 賞金はハリーのものです」

私は再び笑いました。金貨の袋を受け取り、私はハリーのベッドの脇にドサと置きました。

ファッジ魔法大臣はもう1度私を見てから、ドアを力強く閉めて出て行ってしまいました。

彼が出て言った瞬間、私の腕を強く掴んだのはスネイプ先生でした。
先生の視線は私の胸元の印に移されていました。

スネイプ先生からの言葉はありません。ただ、私の腕を鬱血しようなほど握り締めるだけでした。私は言葉をこぼします。

「………ヴォルデモートさんは、これは私が彼の所有物である証だと言いました。私は所有物になったとは思ってはいませんけれど……。
 あんまり見ないでください。……恥ずかしいですから」

頬を染めてはにかむとスネイプ先生は私の腕を離しました。
ボタンやネクタイを戻す途中で私の身体をぎゅうと抱きしめたのはリーマスさんでした。

私を抱きしめる腕は少し震えていて、私は振り向いてリーマスさんを抱きしめ返しました。

「この印は焼けたり、痛くなったりはしませんよ。
 ヴォルデモートさんは私にそんなことはしません」

リーマスさんは暖かいです。沢山沢山私を心配してくれているリーマスさんを感じながら、私はダンブルドア校長先生が周りの人々に話をするのを黙って見つめていました。

そしてビルさんがロンのお父さんに連絡するために、マクゴナガル先生がハグリッドさんを呼びに部屋を出ていきます。
そしてマダム・ポンフリーもウィンキーを厨房に連れて行って欲しいと言い、マダム・ポンフリーも部屋から出ていきました。


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