眠れない。

彼女はそんな思いを抱えながら自販機まで出てきた。

「うーん…冷やしカレーはないなぁ、はつ恋いこうか」

ぶつぶつ呟きながらボタンを押し、振り返り。

控えめに悲鳴をあげた。

「ひゃっ!? ……ソーマさん…でした」
「………何でいやがる」
「いえいえ、私が聞きたいです。新人区画ですよ、ここー」

マリアはソーマの前で手を振る。
彼は手を振り払いながら自販機に硬貨をいれ、珈琲を選ぶ。

「……上の階になかった」
「なるほど。
 というかここの自販機って面白いですよね、はつ恋ですよ、はつ恋!」
「……それ、クソまずいぞ…」
「えぇっ? の、飲む前に言わないでください…飲めなくなります…」

マリアは自分の手の中を睨みながら次にソーマを見た。

「飲みます?」
「いらん」
「ですよねぇ…」

はははと笑いながらマリアは仕方なく蓋を開ける。
ソーマも珈琲を開け、口に含む。

マリアが吹き出した。
普段は無表情なソーマもさすがに動く。

「汚ない」
「まず、まずいぃいぃ…っ」

ちなみに、彼女らは騒いでいるが一応夜なので控えめ。

マリアはうーと舌を出しながら、ソーマの珈琲に手を伸ばした。

「の、飲みたい…です…。下さい…」
「買え」
「鬼畜ぅ〜」

泣き顔のマリアは無理矢理ソーマの手から珈琲を奪った。
ソーマが「あ」と小さく声を上げる。
コクコクと口直しに飲んでいくマリア。

完全に飲み終わった後、マリアはまた自販機に向かった。

そして珈琲を買うとずいとソーマに差し出す。

「全部飲んじゃいました…。贈呈します」
「だったら最初から買えよ」
「危機的状況でしたからッ」

マリアはずいずいと珈琲を差し出し、無理矢理ソーマに握らせる。
そしてそのままフルフルと手を振った。

「じゃあまた明日、よろしくお願いしますね。
 あ、さっきは怖いとか言っちゃってごめんなさい。
 お休みなさいです」

マリアは自室に消えて行った。

ソーマがマリアの背を見る。
手には珈琲とどさくさに紛れてはつ恋ジュースがあった。

それを睨み、開いたままの、マリアが口をつけたはつ恋ジュースを見た。

はつ恋ジュースが振られる。

「………まずい」

薄暗い廊下で呟かれた。


†††


「サクヤさん、サクヤさん。
 悩み事を聞いて欲しいのです」

マリアが突然、食堂でサクヤに向き直った。
その場にはリンドウやコウタ、ソーマもいた。

サクヤは何処か嬉しそうにマリアを見つめる。

「いいわよ! マリアからのお願いなら何でも聞いてあげるわ」
「ありがとうございますッ」

マリアはニコニコと笑いながら口を開いた。

「あの、最近…胸が痛くなるんです」
「? 調子悪いの?」

マリアは首を振る。

「調子は抜群ですよー。
 でも夜になったら眠れなくなったり、色んな事考えたり…やっぱり胸がぎゅーってなるんです」
「……何かのストレスかしら」
「特に『ソーマさんと一緒にいると』酷くなるんです」
「ちょっと待って」

サクヤがマリアを止めた。
コウタの視線がソーマに向かうが、ソーマは気付いていないふりをしていた。

マリアはいたって真剣だ。

「サクヤさん、どうしましょう。私、病気になっちゃいました…?」
「えっ? あっと…んー…。
 ちょっと待ってね?」

とサクヤはマリアから顔を逸らし、ソーマに向いた。
反射的にソーマは睨む。

「ねぇソーマ。ところでこの前のミッションなんだけど、ヴァジュラ討伐を手伝ってくれてありがとうね。
 ソーマはいつも頼りになるわ。うん、格好いいわ」

いきなりお礼や褒めを並べたサクヤ。
ソーマは何処か気味悪そうに見ている。

そしてサクヤはまたマリアに向き直った。

「マリア、貴女、今どう思った?」
「………なんかムッてしました。
 あと胸が痛いです」
「あー…これはもう、「コ」から始まり「イ」で終わる病だな。
 良かったな、ソーマ」

リンドウがソーマの肩に手を置くが音速で払われた。
コウタが面白そうに声を上げた。

「ソーマ、顔真っ赤じゃ」
「黙れ」

マリアは困ったようにリンドウを見る。

「リンドウさんっ、やっぱりこれは病気なんですかっ!?
 ミッションに支障がでますかっ?」
「大丈夫、大丈夫。ソーマの側に居れば悪化しないから」
「適当なこと言うな」
「じゃあ何ていうんだよ。
 『マリア、お前はソーマの事がー』って言うのか?」
「だーまーれッ」

