「………ここを出ましょう」
私は焦る気持ちを押さえつけて、目の前に広がる12枚の扉を見つめます。いったい、どこから出ればいいのでしょう。
ハリーがロンを担ぎながら、1つの扉の前に行きました。もう少しで扉にたどり着くという時に、バッと後ろの扉が開き、レストレンジさんの声が響きました。
「いたぞ!」
私達は扉の中に駆け込み、ばたんと扉を密着させました。ですが、死食い人の方々が来るのも時間の問題でしょう。
他の出口を探そうと振り返った私は、水槽にぷかぷかと浮かんでいる脳みそに短い悲鳴をあげました。
「こ、ここは、なんです?」
口元を抑えながら、ぷかぷかと浮かぶ脳みそを見ていた私でしたが、すぐにそれらから視線を外して、脱出口を見つけようとしましたが、その時にはもう、死食い人が扉を突破して入ってきていました。
ルーナちゃんが何かの呪文で飛ばされ、机にぶつかって向こう側の床に落ちていきます。
私が杖を構えて、再び『インセンディオ(燃えよ)』と唱えようとしたところで、ロンが呆然と脳みそを見ているのに気がつきました。
「おーい、ハリー! 見ろよ、こいつら脳みそだぜ。ほんとだよ。
ほら、『アクシオ(脳みそよ、来い)』!」
時が止まったようでした。私達だけではなく、死食い人達もロンの行動を唖然と見つめていました。
水槽から飛び出した脳みそはくるくると回転しながらロンのもとに飛んでいきます。
私は思わず、その脳みそに向かって『インセンディオ(燃えよ)』と唱えましたが、脳みそはそのままロンの目の前に行ってしまいました。
脳みそがロンの肌に触れた瞬間、それは何本もの触手が伸び、ロンの身体に巻きつき始めました。
私とハリーが駆け寄って脳みそに触れないように、ロンから剥がそうとしますが、『ディフィンド(裂けよ)』の呪文でも切れないそれは、着実にロンを苦しめていました。
「ロンが窒息しちゃう!」
悲鳴を上げるジニーちゃんに、死食い人が放った赤い光線がジニーちゃんを失神させました。
私はハリーとロングボトムくんを背にしながら何度も『インセンディオ(燃えよ)』の呪文を唱えます。が、徐々に死食い人は近づいてきていました。
ダッと、突然ハリーが駆けます。死食い人達は『予言』を持ったハリーを追いかけ始めました。1人で囮になるだなんて、無茶です!
私はハリーのあとを追いかけます。ハリーは、真っ白い「アーチ」の立っているあの部屋にたどり着いていました。アーチの階段を上り、追い詰められているハリー。
死食い人の間をすり抜け、ハリーの前に出た私が杖を構えながら、階段で躓いてしまったらしきハリーが立ち上がるのを横目で見ていました。
「さぁ、予言を渡せ」
「ハリー、それを渡してはいけません!」
「何故? 何故だ? リク・ルーピン。お前はこちら側の人間だろう?
それがあれば我が君はお喜びになるんだ。お前は我が君が復活するのを阻止しなかった」
マルフォイさんの声がゆっくりと私に降りかかります。私は杖を下ろそうとはしませんでした。
「1度目は協力したかもしれません。ですが、2度目はありません」
「そしてまたのうのうと我が君に近づく気だろう、この忌々しい小娘が」
レストレンジさんが私をことを嘲笑いました。ハリーが『予言』を守るように持っていました。
恐怖をこらえながら、私はにっこりと笑みを零します。
「私はヴォルデモートさんの『お気に入り』ですよ?
私が何をしようとも、貴女達は口出しを出来ないんじゃないんですか?」
すぐ真横を飛んできた失神呪文に、マルフォイさんの怒声が響きます。私は真っ直ぐにレストレンジさんを見つめ続けていました。
挑発は成功です。ですが、ここからどうやって? どうやってここからハリーを逃がしたらいいんでしょう。
「『ステューピファイ(麻痺せよ)』!」
突然、ずっと上の方の扉が開き、トンクスさんがマルフォイさんに向かって失神呪文を放っていました。中からシリウスや、ムーディ先生、シャックルボルトさん、リーマスさんが現れます。間に合ったのです!
