【アカ、シロ】(イェスパー)

エリダナの夜景は美しい。

顔を覆う真っ黒な仮面をつけたマリアは両手にふた振りの愛刀を携えながら、毎度毎度、そう思っていた。

ビルの合間を風のように舞う彼女は、空中でくるりとまわって、身体についた血糊を払いながら、廃ビルの上へと降り立った。履きなれた軍靴がカツンと音を立てる。

昼間は汚く、醜いこのエリダナだったが、マリアはこの街の夜景をとても気に入っていた。
暗い中を輝くネオンは、例え光源が卑猥な甲板のネオンや、誰かと争っている咒式の光だとしても、駆け回る空から見れば、それはとてもとても美しかった。

マリアは片方の刀を腰に下げ、携帯を取り出した。浮かび上がった立体映像には、白い夜会の仮面。冷静な声がその夜会の仮面に語りかける。

「ヴィネル。片付いたわ。標的は無事に撃破。目当ての物も手に入れたわ」
〈さすが噂に名高い華剣士様だ。仕事が早いね〉
「華剣士と呼ばれるのは好きじゃない。ラルゴンキンの所の社員と区別をつけてくださる?」
〈仕方ないじゃないか。死体に花咲かすだなんて、粋な殺し方をする君がいけない〉

マリアは生体生成系咒式士であり、死屍色鬼櫻(アムプス)という咒式を好んで使用していた。
これは相手の身体に寄生し、身体の水分――主に血液を栄養とし、即成長させるという咒式だ。

この咒式では死体から見事なほどに赤い花が咲く。

だからこそ、マリアは『華剣士』と、そう総称されていた。

〈ま、そのラルゴンキンの華剣士も死屍色鬼櫻(アムプス)を使用して戦う時もあるんだけどね〉
「………」
〈それに彼も、君も、双剣使いなんだけど〉
「…………煩いわ。ヴィネル」
〈そう怒らないでよ〉

ヴィネルの言葉に無表情を浮かべた彼女の手には、真っ赤な花束が握れられていた。

軽く香りを嗅ぐマリア。どこからか見えているのか、携帯の立体映像のヴィネルは肩を竦めながら、仮面の隙間から皮肉な笑みを浮かべた。

〈死体から取れた花は売れるかい? 花屋さん?〉
「……流石にこれは売り物にはしないわよ。情報屋さん」

ヴィネルは楽しげに笑っていた。仮面の下で不服そうにするマリア。

〈似合わないにも程がある。普段は「お花屋さん」だなんて〉
「あら。いいじゃない。女の子らしいでしょう?」
〈愛想を身につけてからやるべきだったね〉
「余計なお世話」

マリアは白い指先で通信を強制終了させる。溜め息を1つついた所で、手に持った赤い花束が目に入る。
口元に小さな笑みを描いた彼女は、再びビルの間を駆けていった。

エリダナの夜景は美しい。

 
†††


昨夜、ヴィネルが茶化していたように、マリアは花屋の店主としての仕事が本業だった。
店先に並んだ色とりどりの花に満足気な表情を向けてから、ふと、店先に顔を出した緑の彼女に目を向けた。

「あら。ウフクス。また来てくれたのね」
「……相変わらず生き物で溢れているな、ここは。全く気持ち悪い」

不満を零すのは十二翼将のうちの1人であるウフクスだ。
マリアは微笑みを浮かべると、ウフクスは顔をしかめながら、1番手近にあった花を握り潰して一瞬で枯らした。
マリアはウフクスが枯らしてしまった花を見てから苦笑をこぼした。

「それでも会いに来てくれて嬉しいわ。近付けないのは残念だけど」
「きもちわるい」
「ふふ。酷い人」

優しく微笑んだマリア。仕入れたばかりの花の茎をパチンと切ってから、思い出したかのようにウフクスへと聞いた。

「ねぇ、そういえば私の『酷い人』は何してるか、貴女知ってる?」
「知らない。あの狂犬とは普段関わらない」
「そう……残念」
「気になるなら帰ってくればいい。皇都に」
「猊下にはお世話になったわ。でも、この生活も気に入ってるから…」

