ヴォルデモートさんは面白そうにケーキを頬張る私を見ていました。それに気が付いた私は首を傾げます。

「…リク、貴様何か面白いものを持っていないか?」
「面白いもの?」
「あぁ。鞄に何をいれている?」

ちらと少し大きめのハンドバッグを見ます。
中には、杖にハンカチにポーチ、あと何が入っていたでしょうか。

ハンドバッグに手を伸ばし、中身を見た瞬間にヴォルデモートさんが探していたものがわかりました。
ホグワーツではいつも持ち歩いていたので、なんだか落ち着かなくて持ってきていたものでした。

私はハンドバッグからゆっくりと出した『それ』をヴォルデモートさんに手渡しました。
気が付いたヴォルデモートさんの表情に怒りに満ちたものが浮かびます。

私が持っていたのは「黒い日記」。

トム・リドルの黒い日記でした。

「ルシウス!!」

日記に空いた穴を確認しながらヴォルデモートさんの怒声が飛びます。

はねる私の肩と、急変したヴォルデモートさんの様子に凍りつく死喰い人さん達。

その中から、1人の男性がゆっくりと前に歩み出ました。
仮面の端から除く金髪。マルフォイさんです。

ヴォルデモートさんの視線が現れたマルフォイさんに向かいます。
軽く掲げられた日記に全ての死喰い人の視線が集まっていました。

「ルシウス、何故これをリクが持っている? 俺様は貴様に預けたと思っていたが」
「は…。我が君、」

マルフォイさんは言葉に迷っているようでした。ヴォルデモートさんの手には日記と、いつの間にか杖。

「クルーシオ!!(苦しめ)」

絶叫と同時に私の肩が震えます。思わず立ち上がってヴォルデモートさんの真横に立っていました。

「ヴォルデモートさんやめてください!」
「……リク、黙っていろ」

磔の呪文がきれ、息も絶え絶えにふらつくマルフォイさん。
ヴォルデモートさんの視線はマルフォイさんから離れていませんでした。

日記を置いたヴォルデモートさんは空いた片手で私の身体を引き寄せます。
そのまま私を膝の上に乗せると、片手で杖を弄ぶように回していました。

「ルシウス、俺様はこれを貴様に保管しておくように命じた筈だ。忘れたか?
 再び問おう。何故日記は壊れ、リクの手元にある?」

触れたら切れてしまいそうな程の殺気。
私はヴォルデモートさんをじっと見つめ続けていました。

「我が君…、申し訳ありません。…私は、私は我が君のためを思い…、2年前…秘密の部屋を開けたのです…」
「それで?」
「そ、それで、その、ハリー…ハリー・ポッターに――」

ヴォルデモートさんの赤い目が怪しく光り続けていました。
青白いヴォルデモートさんの手が私の頭を支えて、自分の胸元に押し付けるように抱きしめました。

私の視界は真っ黒いローブいっぱいになります。
困惑する私をよそにヴォルデモートさんの片手が私の片耳を押さえ、反対はヴォルデモートさんの胸元に押さえ付けられました。

それは今の光景を見させないように、聞かせないようにしているかのようでした。

ヴォルデモートさんの声と再び響いた絶叫。

私の思考が一気に麻痺を始めます。ですが、私は震える身体を無理矢理無視し、ヴォルデモートさんの腕から逃れ、マルフォイさんのすぐ側まで駆け寄りました。
そしてヴォルデモートさんを見上げます。赤い目は私を見下ろしていました。

「どけ、リク」
「ヴォルデモートさん。マルフォイさんに酷いことしないでください。マルフォイさんはドラコくんのお父さんなんですから」

じっと見上げそう言うと、ヴォルデモートさんはふんと鼻を鳴らして杖を懐に収めました。
私は長い息を吐いてマルフォイさんの肩にほんの少しだけ触れました。腕にはみみず腫れのような火傷のような痕があり、私は表情をしかめます。

「すみません…マルフォイさん…。
 立てますか?」
「君は…」

小さく謝ってからゆっくりと立ち上がるマルフォイさんを見上げます。何かを話しかけたマルフォイさんを遮って首を振りました。

そして、私は困惑顔のまま近くにいた死喰い人さんに向きました。

「あの、怪我の治療をお願い出来ますか?」

私は休みの間に魔法を使うことができません。
近くの死喰い人さんにお願いをしてから、私はととととヴォルデモートさんのすぐ隣にまで戻りました。
彼は不満そうに私の行動の全て見送っていました。私は頬を膨らませつつも、手招くヴォルデモートさんのお膝に乗りました。

