【さあ、任務を遂行させよ!】(ルッチ)(ルッチ妹)

私の兄様はとっても怖い人です。

妹の私ですら、少し敬遠してしまいそうなくらい――何を考えているのかがわからず、周りは怖い印象を感じ取るのです。

名前はルッチといいます。

最強のCP9、ロブ・ルッチが私の兄様です。


†††


【MISSION1 輸送任務】

輝く太陽は丁度、彼女の真上にある。

両手でバスケットを抱えたマリアは、不安げな表情で屈強な船大工の集まる1番ドックの前にいた。

マリアの上の太陽光が一瞬遮られた。
ふと見上げる彼女は、空から舞うように降りて来るカクの姿をとらえた。

カクもマリアの姿を確認すると、彼女の隣に降り立った。マリアの柔らかい笑み。

潜入先では会ったばかりという設定だが、実際は幼い頃からの仲。マリアの表情も自然と緩んだ。

「カク。お仕事お疲れ様です」
「なんじゃマリア。ドックまで来るのは珍しいのう。
 いつもルッチに止められておらんかったか?」

ふと出た兄の名前にマリアは照れ臭そうに苦笑を零し、手に持ったバスケットを見せた。

「そうなんですけど…。
 今日、兄様が珍しくお昼ご飯を置いていってしまって。
 届けに来たんです」

健気な妹の姿にカクの表情が緩む。
とてもじゃないが、冷酷非道のロブ・ルッチの妹には思えない。

マリアは困ったように笑ってから突っ立っていた理由を言う。
 
「ここまで持って来たのはいいんですけど、やっぱりドック内に入るのは気が引けて…。
 …そうだ。カク、よかったら兄様に届けて――」
『マリア』

ハッとマリアが顔を上げると、汗をかきタオルを片手に持ったルッチがこちらに来るのが見えた。
彼の肩にはいつものようにハットリ。

マリアはバスケットを強く握ると肩を竦め、兄の姿を見上げる。

カクと話していたのが彼の怒りに触れたのか、ルッチからは微かに怒りが滲んでいた。
それを感じ取った様子のマリアの肩が震える。

「に、兄様…、お疲れ様。…お弁当持って来たよ」
『兄様じゃなくルッチだッポー』

マリアの声はルッチのハットリを使った腹話術に被さった。

またマリアは困ったように肩を竦めて、助けを求むようにカクをチラと見た。
カクは苦笑混じりの笑みを浮かべていた。

「ルッチは厳しいのう。そんなんじゃすぐマリアは嫁にいってしまうぞ」
『…余計なお世話ッポ。まァ…こんなのを嫁に貰う物好きもいないッポー』
「ルッチ、それは私に失礼よ!」
 
頬を膨らませてそっぽを向いたマリアが、バスケットから弁当を取り出し、残りのバスケットをずいっとルッチへと差し出した。

ルッチの表情が怪訝そうに歪む。
マリアの手に握られた弁当は何だろうか。

『そっちは何だッポ?』
「これ? パウリーさんの分」

言った瞬間、跳ね上がった殺気に、隣にいたカクの方が顔を引き攣らせていた。
気付かぬフリをするマリアも若干顔が引き攣っていたが、知らんぷりをし続ける。

妹の手を掴んだルッチが彼女を問いただす。

『何故』
「パウリーさん、今月も借金で苦しいって言ってたから作ってきたの。
 ほら、力仕事なのにお昼ご飯無かったらお仕事に差し支えるでしょ?」

黙り込むルッチの視線から逃れるようにマリアはてててと数歩歩き出した。
少し離れた場所で振り返り、無邪気な笑顔を見せた。

「じゃあ、午後からも頑張ってね、兄様!」

可愛らしい包みの弁当を持って、また歩き出すマリア。
ルッチの手が空を描き、落ちた。肩に乗ったハットリが一声鳴く。

隣のカクが呟いた。

「…そろそろ妹離れも覚悟せんとのう」
「黙れ」
 
潜入中でも関わらず、低く地声を出したルッチに、カクは両手を上げて数歩下がった。


(報告:弁当輸送任務。完了)

(追記:輸送先の機嫌を著しく損ねた様子。)
(輸送任務の並行は避けるべし)


†††


【MISSION2 治療任務】

「兄様! 兄様が怪我したってフクロウから!」

扉を蹴り開ける勢いで飛び込んできたマリア。
当のルッチはベッドの上で上半身を起こした状態で、呆れたようにマリアを見た。
ルッチの膝の上に乗ったハットリも呆れたように鳴いた。

ルッチの起こした裸の身体には無数の切り傷が見え、マリアが口元を抑え悲鳴を噛み殺した。

ルッチの叱責。

「煩い。たいした怪我ではない。騒ぐな」
「騒ぐに決まってるじゃない!
 治療に来た他の医療班の人を追い出してたってフクロウに聞いたし…、酷い怪我だと思って…」
「…あいつの口のチャックは何のために付いてるんだ」

