そしてその日の晩は、アーサーさんの快気祝いを込めて賑やかに食事をし、次の日は「夜の騎士バス(ナイトバス)」で移動することになっていました。
ハリーはどうやら、毎週水曜日の夕方、スネイプ先生と課外授業をすることとなったみたいでした。
ハリーの護衛任務に当たるトンクスさんとリーマスさんが、少々ピリピリとした雰囲気で目配せしたのを私は見ました。リーマスさんが杖腕をあげます。
バーン!という派手な音と共にいつの間にか私達の目の前に、紫色の3階建てバスが現れました。目を丸くする私。初めて「夜の騎士バス」に乗ります。
トンクスさんに背中を押されつつも、私はバスに乗り込みます。
そのままトンクスさんと一緒に3階まで上がっていこうとしましたが、その途中でリーマスさんに腕を引かれました。トンクスさんがリーマスさんを軽く睨みます。
「リクちゃんはこっち」
「リーマス! 過保護は良くないわ」
「リクちゃんは初めて乗るんだ。大目に見て欲しい」
苦笑を零すリーマスさんがそのまま、私とジニーちゃん達を誘導します。トンクスさんは溜め息をついたようでした。
座席についた私達を見て、リーマスさんが一声かけました。
「しっかりつかまっていてね」
「え?」
リーマスさんが私の身体をぎゅうと抱き寄せ、バスは再びバーン!という音を立てて急発進しました。乗客はみんな後ろにガクンとなり、フレッド先輩が悪態をつきました。
がたんがたんと左右に激しく揺れるバスの中、固定されていないものはバスの中で自由に跳ね回っていました。
私も目を回しながら、リーマスさんにぎゅうと抱きつきます。一瞬見上げたリーマスさんは楽しげににこにこと笑っていました。
数回のバーン!のあと、バスは雪の中にあるホグワーツの校門前にいました。遠くの方でお城が見えます。
全員が目を回しながらバスを降りる中、リーマスさんはどこか楽しげにしていました。
未だにリーマスさんのカーディガンを握りながらも、私はリーマスさんに質問の視線を投げかけます。リーマスさんの笑顔。
「「夜の騎士バス」に乗ると気分がすっきりするんだ」
「…………やっぱり、リーマスさんも『悪戯仕掛人』だったんですね」
あぁ、でも、リーマスさんが楽しげで何よりです。
バスから荷物を下ろして、私達はトンクスさんとリーマスさんにお別れを言っていました。
ひとりひとり握手をしていたリーマスさんは最後に私をぎゅうと抱きしめると、ぽんぽんと数回私の頭を撫でました。
「またね、リクちゃん。無茶はしないこと」
「はーい」
笑顔で私はリーマスさんを抱きしめ返します。甘いチョコレートの匂いが離れていくと、すぐに少しだけ切なくなりました。
去っていく桃色と鳶色の髪を見送って、私はローブから杖を抜き取りました。怪訝そうな顔をするハーマイオニー。
「どうして杖を抜くの?」
「念のため。というやつですよ、ハーマイオニー。
校庭の中で何かが来るとは全く思いませんが、一応私も騎士団員ですので。
ほら、『油断大敵!』ですよ」
ムーディ先生の言葉をお借りしつつ、軽く微笑んで、ハリーを見ます。まぁ、私が素早くかけられる術と言ったら『スコージファイ(清めよ)』しかないんですけれどね。
そうして、私達は長い馬車道を懸命に歩きました。寒さで冬眠しかけているフェインが不満げな声を1声零し、私のマフラーの間に滑っていきます。
城の玄関に入ったところで、私はハリー達に小さく微笑みかけました。
「では、私はマクゴナガル先生に用事があるので、先に行ってますね」
「あ、うん…。またね」
ハリー達が到着したのだと、ご報告に行かないと行けませんからね。
私は久しぶりのホグワーツ城内を歩きます。クリスマス休暇は短いものでしたが、数日離れていただけでも懐かしいと思ったりするんですねぇ。
「休暇はお楽しみでしたか? Ms.ルーピン」
そんな中、歩いている途中で、声。
廊下の先にはアンブリッジ先生が、いつものピンクの洋服を身に纏いながらニヤニヤとした笑みを浮かべていました。
私は視線をあげてその人影を確認すると、満面のにっこりとした笑顔を向けました。
「もちろんです。久しぶりに家族に会えたんですもの」
「そろそろ満月が近いですけども…、大丈夫でしたか? お怪我は?」
にっこりと笑ったアンブリッジ先生の言葉に、私は表情を硬くさせました。凛と背を伸ばしながら、アンブリッジ先生を見ます。
アンブリッジ先生は毒のような笑みを浮かべたままでした。ふつふつと私の中に怒りがこみ上げてきます。
私の手には握られたままだった杖。声は静かに廊下を通ります。
「私のリーマスさんを侮辱しないでください」
「貴女も気が付きなさい。『半獣』はどうしても『半獣』なのです。
魔法省としては貴女の安全を確保する義務もありましてよ」
私の手には握られたままだった杖。声が静かに廊下を通ってきました。
「グリフィンドール5点減点。
Ms.ルーピン、いつになったら我輩の研究室に来るのかね」
バッと振り返ると、そこにはスネイプ先生の姿がありました。
驚きで目を丸くする私の先、スネイプ先生が、たった今アンブリッジ先生に気がついたかのようにアンブリッジ先生を見ていました。
「これは、これは。お話の最中だったようですな。しかし、失敬。
Ms.はこれから罰則が入っていましてな。お借りしても?」
「………えぇ。大した用事があった訳じゃあありませんから」
にこりと笑みを浮かべて、アンブリッジ先生が踵を返して、廊下の先に消えていきます。その背中を睨み続けていた私のその視線を、スネイプ先生の青白い手が遮りました。
「杖をしまいたまえ」
短くそう言うスネイプ先生。私は大人しく鞄に杖を戻しました。
そして、廊下を歩き出した先生の背中を静かに追いかけました。先生は怒っているように思えました。
「休日明け初日から、元気ですな」
「………………リーマスさんを侮辱するのです」
零れたのは不服そうな声。私は前を歩くスネイプ先生の足元を見つめながら、言葉を零しました。
「リーマスさんがどれだけ素敵な人かわかっていないのに…。リーマスさんがどれほど苦しんでいるのかわかっていないのに…」
そして続けて零れてくるのは目からの透明な液体。
地下牢教室に続く階段の途中で立ち止まった私は、ぼたぼたと大粒の涙を零していました。涙が足元に雨として降り注ぎます。
悔しいです。リーマスさんは、リーマスさんは。どうして、リーマスさんを侮辱するんです。
階段の数歩先、少し下でスネイプ先生が私に振り返っていました。それをぼやぼやとした視界で確認していると、先生はいつの間にかに私のすぐ側まで階段を登ってきていました。
リーマスさんとは違った薬草の匂いがすぐ側にありました。
「あいつも大衆に知って貰いたい訳でもあるまい。
Ms.がそこまで理解していれば、あの親バカは気にしない」
私に降りかかるその静かな声と、薬草の匂い。私は何か言葉を返すことも出来ずに、ぼたぼたと流れる涙を自身のマフラーに埋まってやり過ごすことしか出来ませんでした。