「リク、俺様の邪魔をするな」
「…ですが、やっぱりヴォルデモートさんが人殺しをするところは見たくありません」

私がそう言うと、ヴォルデモートさんは呆れたように私を見ていました。

「リクと話していると、誰と何を話しているのかわからなくなる」
「? どうしてです?」
「貴様が能無しだからだ」
「酷いですねぇ」

苦笑を零すと、ヴォルデモートさんは私の腕を強く引きました。私はバランスを崩し、ヴォルデモートさんのお膝に手と顔を乗せる格好になりました。

「ヴォルデモートさん?」
「お前はただ俺様に服従してしろ」

膝に乗る私の頭を撫でながら、ヴォルデモートさんはそう言い切ったのでした。

「服従は嫌ですけどね」

小さく舌を出すと、頭の上に拳を落とされてしまいました。


†††


パーティが終わり、シャワーをお借りしてから、用意された部屋に戻ると、肘掛け椅子に座るヴォルデモートさんがいました。

手元のランプに照らされるようにして、リドルくんの黒い日記が置かれています。
彼は興味深そうに日記にあいた大きな穴を見つめていました。

私もヴォルデモートさんの側に寄り、日記を見つめます。

「………リドルくんは私のお友達だったんです。
 悪いことをして欲しくなかったんですが…、なるようにしか、なりませんでした…ね」

言い訳じみた私の言葉を受けながらも、ヴォルデモートさんは静かに日記を見つめているだけでした。

「これは何であけられた穴だ? 牙か何かか」
「はい。バジリスクの牙でした」

思い出すのは秘密の部屋。あの大きな蛇は未だにあそこに横たわっているのでしょう。
私も日記に手を伸ばして、その革表紙に静かに触れました。

「………リドルくんはもう戻っては来ませんよね…」
「貴様の言っているのが、この日記に宿っていたものと同一とするならばな。
 …少なくとも、俺様とこの日記の中身は同一人物なんだが?」
「それは…そうなんですけれど……」

日記を片手に持ち、私を見るヴォルデモートさんに、私は困ったように苦笑をこぼしました。
同一人物なのはわかっているんですが、やっぱりリドルくんとヴォルデモートさんとでは何かと違うでしょうに。

ランプの明かりに照らされてオレンジになっている部屋。私はベットに腰掛けて、枕を抱きしめながらヴォルデモートさんを見ていました。

「でも、またいつか、会えたら嬉しいです」
「…………出来ない、こともない。か」
「え?」

ヴォルデモートさんは机の上にあった杖を握りました。
優雅に立ち上がった彼に驚き、思わず私も立ち上がりましたが、ヴォルデモートさんは私の肩を抑え、動きを制しました。

ヴォルデモートさんの手には黒い日記がありました。私は座ったままヴォルデモートさんを見上げます。言い知れぬ不安が私を包みます。

「ヴォルデモートさん、なにを、するんですか…?」
「………この日記本来の能力は失われた。が、中に入っていた記憶程度ならもしかしたら再生出来るかも知れん」
「リドルくんにまた会えるんですか!?」

あの時、牙を刺され、消えてしまったリドルくんにもう1度会うことができるのなら。
それはとっても嬉しいことです! 私の表情も自然とゆるみました。

ヴォルデモートさんの白い手が、服の上から私の胸元の刺青を強く押しました。
首を傾げて彼を見つめると、ヴォルデモートさんは小さく苦笑をこぼしたように思えました。

「朝、俺様が来るまでこの部屋から出るな。扉の外にはナギニがいる。何かあればナギニに言え」
「はーい。わかりました。
 明日、リドルくんに会えるのを楽しみにしていますね!」

満面の笑みを浮かべると、ヴォルデモートさんは私の頭に手を伸ばそうとし、何故か途中でその手を止めてしまいました。
首をかしげる私の前で、彼は何も言わずに部屋から出ていってしまいました。

用意されたベッドにコロンと横になり、私はフェインをすぐ側に呼びます。

「ヴォルデモートさんはやっぱり優しいですよね」
「………シュー…?」

困惑するようなフェインの声に、私はふふと笑って布団に潜り込みました。


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