「『予言』はまだハリーの手元にあります!」
私は声を張り上げます。沢山の呪文を死食い人に浴びせる騎士団メンバー。ハリーを移動させ、私は入ってきたロングボトムくんの側まで護衛していきました。
「ハリーとロングボトムくんは、ロンのもとに向かってください」
「リクは」
「私はシリウスのもとに行きます。できるだけ早くここから、逃げ」
私のすぐ側を赤い光線が走っていきました。アントニン・ドロホフでした。ドロホフさんの向こう側ではムーディ先生が頭から血を流しながら倒れています。私は悲鳴をこらえつつ、杖を向けました。
「『インセンディオ(燃えよ!)』」
「『ステューピファイ(麻痺せよ)』!」
うち合わさった呪文の光線は弾け、爆発したかのような光を生みました。私がもう1度杖を構え直したところで、シリウスがどこからともなく飛び出してきて、肩からドロホフさんに打ち当たりました。
次に始まったシリウスとドロホフさんの決闘。ハリーがドロホフさんの足に杖を向け『ペトリフィカス・トタルス(石になれ)!』と叫ぶと、その両足はパチンとくっついて、仰向けに倒れ込みました。
「いいぞ!」
シリウスは嬉々とした表情でハリーの頭を抑えて、下げさせました。数瞬前までハリーの頭があった場所に、緑の光線が走っていったのです。
視線を上げると、トンクスさんが身体をぐったりとさせて、1段1段とゆっくりと転げ落ちていました。その側に立っているレストレンジさんをシリウスは睨みつけます。
駆け出したシリウスに危険信号を感じ取り、私はハリーとロングボトムくんを置いて、シリウスと共に駆け出しました。
「シーリウス・ブラァック!!」
嘲るような声を出すレストレンジさん。私とシリウスは真っ白いアーチの側でレストレンジさんと対峙していました。2対1であるにも関わらず、レストレンジさんは全く引きもしません。
飛んできた緑の光線を『プロテゴ(護れ)』で防ぎながら、私は前を見据えていました。怖い。怖い。こんなにも怖いなんて。
恐怖で立ち止まりそうになる足を鼓舞し、私は何度も呪文を紡ぎます。そして、悲鳴。
「シリウス!!!!」
何度目かわからないその緑の光線は、真っ直ぐにシリウスの心臓を狙っていたのです。
私は思わず、杖を構えるよりも先に、レストレンジさんに背を向け、彼女とシリウスの間に立っていました。
「リク…?」
シリウスが目を大きく開き、驚きの表情を浮かべています。
緑の光線は、幽霊体である私の身体を通って、そのまま、シリウスの胸にまっすぐ当たりました。
死の光線が、当たってしまったのです。
スローモーションで見える世界の中、シリウスがゆっくりと倒れていきます。
アーチの方へ向かっていくシリウスの身体を私は思わず、掴もうとします。
普段ならすり抜けてしまう私の手は、何故かシリウスの服を捕まえ、シリウスはアーチを潜らずにその手前でばたりと仰向けに倒れました。
「シリウス! シリウス!!!!」
ハリーの叫びが遠く聞こえます。遅れてきた身体中の痛みに私はシリウスのすぐ側で膝をつきました。
夢であるはずの私の口からぼたぼたと真っ赤な鮮血がこぼれます。痛い痛い痛い怖い痛いシリウス?シリウス私は未来を変えられなかった???????
私から溢れる血は地面につく前に霞となって消えていきます。レストレンジさんは歓喜の悲鳴を上げながらその場から立ち去っていました。
倒れたシリウスは青白い、蒼白の顔。死んで、死んでなんか、シリウスが死んでなんかいません!!
閃光が未だいろんな箇所で飛び交っていましたが、気づけばそれは殆ど止まっていました。
ダンブルドア校長先生がこの場に到着していたのです。
私はぼたぼたと口元から溢れる血を抑えながら周りを見ます。
混乱で叫んでいるハリーを、同じく涙声のリーマスさんが抑え込んでいます。ムーディ先生が這ってトンクスさんの元まで寄り、トンクスさんを蘇生させようとしていました。
死食い人達はダンブルドア校長先生が、何か見えない糸で拘束してしまったように一纏めにされていました。
ですが、ベラトリックス・レストレンジだけがシャックルボルトさんを薙ぎ払い、もう逃げ出していました。
リーマスさんの静止を振り切ったハリーがレストレンジさんを追いかけます。
ハリーを追いかけようとした私でしたが、足元がふらつき、その場に再び膝をついてしまいました。地面に広がる血。
それに気がついたリーマスさんが、酷く苦しそうな表情で私の元に駆け寄りました。
私の横にはシリウスが倒れています。リーマスさんの瞳に涙が滲んでいるのに気がついていました。
「リクちゃ、リクちゃん。もう…、もう、いいよ。大丈夫だ。あとは私達に任せてくれ……リクちゃんは早く元の身体に」
膝をついたままの私はリーマスさんを真正面から抱きしめました。
今度もやはり、透き通ることなく、私はリーマスさんを抱きしめることができました。息を殺すリーマスさん。
私はひとつだけ言葉を零しました。私は嗚咽を零しながらぼたぼたと泣き出していました。涙と血が混ざります。
「ごめんな、さい、ごめんなさい、リーマスさん…! 私、未来を、…シリウスが、死、死んじゃ……」
「リクちゃんのせいじゃない」
力強くそう言ったリーマスさんは、私の身体を抱きしめ返すと、少しだけ離して頬を撫でて、辛そうな笑みを零しました。
「ありがとう、リクちゃん」
お礼を、言われることなんて今まで1つも出来なかったのに。
「だから、死なないで」
深く深く黙り込む私をリーマスさんが強く抱きしめていました。リーマスさんのカーディガンに私の吐いた血が付いているのが見えました。