【わにさんといっしょ】(クロコダイル)
「――…サー、この子は?」
ニコ・ロビンが部屋に入ると既に見慣れた大きな男と、見慣れない…少女とも呼べる小さな女が目に入った。
ボスであるサー・クロコダイルに短く聞くと、彼も短く返してきた。
「拾った」
さて、不思議な事もあるものだ。
この情があるのかわからないクロコダイルが、まだ小さな子供を何処から拾ってきたのだろうか。
「わにさんといっしょです!」
少女は笑顔でクロコダイルの予備のコートに包まり、その襟部分のファーに顔を埋めている。
クロコダイルの座る社長椅子の背側で、床に転がり猫とも紛う姿で無邪気に遊んでいる。
ロビンの興味はますます、その純心無垢な少女へと移る。
「拾ったって何処で?」
「市街地」
「いつ?」
「今日」
「スラムの子? それにしては――」
「綺麗にさせた」
クロコダイルの目線は先程から手元の資料から離れていない。
後ろで転がる少女など気にもかけていないようだ。
だが、いつもは用が済めば、この場合は資料を渡せばすぐ去るロビンがこの場に留まっているのには気になったのか、軽く視線を上げた。
顔を横断する縫合痕が怪訝そうに歪む。
「やけに突っ掛かるじゃねぇかニコ・ロビン」
「あら。貴方が自分を客観的に見れないなら別だけど、今の貴方…、そう…凄く変よ?」
恐ろしい顔をした鰐の側に無邪気な笑顔を浮かべた少女。
確かに少々…いや、かなりのミスマッチだ。
クロコダイルは隠す訳でもなく舌打ちをしたあとに立ち上がり、椅子にかけてあるコートを羽織った。
「うるせぇ。こいつに構うな。
出るぞ。Ms.オールサンデー」
「…YES、ボス」
確かに気にはなる事だが、クロコダイルが多くを語らないのは今に始まった事ではない。
ロビンは静かに溜め息を零して、扉に向かうクロコダイルの後を追おうとした。
「わにさん、行っちゃうんですか?」
だが少女がクロコダイルを引き止めた。
あんなに笑顔だった少女は、切なげに顔を歪め今にも泣き出しそうになっている。
クロコダイルの予備のコートを、まるで安心毛布のように引きずり、背の高いクロコダイルを見上げていた。
どうするのだろうかと主君を見つめるロビンをよそに、クロコダイルはまた顔をしかめたまま、少女の側に寄った。
寄るだけでも珍しいというのに、クロコダイルはそのまま片膝をついて少女と視線を合わせ、頭に手を置いて静かに撫でていた。
「マリア。てめぇは留守番だ」
クロコダイルの言葉で、ロビンはようやく少女の名を知った。
そのマリアは頭を撫でられ口元を緩ませていたが、表情自体はまだ寂しげだった。
が、それでも少し俯くと、今度はキチンと頷いた。
「じゃあ、お留守番してます…。
…でも早くかえってきてね」
「表のカジノに顔出すだけだ。すぐ戻る。
大人しくしてろ」
「……うん」
また頷いたマリアがその小さな手をクロコダイルの頬に伸ばし、目元へと小さくキスを落とした。
クロコダイルの表情に驚きが走り、次には満足そうににぃと不敵に笑った。
最後にぐしゃぐしゃとマリアの頭を乱暴に撫で、立ち上がると今度こそ扉に向かって行った。
それをまたロビンは目を丸くして見ていた。
他人に自分を触れさせないクロコダイルが、マリアには気を許しているようにしか見えなかったのだ。
困惑と興味を浮かべたロビンが改めてクロコダイルの背を追いはじめると、また少女が、今度はロビンを引き止めた。
小さな手でロビンの服の裾を掴み、じぃとロビンを見上げていた。
ロビンも先程、クロコダイルがしていたようにかかんで少女と視線を合わせた。
「どうしたのかしら?」
「………わにさんは」
ぎゅうとクロコダイルのコートを掴んだマリアが、目に涙を溜めてさらには顔を真っ赤に染めて、ロビンを睨んでいた。
「わにさんは、私のですからね…!
取っちゃ…だめですよ……!!」
これにはロビンはにっこりと笑顔を零すしかなかった。
ロビンにとっては急に現れた少女だったが、マリアにとってロビンは急に現れた恋敵かも知れないのだ。
しかも今も、マリアは留守番で、ロビンは着いていこうとしているのだから。
プイッとそっぽを向いて、部屋の隅に駆け出して行ったマリアをロビンは微笑ましく見送る。
隅でクロコダイルの大きなコートに包まれ、拗ねている姿はやはり可愛らしい子猫に見えた。
クスクスと笑みを零したロビンが立ち上がり、クロコダイルの出て行った扉に向かう。
扉のすぐ外側には葉巻を銜えたクロコダイルがいた。
「何だって?」
火をつけながら1番にロビンへと聞くクロコダイルは、実は気になっていたのだろうか。
そう考えるとまた面白くなってにっこり微笑むロビン。
それを見てクロコダイルは顔を怪訝そうに歪めた。
「ふふ。嫌われちゃったかも知れないわ」
「あの馬鹿に?」
「えぇ。早く誤解を解かないと」
また楽しげに笑うロビンに、クロコダイルはつまらなそうに先に歩きだした。
(わにさんといっしょ)
わにさん、早くかえってこないかな。