表情を暗くさせるマリア。無表情だったウフクスは不満そうだった。

マリアは昔は皇都にいた。モルディーンの側で働き、彼に忠誠を誓い、そして翼将と深く関わってきた。
深く関わるうちに、マリアは1人の男と恋仲になった。

それが、イェスパーだった。

「彼が猊下のために働いているならば文句は言わないわ。たとえ会えずともね」
「…………どうだっていいけど」

そう言って背を向けるウフクス。マリアは彼女の緑の髪を見た。
ふらりときて、ふらりと帰ってしまうウフクスにもだいぶ慣れていた。

「また気が向いたら来て」

ウフクスからの返事はない。だが、マリアは小さな微笑みを浮かべたあとにまた花の手入れを続けた。

イェスパーに会わない日々は長い。それに不満はない。不満はないはずだった。

パチン。マリアは花の首を落とす。
大きな向日葵の花は重力に従ってマリアの足元に落ちていった。

「女々しい」

呟いたマリアの声は凍っていた。


†††


今日もマリアは夜を駆ける。

手には既に赤い花束。ひと仕事終えたあとだった。
空を駆けている最中、マリアは突然左側から飛んできた矛槍射(ベリン)の槍を叩き落とした。

街灯の上に立ち、視線を向けるマリア。彼女の視線の先、夜のエリダナに溶けるかのような真っ黒い装束の人影が4つ現れていた。
人影は街灯から少し離れた地面に並んでいる。マリアは1度構えを解いたあと、人影を見下していた。

「何かご用でしたか?」

酷くつまらなさそうな声を投げかけるが、人影達は動かない。そして彼らは言葉の代わりに、マリアへと再び矛槍射(ベリン)を飛ばしてきた。
溜め息をつきながら、マリアはふわりと後ろに倒れるように街灯から落ちていく。ぶち当たった槍は外灯を破壊し、火花を打ち上げた。

マリアが地面に落ちる寸前、爆炸吼(アイニ)が飛んできたがマリアは同じく爆炸吼(アイニ)をぶつけ、相殺した。爆風で舞い上がったマリアは、その動きに逆らうことのないまま、ビルの壁へ向かう。
そして壁に両足をつけ、バネのように跳ね上がり、2つの人影の首元へと、構えられていた魔丈刀ごと、愛刀で叩き割り、首から真っ赤な花を咲かせた。
一気に半分に減った人影に、マリアは視線を向ける。

視線を向けつつ、手に持った赤い花束が汚れないように優しく地面に置いた。

「お次はどちら?」

人影はうろたえる様子もない。犠牲は覚悟していたとでもいうかのように、動じないまま石骸触腫掌(サルマク)の咒式を使った。
これは体内の細胞を硬質化させ、石化したかのような症状を生み出す咒式だ。マリアは溜め息をつきつつ、これを軽々とかわした。

「早く帰ってお花に水を上げないといけないというのに」

マリアは双剣を構える。再び石骸触腫掌(サルマク)の咒式を放とうとしている人影達に、マリアは死屍色鬼櫻(アムプス)の咒式を愛刀に乗せた。
息をつくより早く、マリアが飛び出し、片方の人影の胸元に捻り込むように刃を突き刺した。赤い花が咲き誇り、かすかな声をこぼして絶命していった。

だが、残ったただ1人の刃がマリアの脇腹あたりに向かっていく。落ち着いたまますぐに切り返そうとするマリア。しかし、マリアの愛刀が思い切り掴まれた。

視線を向けると、絶命したと思っていた人影が爛々とした瞳をマリアに向けたまま、素手でマリアの愛刀を掴んでいた。舌打ちをするマリアはその一撃を避けることをあっさりと諦め、むしろ受けたあとの反撃を考え始めた。

しかし、突然、マリアを狙っていた刃が止まった。

マリアが疑問を抱く前に、愛刀を掴む人影に体当たりをしてから思い切り刃を引き抜き、トドメを刺す。
マリアは素早くその場から移動し、辺りを見渡す。だが、新たに現れていた人影にマリアは警戒を解き、仮面を外した。

「驚いた。こんなところにいるだなんて」

マリアの前には片手に魔丈刀を携えたイェスパーの姿があった。

刀についた血糊をひと振りして飛ばし、イェスパーは少し困っているかのような視線をマリアに向けた。マリアは真っ赤な花束を拾い上げていた。

「相変わらず、危なっかしいな」
「あら。そういうのは貴方だけよ?」
「ふらふらと…、蝶のようにと言えば聞こえはいいが、地に足がついていないようで危なっかしい」

重量感のある前衛型の戦闘スタイルからすればマリアは確かに軽すぎるのだろう。
顔をしかめるイェスパーだったが、対してマリアは微笑を携えていた。

「久しぶりに会ったというのに、酷い人ね」
「…………不満があるわけではない」
「それはよかった。
 それより、こんな時間ではなくて昼間にきてくれたらよかったのに。きっと血液臭いわ、今の私」
「すまない。…赤い花が欲しくてな」
「花?」

双剣を腰におさめたマリアは、愛するイェスパーの姿を改めて見る。そして彼が肩手に持つ真っ白い花束にやっと気がついた。

マリアは不思議に思ったまま、イェスパーへとその赤い花束を渡した。イェスパーは不器用そうに赤い花束と白い花束を組み合わせ、赤白まばらな、少し大きめの花束を作り上げた。