ルッチは口の軽すぎる仲間に溜め息をつきながら、ベッドの脇に寄ったマリアに包帯を渡した。

慌てて受け取ったマリアが首を傾げる。
ルッチがマリアの額を軽く小突いた。

「鈍い。ボケッとしていないで早く巻け」
「え、えぇぇ!? 私、下手だよ!?」
「そんなの知っている」
「矛盾だ!」
 
マリアはまた違った意味の悲鳴を上げながらも、包帯を兄の身体に巻き付けていった。
ふて腐れた顔をしながらぶつくさと呟く。

「…どうせなら医療班の方にやってもらった方が良かったのに…」
「他人に背中など見せられるか」

そう言った彼の背中にはすでに古傷となった銃痕が残っていた。

包帯を巻くためにベッドに乗ったマリアがその跡を淋しげに、静かに撫でた。
ルッチはマリアの指先の冷たさに目を細めた。

「治らないね。この傷」
「これは残る。治りはしないだろう」
「………そっか…。残念」

わかりやすく声を沈ませたマリア。

不器用に包帯を巻き終わった手を止めて、背中側から兄へと抱き着いた。
おぶさっているようなマリアの姿。
呆れた表情のルッチも座ったままだったが、背に手を回してマリアの身体を支えた。

ルッチの首元に顔を近付け、締まり無く笑うマリア。

「今回の任務は難しいってフクロウ言ってたの」
「……またお前に任務内容を言ったのか。あいつは」
「うん。本当はブルーノも行く予定だったって。言ってた。
 でも兄様が1人で行っちゃって怪我したって聞いたの」
「フクロウにか」
「ううん。それはジャブラに」
「………馬鹿犬が…余計な事を…」

低く唸ったルッチにマリアが苦笑をこぼす。
マリアはぎゅうとルッチの身体を抱きしめて、深く溜め息をついた。

「……今度の任務じゃ怪我しないでね…。
 びっくり、したから…」

微かに震えているマリアの頭に手の平を置いて、ルッチはあやすようにその手を動かしつづけていた。

「あぁ。そうだな。
 お前の治療の技術じゃ不安だからな」
「………もっと言い方あったでしょ。こらっ」

兄の髪を引っ張り抗議するマリアに、ルッチが浅く笑った。


(報告:ロブ・ルッチ治療任務。完了)

(追記:任務実行者にはさらなる治療技術の向上を求む。)

(訂正:これ以上の向上は必要がないと申告あり。)
(ロブ・ルッチ専属の医療員にロブ・マリアを推薦。)
(これを承諾した。)


†††


【MISSION3 任務を完遂せよ】

マリアはW7の大津波であるアクア・ラグナが嫌いだった。

雨が激しく窓を叩き、遠くでは裏町を削る津波の音が止まない。
安全地帯にいようと不安に包まれ、夜は眠れない。

マリアは気持ちの悪い寝汗にも悩まされて起き出してきた。
チラと兄の部屋を見るが音沙汰が無いのを見ると、ぐっすり眠っているのだろう。

それでも物音で起こさぬよう、静かにキッチンに向かい、牛乳を温めた。
出来たホットミルクを口に含みながらリビングのソファに腰を下ろす。

W7に来て早4年。
マリアはそれでもアクア・ラグナに慣れることは出来なかった。

深い溜め息をついてソファの上で膝を抱えた。

「マリア」

ビクッと肩を跳ねさせたマリアが後ろを振り返ると、ルッチの姿がマリアを見つめていた。
その肩にハットリの姿はなく、家の中も2人しかいないので腹話術は使っていなかった。

マリアは眉根を下げる。

「…やっぱり起こしちゃった?」
「俺を誰だと思ってる」
 
暗殺集団のCP9にかかればどんなに気配を消して動こうとわかってしまう。
マリアはますますすまなそうに肩を竦める。

「ごめんなさい。…眠れなくて…」
「ここは安全だと言っただろう?
 まだ怖いのか」
「………だって……」

反論の言葉をあげるマリアを、溜め息と共に見たルッチ。

そしてルッチは何を思ったのか、そっぽを向いたままのマリアに近づいて、彼女を抱き上げた。
マリアは目をぱちくりとさせる。

「ちょ、あの、兄様…!?」
「煩い。眠れないのだろう?」

姫抱きにされたマリアがバタバタと暴れるが、ルッチの力には敵わない様子でそのままルッチの寝室へと連れていかれた。
ベッドに投げられたマリアが目を回していたが、同じベッドにルッチが入って来たことに気付き、抗議する。

