【ものもらい】(イェスパー)
マリアはいつも俺の側にいた。
それは腕や耳や一つしかないこの左目みたいに探しなどしないほどに、いつもいた。
いつかなくなるなんて、考えもしていなかった。
†††
ある朝、目覚めれば、瞳がなくなっていた。
探すにも探せない。視界は暗いままだ。仕方なく手探りしようとしたが、腕もない。音の頼りを聴こうとするが澄ます耳もない。
何かの咒式だろうか。思考だけが進む。この様子ならば声も出ないだろう。
俺が俺であるかどうかさえももう知る術もないと知り、俺は何者か、もうすでにいないものか。
ふとマリアを思い浮かべる。マリアは側にいない。いるかどうかもわからない。探す術はない。
『そんなこと起こるはずもないよ』
マリアならそう言いそうだ。
だが実際に起こっているぞ、マリア。
嫌にはっきりした思考の中で身体全てがないことを理解していた。
いつもマリアは側にいた。だから、探す事などしなかった。
任務の時は置いていき、考えることはなかった。
「いつも ここにいたよ」
今、笑うマリアの声が聞こえた気がした。
笑っている、だが声は悲しく聞こえた。
側にいたいとは願った。願えば願うほど、任務との両立が俺には出来ないと思い、視界からは外していた。
「いつも ここにいたよ」
また聞こえた。
わかった。あぁ、わかったよ。きっとこれからは毎朝、起きてから、マリアがいるかどうか確かめるから。
早くこの暗闇を解いてくれ。
ここは、いつだっていた、マリアの姿かたちを、どんな、と言われても分からなくなるほどの力がある。気がする。
このままいたら、全てを失いそうだ。何だろう、早くここを抜け出したい。
何かを探すのにはいつも使うくせに、いつかなくなるなんて考えもしなかった。
腕も耳も目も、マリアもなくなるとは思いもしなかった。
距離がものを言うならば、鼓動を俺とするならば、今はない、この腕よりも、耳よりも近くにマリアはいた。
わざわざ、広い世界の中から、俺の胸のここのところ、心の鼓動から2センチメルトルかそこらのところを、お気に入りの場所に選んだ物好きなマリア。
だからこそ、もはやそれは俺の一部と思い込んだ、脳に罪はないと思う。
あぁ、ほら、また自分かばった。自分ばっかだな。
きっといつだってここにある、 弱音や、迷い、愚痴を隠してもバレるなら、と見せびらかすが、いつからかこの俺を 覆い隠すほどに、本当の姿など 見る影もないほど、この一つの眼で、 この二つの腕で、マリアを見つけた。
そしてマリアで、マリアの手で、あぁそうだ。
俺は俺の形がやっと少し分かった。
さぁ、目を開けよう。
†††
「おはよう、イェスパー」
俺は俺と、はじめて出会えた。気がする。視界は明るい。腕がある。今、マリアの声も聞こえた。
「マリア、どこにいたのだ?」
身体を起こさぬまま、声をかける。
近くに、少なくとも同じ部屋にいるらしきマリアの返事があった。だが、視線だけを動かしてもマリアを部屋に見つけられない。
「いつもここにいたよ」
耳を澄まして、出どころ探すが、声の主は埋もれてて見えなかった。
「俺は、きっとこれから」
喉まできたその声を、どこに 向かって放てばいいかも、分からなくなり、ただ呑みこむ。
いないじゃないか。
ここにいたといったマリアが、ここにはいないじゃないか。
少し不満になる。自分ばかり、だ。
マリアがいないならば、さっきと変わらないじゃないか、と身体を起こすと、マリアの声がまた聞こえた。
「急に起きないでよ」
見ると、マリアは俺が寝ていたすぐ横に寝転がっていた。
そうか。2つが1つになれればと、近づきすぎ、見えなくなっていたのか。
「どうしたの?」
首を傾げたマリアを、俺は抱きしめた。強く、痛いぐらいに。
この距離の意味を。2つは1つにはなれないのに、なればいいなと強く抱きしめる。
1つなら、悩まない気がして。何故今頃になって。今頃になって、マリアを、マリアが必要。
「今日のイェスパー、どうしたのー?」
夢を見たんだ。夢を。
「全て、腕も耳も目も何もなくなり、マリアもいなくなっていた」
そういうとまたマリアは「いなくならないよ」と囁いた。回した腕を返すように、マリアも俺の背に腕を回した。
「もしかしたら、イェスパーと私、生まれる前に1つだったのが2つになったのかもね」
マリアの言葉に、俺は少しだけマリアの身体との間を開け、マリアの顔を見た。マリアは変わらず笑顔だ。
「だから、離れたら凄く淋しいし、側にいたら安心しすぎて忘れちゃうんだよ。
大丈夫。何回離れちゃっても、きっとすぐまた出会えるよ」
『いつもここにいるよ』
そう言ったマリアを、今度は、今度こそは見失いはしないから。
抱きしめ、また目を閉じた。暗闇だったが、今度は腕がありマリアを抱きしめられ、耳がありマリアの声は聞こえていた。
「イェスパーぁ、起きる時間だよぉ」
間延びしたマリアの声が、届いた。
(ものもらい)
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