約束の時間は想像以上に早く訪れました。
9時くらいに現れたスネイプ先生を見て、リーマスさんは私を膝に抱えたままムスとした顔を見せました。
実は今日一日中。リーマスさんがお仕事をしている時以外は、出来る限り私を膝の上に乗せていたり、強いて言うなら「べったり」という表現が最適でした。
さすがのシリウスも今日はツッコミをすることなく、私とリーマスさんがくっついていても何も言いませんでした。私もリーマスさんと一緒に過ごせてとても楽しかったです。
「リーマスさーん、私、行きますね?」
「………行くの?」
「はい」
「本当に行くの?」
「い、行きますよ」
なんだかリーマスさんが子供みたいに思えてきました。なんというか可愛いです。
頬を緩ませていると、黙ってそれを見ていたスネイプ先生が溜め息を零していました。
「Ms.ルーピン。遅れる」
「は、はい。
リーマスさん。私は絶対に無傷で帰ってきますから。
ヴォルデモートさんは私に呪いをかけたりしませんから」
私はリーマスさんの両頬に手を添えました。不安そうなリーマスさんにニッコリと微笑みます。
「それに、何かあればスネイプ先生がいますから」
「…………うん。わかったよ。
お願いね。セブルス」
そう言ったリーマスさんは微かな殺気をスネイプ先生にぶつけているようでした。私は苦笑を浮かべてスネイプ先生の腕を引きました。
途中ですれ違ったハリーに微笑みを向けて、私は玄関に向かいました。
肩に乗ったフェインはいつの間にか私の鞄に滑り込んでいました。
振り返ってリーマスさんに笑みを向けます。
「では、また明日」
玄関に向かうと、そこにはダンブルドア校長先生の姿がありました。
ぺこりと頭を下げると、ダンブルドア校長先生は微笑みを浮かべながら私の肩にぽんと手を乗せました。
「気をつけていくのじゃよ」
「はい。ありがとうございます」
小さく微笑むと、一瞬胸元の印が熱くなったような気がしましたが、その感覚はすぐになくなってしまいました。
?と首を傾げましたが、数歩歩いたところにスネイプ先生が待っていたので、私はもう1度頭を下げてから、先生の背中を追いかけました。
そして、玄関から数歩出たところでスネイプ先生と私は姿くらましをしたのでした。
†††
目を開いた時、見えたのは深い森の中でした。
少し不安になった私は、前を歩くスネイプ先生の片手を掴みました。
一瞬振り返ったスネイプ先生でしたが、すぐに前を向きました。
私は去年のダンスパーティで着ていた黒いドレスローブを着ていました。
胸元には去年と同じように、ヴォルデモートさんからいただいた緑のペンダントを下げています。
「ヴォルデモートさんのお屋敷じゃないんですね」
見えてきた屋敷は、以前、私が夢に見ていた、トム・リドルの屋敷ではありませんでした。
周りを見回しながら歩いていると、スネイプ先生に手を強く引かれてしまいました。
驚きつつもスネイプ先生の横顔を見上げます。
「………着いたらまず案内に従いたまえ。時間になったら闇の帝王に会うことになるだろう」
「先生は一緒にいてくれないんですか?」
「…吾輩は先に闇の帝王に会わなくてはならない。…帰るまで闇の帝王の側にいたまえ」
やっぱ忙しいのでしょうね。私は頷いて見えてきた屋敷の玄関に近寄りました。
中に入ると夜会用の仮面を付けた『死喰い人』が2人立っていました。
怪訝そうな顔をした彼らに私はおずおずと招待状を見せます。
ヴォルデモートさんの闇の印が刻まれているのを見て、1人が表情を変えて、再び私の方を見ました。
「……ご案内します」
「は、はい。
ではスネイプ先生。またあとで」
スネイプ先生から離れ、私は死喰い人さんの背中を追いかけます。
少しすると、ある一室に案内されました。中には首から上のないマネキンが1体。なにこれ怖いです。
「着替えてお待ちください」
「え。あの、この服に?」
私はマネキンさんを指さします。マネキンさんは高級そうな黒い、仄かに緑かがったドレスを着ていました。
死喰い人さんは頷くと何事もなかったように部屋を出て、扉を閉めてしまいました。
私はむぅと頬を膨らましつつ、言われた通り着替えを始めました。
着た瞬間には大きいと感じたドレスが、何か魔法でもかかっているのか、きゅっと私のサイズに合わさるように縮まりました。なにこれ便利。
大きく胸が開かれたデザインのそれは左胸あたりにある印がよく見えました。
え。ヴォルデモートさんの趣味……?
疑惑の念を抱いていると、見上げていたフェインが私の着替えが終わったと同時に肩に登りました。
私の後ろに残っているのはマネキンさん。やっぱりちょっと怖いです。
フェインを抱えながら、部屋の隅にあった執務椅子に腰をかけていると、扉が開いてその隙間から大きな蛇が姿を現しました。ナギニです。
フェインの威嚇の声。私は苦笑を零しながらフェインを再び肩に乗せました。
「フェイン、大丈夫ですよ。
お久しぶりですね。ナギニ。お元気でしたか?」
ナギニは何も答えないまま近寄った私の足に頬を寄せてから、視線を扉の方へと向かわせました。
這い出すナギニに私はついていきます。大きなナギニの体が私の足元のすぐ横を通っていました。
フェインは少々不機嫌さんです。私はクスクスと苦笑を零してから機嫌を取るように彼の身体を撫でます。
ナギニについていくとやがて大きな両開の扉の前に出ました。
先にナギニがするりと扉の隙間を通っていくと、中から沢山のざわざわ声が聞こえて、私が扉に手をかける前に大きく開かれました。
中には沢山の人。全ての人が夜会用の仮面で顔を隠しています。
黒いローブを着た人達は私の姿をただ静かに見ていました。
「リク」
よく通る声が聞こえました。ナギニが作った道の先に座るのは、復活したヴォルデモートさんでした。
私はほんの少し微笑みを浮かべて、手を差し出すヴォルデモートさんの元に静かに歩み寄りました。
側に近寄ると、ヴォルデモートさんは満足そうに口の端に笑みを浮かべ、私の手を引いて甲にキスをしました。
ムッとした私の頬が熱くなります。ヴォルデモートさんは私の反応を見て笑ったようでした。
ヴォルデモートさんに導かれるままに、隣に用意されていた椅子に座ります。
目の前の死喰い人さん達の視線が私とヴォルデモートさんに注がれました。
なんだかお姫様にでもなってしまったような位置です。さらに言うと恥ずかしいです。
誤魔化すように私は隣のヴォルデモートさんに視線を向けました。
「お久しぶりですね。ヴォルデモートさん。
こっちは私のペットのフェインです」
ヴォルデモートさんは短く蛇語で何かをフェインに言いました。
フェインはじーっとヴォルデモートさんを見たあと、やっぱり短く言葉を返していました。
1人と1匹の会話が終わると、ヴォルデモートさんが片手に空のワイングラスを持ち上げました。
それと同時に死喰い人の人達も空のグラスを持ち上げます。