そこでガタンっとソーマが立ち上がる。
小さく「帰る」とだけ呟いた。

マリアが寂しそうに呟く。

「ソーマさん、…一緒にいたいです」
「マリア、貴女可愛い!! 抱きしめていい?」

サクヤが口走りながらマリアを抱きしめる。
ソーマがちらとマリアを見た。
マリアもソーマを見上げる。

「……煩いっ」

ばすんと投げやりにマリアの頭を叩くソーマ。
そのままソーマは戻っていってしまった。

マリアがわかりやすく肩を落とす。

「…ぐすん…。リンドウさん、サクヤさん……どうしましょう…やっぱり病気…」
「コウタ! ソーマ連れて来いっ、面白い――いや、一大事だぞ!」
「イェッサー!」

楽しそうなコウタが走りソーマの背を追いかける。

サクヤがマリアの肩を抱く。

「マリア、ソーマの側にいたら胸は痛くならない?」
「……でも、誰かと話していたらズキズキして…」
「リンドウと誰かが話している時は?」
「…………普通です」

マリアは首を傾げて自分の胸を押さえた。

「……ちょっとお部屋に戻りますね…」
「え、今、ソーマ連れて…」
「リンドウさん、失敗した!」

コウタが駆け足で戻って来るのと、マリアが歩きだすのは同時だった。
マリアがすれ違い様、コウタに手を振り、戻って行った。

「楽しくなりそうね」

サクヤがにやにやと笑っていた。


†††


コンコン。

「……」

コンコンコン。

「………」

コンコ、ン

「煩い」
「ごめんなさい…」

マリアがソーマの部屋の前でノックを続けていると、ソーマが開けてくれた。

「……んだよ…」
「……ソーマさん」

ソーマの名を読んだあと、また黙るマリア。
部屋の前で立っているのも嫌なのか、ソーマはマリアを部屋に引き入れた。

乱暴にソファに座らせる。
マリアはずーっと俯いていた。

「…………ん」
「あ、ありがとうございます」

無言で茶を出すソーマ。そのままマリアの向かえに座った。

その動作が意外で、マリアはクスリと微笑んだ。

「……ソーマさん」
「…だから、何だって」
「手、繋いでいいですか?」

ソーマが息を詰まらせた。
マリアは真っ直ぐにソーマを見つめている。

「何で」
「なんとなく」
「………」

黙り込むソーマにマリアは「ていっ」と声を上げた。
いつのまにか手を握っているマリア。ソーマの顔が深紅に染まった。

が、マリアはソーマの様子には気付かないようだ。

「ソーマさんの手、暖かいです」
「………」
「安心出来ます。病気治りそうです」
「……病気、か」
「コから始まってイで終わるんですって」

マリアは不思議そうに首を傾げる。

「ソーマさんもそゆことありますか?」
「……な、い」
「何で一瞬考えるんですか」
「煩い。
 …………移すなよ」

小さく呟いたソーマ。
俯いたままだが、はっきりと呟いた。

マリアはニコニコとソーマに笑顔を向ける。

「なんかソーマさん、顔赤い」
「! 誰のせい………なんでもない」

俯くソーマ。マリアは不思議そうにソーマを覗き込んだ。
彼は顔を反らすが、マリアはソーマを追いかける。

「ソーマさん?」
「見んな」
「ソーマさーん」
「うるせぇ」
「質問していいですか?」

マリアはきょとんソーマを見つめつづける。彼は軽く頷いた。

そして暫く彼は困惑することとなる。

「ソーマさんって私の事どう思いますか?」


†††


ジャイアントトウモロコシ。

ただひたすらに大きなトウモロコシである。
配給に頻繁に混じるが、人気はなく、食べづらさに定評がある。

それをマリアは黙々と食べていた。

サクヤがその様子を遠くで見ていた。

「マリアが病気かもって言ってきて暫くたったけど…。
 進展はあったのかしら…?」
「ソーマもマリアも変わったように見えないからなぁ…。
 ソーマは無口で、マリアは鈍感。難しいだろ」

ひょいとリンドウがサクヤの隣に座る。
母親のような心境でサクヤが溜め息をついた。

「でも幸せそうにジャイアントトウモロコシを食べているわ」
「好きなのか、あれ…」

2人の苦い顔。

この大きなトウモロコシはどうにも飽きるのだ。

と、その時、マリアのすぐ隣にソーマが座った。

サクヤとリンドウの視線が光る。

「そーまひゃん?」
「………好きならやる。ゆっくり食え」
「で、デレきたー!!」

突然、サクヤが叫んだ。
ソーマとマリアの肩がはね、リンドウさえも苦笑を零した。

2人を挟むようにリンドウとサクヤが座る。

「ねぇ、マリア。
 この前言ってた病気はどうなったの?」

サクヤはマリアの肩に手を置きながらどこかにやにやとしていた。

マリアは満面の笑みを浮かべる。

「最近は凄く調子がいいです♪ 痛くなりません」
「お。ソーマ、何かしたか?」
「なんで俺が…! ……何もしていない」
「でもソーマさんに『スキ』って言われてから調子いいです」