「兄様! 私、一緒に寝なきゃいけないぐらいの子供じゃない!」
「マリア。兄様じゃなく『ルッチ』だ」

ルッチはそう言ったあとに、横になったマリアの身体を抱きしめる。
肩口に顔を埋めるルッチにマリアは困ったように囁いた。

「ねぇ? なんで『兄様』って呼ばれるの嫌いなの?」
 
マリアの前からの疑問。静かにそれを聞くとルッチは目を閉じたまま答えた。

「………妹だと思いたくないからな」
「なにそれ。私が出来が悪い子だから?」

頬を膨らませたマリア。
ルッチは軽く笑いながらマリアの額を指で弾いた。
マリアは痛みで顔をしかめ、その額をぎゅうと抑えた。

「な、何?」
「バカヤロウ。……鈍感め」
「……ルッチの言い回しが難しすぎるだけだよ」
「バカヤロウが」

ルッチはマリアの頭の下に腕を置いてから――腕枕の状態にしてから、マリアの身体をさらに抱き寄せた。
兄よりは小さな妹の姿がすっぽりと隠れる。

諦めたマリアはルッチの肩口に頬を寄せ、彼の癖のかかった髪で遊びはじめた。
目を閉じたルッチもマリアの気配を感じながら、ゆっくりと彼女の頭を撫でていた。

暫くするとマリアの手がゆっくりになり、うとうととし始めた。

「……眠たくなってきた…」
「寝ればいいだろう」
「………ヤダー」
「怖いことなど無い」

何も。と囁いたルッチの表情を、マリアが覗き込んだ。
大きな瞳は兄の顔を見つめていた。
目を閉じていたルッチが微かに瞳を開け、マリアを見つめ返す。

マリアの困惑声が静かに響いた。

「怖いの全部、ルッチが追い払ってくれる?」
「………。…あァ、守ってやる」

目を閉じたルッチの言葉で、マリアは幸せそうに彼に身を寄せた。

マリアはルッチが普段、このような事を決して言わないのを知っている。
彼女だけの特権に、マリアは頬を緩ませたままルッチを抱きしめ返した。

暖かい体温を分かち合う。
マリアはクスクスと笑って目を閉じた。

「じゃあ、安心。
 お休みなさい、ルッチ」
「お休み。…マリア」

そして片方の手を握り合って、恋人のような兄妹達が一緒に眠りに落ちた。

来年は彼らがW7に来て5年目になる。
終わりの無い任務も、終わりが見えてきたようだ。

それを彼女らは知らない訳だが――。


(報告:   )

(追記:この任務については報告はなしとする)
(任務は続行。時間は無期限。)

(必ず2人で完遂させること。)


†††


「チャパパー、珍しくルッチの情報手に入れたぞー」
「どうせマリアとのことじゃろ」
「セクハラです」
「ぎゃははは、あの化け猫にはマリアの事しか頭にねぇだ狼牙」
「マリアが大好きだからのう」
「セクハラです」
「カリファ、それしか言ってねぇな」

「MISSION1のパウリーはのちに、ルッチに腹いせで嫌がらせを受けたらしいぞ」
((パウリー……))
「つかパウリーって誰だ?」
「さらに弁当はわざと忘れたらしいチャパ」
「それはわしも思った。ルッチがマリアの愛妻弁当を忘れる訳がないからのう」
「過保護すぎるだ狼牙」
「仕事に差し支えがあるようなら対処します」

「MISSION2 …無自覚かこいつらは」
「セクハラです」
「チャパー」
「時たま看護婦が泣きながらルッチの部屋から出てくるんじゃが…」
「ルッチはエニエスロビーの自分の部屋とマリアの部屋を同室にしようとしてるチャパ」
「………」

「なんであの化け猫はマリアに兄と呼ばれたくねぇんだ?」
「妹じゃなくて女として見たいんでしょう」
「カリファ、いくらルッチでもそれは」
「正解チャパー」
「……わしゃもう何も言わんぞ」
「セクハラです。本当に」

「あれ。みんな何してるの?」
「マリア、これはどこに?」
「ブルーノ、ありがとうございます。そこら辺に置いてくださーい。
 クマドリもありがとうございます」
「おー、買い出しご苦労じゃのー」
「兄様はまだ来てませんよね。早くお誕生日の準備しましょう!
 私、プレゼント用意したんです!」
「俺ァ、化け猫へのプレゼントなんかねぇよ?」
「チャパパパー、大丈夫。プレゼントなら帰って来たチャパ」
「…………そうじゃ、その手があった」
「え? カク、どうしましたか?
 カリファ…そのリボンは? え? えぇ? ちょ、…キャー!」


「お、お誕生日おめでとう…兄様…。
 プレゼントは私だよー…なんちゃって」
「……バカヤロウ」
「や、やっぱりいらないよね!? そりゃ妹ラッピングされても訳わかんないよね!?
 私も訳がわからないもん」
「バカヤロウ。持ち帰らさせろ。
 これからもお前は俺のものだ」
「え? 兄様!?」
「ルッチと呼べ」
「え、えぇー?」

「セクハラです」


(さあ、任務を遂行させよ!)


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