イェスパーはそのまま無言のまま、マリアの前で片手を突き出すようにして彼女へと差し出した。
再び疑問符を浮かべるマリア。イェスパーは一言「マリアへ」とだけ言葉を零した。

マリアは少し困惑をしたまま花束を受け取り、そして気付き、表情を和らげた。

「ふふ。花屋に花を贈るだなんて。
 久しぶりに会うから、ご機嫌取り? 貴方らしくもないし、誰からのアドバイスかしら」
「………何故わかる」

むすとした表情をするイェスパー。マリアは微笑みを浮かべながらイェスパーの傍に近寄り、彼に寄り添うように背中を預けた。

「貴方の事だもの。わかるわ。
 とても綺麗ね。ありがとう」

花に顔を埋め、微笑んでいるマリア。だがそれでもイェスパーはまだむすとした表情を浮かべていた。
イェスパーのゴツゴツとした手が花束を握るマリアの傷付いた手を握る。

マリアの手は本業の花屋の仕事で荒れていた。手を水につけ、花の刺に触れ、そして戦いに身を投じ、彼女の手は酷く傷付いていた。
だが、イェスパーはそれでもマリアを女性らしいと思う。
彼は、花に触れる彼女のその表情に、体内の氷が溶けていくような感覚がしたのだから。

「花には……」
「どうしたの?」

マリアは微笑みながらイェスパーの呟きに言葉を返した。彼は言葉を選んでいるようだった。

「………花には、それぞれ言葉がつけられていると聞いた。色や組み合わせで変わるとも。
 それが持っている言葉を知っているか?」

イェスパーは赤と白の混ざる花束を見つめていた。白い花は白薔薇であり、赤い花も薔薇と似たような形をしていた。
マリアは花を持ち、イェスパーを見上げていた。

「ええ、花屋だもの。知っているわ。
 だけど、花言葉で全てを語ろうだなんて。
 いくら寡黙な貴方でもこればかりは口にして欲しいわ」

微笑むマリアはもう全てを知っているかのようだった。だからこそイェスパーは複雑な表情を浮かべていたのだ。

マリアのことを見つめながら、ゆっくりと口を開いたイェスパーは、また口を閉ざしてしまう。
マリアは静かにイェスパーの言葉を待つ。花の香りが彼女を包んでいた。

「…………」

やがてイェスパーはマリアの片手を掴んだ。そしてマリアの掌に乗せられた小さなそれにマリアは困ったように、たが彼を見上げて微笑みを浮かべた。

「本当………不器用なんだから…」

マリアの手の上には銀色の、シンプルな結婚指輪が乗せられていた。

赤と白が混ざった花束の持つその意味は『結婚してください』である。マリアは僅かに頬を染めながら、イェスパーに向き直って彼へと両腕を伸ばした。

イェスパーはマリアを抱きしめ、額を合わせるようにした。
真剣な表情をするイェスパーはマリアを見つめていた。

「まだ言葉が必要だろうか…?」
「仕方ないわ…、許してあげる。
 だけど、もう一つ頂戴」

マリアは彼のネクタイを掴み、少し背伸びをして、イェスパーの右目の眼帯へと口付けをした。
ちゅと小さな音を残し、離れていこうとするマリア。

だがイェスパーはそれを引き止め、彼女の頬に手を当てて、少しかがんで、マリアの唇に口付けをした。
ちゅと小さな音を残し、少し離れたイェスパーは、隠すようにマリアを強く抱きしめた。

「俺に与えられる物なら、なんであろうとマリアに与えよう。
 これから、俺が続く限り」

「永久に」とは言わないイェスパーは正直で。マリアは硬い性格の彼を簡潔に表しているとそう思った。
微笑み返したマリアは、持っていた花束から赤い花を一輪抜き取り、イェスパーの胸元のポケットに差し込んだ。

「今はもういいわ。
 幸せよ、とっても」

2つがまた寄り添う。彼も彼女も身体からは血の匂いを漂わせていた。血の匂いと、そして赤と白の花の香りも漂わせていた。

時間帯は夜、辺りは爆炸吼(アイニ)や矛槍射(べリン)の槍で荒れている。空は汚いネオンで輝いているし、そして4つの死体が散らばっている。

美しくはない。決して美しくはないその場所で、マリアもイェスパーも静かに幸せの中にいた。

彼女らが続く限り、離れることがないようにと。

土地も人も汚いエリダナの街中、空から見れば彼女達も、美しいエリダナの夜景の中にいた。


(アカ、シロ)

2人の足元に散らばる2色の花びら。


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