無言。空気が一瞬静かになり、次に赤い顔のソーマが猛反論した。

「言ってない! 俺はただ『嫌いじゃない』と――――」

言ってからソーマはリンドウとサクヤの視線に気付き、ひたすらに黙った。
サクヤが興奮しつつソーマに詰め寄る。

「嫌いじゃないって言ったの、ソーマ!
 なにそのデレソーマ! 貴重!」
「……っはははっ」

笑いを堪えていたリンドウもついには笑い出した。

マリアだけがきょとんと微笑んでいる。
そしてソーマへとまた話しかける。

「そうでした。嫌いじゃないでした。
 何だか嬉しかったです。気分もいいですし」
「……………」
「ソーマ、顔真っ赤だぞ」
「う、る、さ、い!!」

ソーマがリンドウに怒鳴る。
リンドウは拗ねることなく、今度はマリアに話しかけた。

「マリア、そろそろお前に病名を教えようと思う」
「リンドウ!」

再び怒鳴るソーマにリンドウは今度は笑みを向ける。

「どうしたんだ? ソーマ。
 病名を伝えるだけだぞ? マリアが誰を考えているのかはわからないし、ソーマが怒る理由はないよな?
 な?」

とまで言われるとソーマも黙るしかない。
部屋に帰ろうとするが、サクヤにばっちり止められた。

「リンドウさん?」
「あぁ、わるい、マリア。
 マリアの病名はな、『恋』って奴だよ」
「コ、い…?」

マリアが真剣な瞳でリンドウを見ている。

「私、お魚さんに!?」
「鯉じゃねぇって。
 恋だよ、恋。愛情だよ。第一病気じゃないんだ」

マリアの鈍感ぷりに笑いながらリンドウは彼女にソーマを見せた。

マリアがぽつりと呟く。

「……恋…?」
「…………………」
「わ、私…ソーマさんの事…っ!?」
「改めて言うけど本当に今更ね」

サクヤが呟く。マリアの頬が初めて深紅に染まった。

「だ、だから私ったら、ソーマさんに『好きですか?』って聞いたり、ソーマさんのお部屋にお泊りしにいったり、ソーマさんに抱き着いたりしたんですか!?」
「おい!!」
「ベタ惚れ! マリア、ソーマにベタ惚れじゃん!」
「これはソーマも嬉しかったわよねぇ?」

マリアの告発にソーマの顔がマリア以上に染まり、リンドウとサクヤは爆笑にも似たからかいを浴びせる。

黙り込むソーマ。マリアはおろおろとソーマを見たり自分の手を見たりしていた。

「あ、あのソーマさん、私…。えっと…ソーマさんが好き…らしいです」
「………………………知ってた」
「え?」

ソーマの呟きにマリアは思わず聞き返す。
ソーマはもう一度呟く。

「知ってた」
「う、ぁ…えーっと、恥ずかしいですね!」

マリアはどうしようもなくなったのか、ニコッと笑みを向けていた。
マリアの目の前にソーマが近付き、彼は軽く屈んだ。

リンドウとサクヤが目を丸くしながらソーマを見ている。

小さな音がたち、ソーマの顔が離れていく。
マリアは口をパクパクさせながら慌てて口元を両手で押さえた。

ソーマのフードに隠れていたが、していたことはわかりやすかった。

ツンデレソーマがマリアに口づけをしていた。

「そそそーまさッん!?」
「…………まだ痛くなる時があるのか?」
「ふぇ!? いや、えっ!? ソーマさんとサクヤさんとかカノンちゃんとかが話してたら痛くなるかな!? でも、え? ふぁっ?」
「落ち着け」

パニックになっているマリアの頭にソーマの手が置かれる。

「……別に心配しなくていい」
「?」
「………………鈍感」

ソーマがまた呟いたあと、小さく笑みを浮かべた。
そして何を思ったのか、マリアの手を引いてエレベーターに向かった。

「え、まだジャイアントトウモロコシが…っ」
「……(イラッ)…俺の部屋にある」
「お部屋行っていいんですか?」
「いつでも来い」
「またお泊りしてもいいですか?」
「…………毎日、でもい、い」
「…えへへー。
 あ、ごめんなさい、リンドウさん、サクヤさんっ、また後でー」

ソーマにぐいぐい引っ張られるマリアが振り返りながら、リンドウとサクヤに手を振る。

「2人の世界かしら」
「まぁ、両想いっぽいな」
「マリアはあのまま何処に連れてかれるのかしら」
「ん? 『大人の階段』?」
「リンドウ、卑猥」

囁きあいながら、2人の背中をにやにやと見つめていた。


†††


病名不明病状胸痛――

「………はつ恋ジュースが飲みたい」
「まずいって吐き出しただろ」
「だって口の中甘いんです…。
 ソーマさんのキス魔」
「………うるさい。
 あんなので口直ししようとするな」
「ひ、膝の上に乗せない下さい…」
「…………こっち向け」
「またちゅーするの、嫌ですぅうっ」
「2度としてやらないぞ」
「………うー…狡いぃ…」

――時々甘味。


(病名不明症状胸痛時々甘味)

あーあ、時々じゃなくなった。


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