【1時間24分53秒】(イェスパー)
―――頭が痛い。
それは風邪による頭の痛さではなく、悩みきった後にくる頭への鈍い痛みだ。
朝からこの痛みに悩まされるイェスパーは溜め息を1つ吐いた。
「何故ここにいる…」
ベットから身体を起こしたイェスパーの体にしがみつくように。
そこには幸せそうに眠るマリアがいた。
†††
熟睡としか言いようのないマリアを起こすのも躊躇われて、イェスパーは1人冷静に考える。
昨日は確かに1人でベットに入ったし、部屋に鍵もかけていた。
マリアが入ってこれる隙など無いはずだし、第一、布団にまで侵入されれば、気配で目が覚める。
それが全く気付かず、朝まで過ごすとは、驚きだ。
まぁ、マリアに気を許しきっているといえばそれまでなのだが。
イェスパーは思い立ったそれにほんの少し口元を緩ませながら、隣で眠るマリアの横顔を黙って見つめた。
髪を撫でればサラサラとした手触りにイェスパーはまた笑う。
少女を起こしてまで立ち上がる気は無かったので、自身も大人しく体を倒した。
横になり、マリアの顔を何をするでもなく見つめていた。そのうちマリアが微かに動き出す。
「………ん…?」
「起きたか?」
うっすらと瞳を開けるマリアにイェスパーはゆっくり問う。
マリアはぼんやりとイェスパーを見つめた後、その白い手をイェスパーの右頬に添えた。
「…イェスパー…がんたい」
言われて気付いたが、寝ていた事もあり、今は右目を覆う眼帯を外していた。
無くした片目をマリアが嫌がるかと思い、少し困った顔をするイェスパーだが、当のマリアはニコリと微笑んでいた。
「久しぶりに見た。綺麗」
「綺麗だと?」
「イェスパーの目、好き」
まだ眠たいのか、ふわりとしたまま話すマリア。イェスパーは少し不思議そうにマリアの頬に手を置いた。
「俺はマリアの瞳の方が綺麗に思うが…」
「ううん。イェスパー綺麗だもん」
否定したあとに微笑むマリア。
マリアの小さく冷たい指が、同じく冷たいイェスパーの指と絡み、遊んでいる。
イェスパーは苦笑しながらも、その甘い空気に感化されすぎない内に体を起こして片手で髪をかきあげた。
繋がれた方の手はそのままマリアの遊び道具になっている。
くくと低く笑いながら彼はマリアの額を小さく指で弾いた。
「いたい」
「それより。
マリア、何故ここに?」
「……イェスパーと一緒に寝たかったの」
布団の上でぷくと膨れるマリアにイェスパーはまた溜め息。頭の鈍痛を思い出した。
「……あまり部屋に侵入するな。
ましてここは男の部屋だぞ。あと寝台にも入り込まない」
「………次からはちゃんとイェスパーが寝る前にお願いするもん」
お願いすればいいというものでもないのだが。
イェスパーはその言葉を飲み込み、未だふて腐れているマリアの体を起こしてやり、胡坐をかいて座る自身に背を向けさせ乗せる。
まだ眠たそうなマリアを無視しつつ、無器用にマリアの髪を手櫛で梳かしてやる。
それが案外心地よかったのかマリアはクスクスと笑い出した。イェスパーもつられ笑う。
「反省してないだろう」
「うん。また一緒に寝てね」
「はぁ…全く…。仕方がない奴だな」
「一緒に寝てくれる?」
「許しはしていない」
「じゃあいいもん。また勝手に入る」
全く反省していないマリアの髪を少々きつく梳くと少女は悲鳴を上げる。
「はしたない」
「うぅー」
「呻かない」
言い合っているうちにまたどちらかでもなく笑い出し、イェスパーは確かに感じる幸福に両目を細める。
未だに眼帯はつけていない。
無くした右目の奥でマリアの姿を見据えながら、朝食までの残り、1時間24分53秒を2人でゆっくりと過ごす。
(悪くはない)
イェスパーはゆっくりと右目だけを閉じ、暫くマリアと他愛もない話を続けていた。
(1時間24分53秒)
「ちなみに何処から侵入した?」
「ベルくんの<量子過躯遍移タプ・ス>」
「…………げんこつ。あいつには」