【君を強奪】(ソーマ)

「あ」

任務終了後、小さく呟いたマリアの視線の先。

そこにはボロボロに汚れた猫のパペットが落ちていた。


†††


先程のパペットが綺麗に洗われてマリアの膝の上にあった。

それをそっと腕にはめたマリアは満足そうに猫の口をパクパクとさせていた。

「マリア?」

そこでマリアの顔を覗き込む姿。コウタだった。
マリアはニッコリと微笑むと、コウタに向かって猫のパペットを向ける。

「なにそれ?」
「パペットですよ。ミッション後に見つけて、綺麗に洗ってみたんです。
 可愛いですよね」

マリアが微笑むと、猫も心なしか微笑む。
へぇと返したコウタが猫の額を突いていた。

その時、任務を終えたらしきリンドウ、サクヤ、アリサ、ソーマが昇降機から降りてきた。
コウタとマリアは口を合わせて「おかえりなさい」と笑顔を向ける。

リンドウが軽く手を上げて答える中、マリアの姿を見つけたアリサが彼女に駆け寄った。

「リーダー、これ、報告書なんですけど…」
「わかりました。目を通しておきますね」

数枚の紙の束を受け取るマリア。アリサの視線がマリアのパペットへと向けられた。

「わぁ…可愛いですね」
「あら。珍しいもの持ってるわね」
「拾い物ですけどね」

盛り上がる女子組を眺めるコウタ達。

コウタとリンドウが目の保養とばかりに見つめていたが、ソーマは側の壁に背を預けて立っていた。
その姿をマリアをじっと見つめ、次に駆け寄った。

「ソーマせーんぱい!」
「……何だ?」
「ちゅっ」

マリアがソーマの口に猫のパペットの口を押し当てた。
見ていたリンドウとコウタが吹き出し、アリサとサクヤはお互いに両手を合わせた。

「うばっちゃった〜♪」

固まるソーマの目の前。
マリアはふわっと満面の笑顔を浮かべていた。

思わず、アリサが話しかける。

「あはははは、マリアさん、何ですか? それ」
「昔、某パンダのCMであったんですよー」

笑いながらアリサと話し合うマリア。

固まったままのソーマの左右に、ニッと悪戯に笑ったリンドウとコウタが並んだ。
2人してソーマの肩にぽんっと手を置く。

「奪われたな」
「奪われちゃったな」
「「いろんなものが」」

眉間に青筋を浮かべたソーマがダッとリンドウとコウタを追いかけはじめたが、2人も笑顔で逃げ出した。

有り得ない速度で駆け抜ける3人を驚きながら見つめる女子組。
呆れたようにサクヤが声をかけた。

「リンドウ、他の人にぶつからないようにね!」
「了解、サクヤ! うっわ、ソーマ、速いww」
「めっちゃ怖ぇww」
「待て、お前ら!!」

エントランスの階段を飛び降りて逃げるコウタとリンドウ。
第2、3部隊のメンバーが驚きつつも、微笑ましく見送った。

アナグラは平和である。


†††


「……チッ…巻かれた…」

アナグラ内を全体を使った鬼ごっこはコウタとリンドウの勝利で終わったようだ。

はぁと溜め息をついたソーマはベテラン区画に上がり、珈琲を求めて自販機を目指す。

「…………お前か…」
「あ、ソーマ先輩。鬼ごっこは終わりましたか?」

そこには右手に初恋ジュース、左手に例のパペットをはめたマリアがいた。
パクパクとパペットを動かしながら、マリアはソーマに微笑んだ。

マリアがお金を入れ、自販機にパペットの手を伸ばす。

「ソーマ先輩は珈琲ですよね」
「や…、いい。自分で買う」
「たまには奢らせてくださいな、先輩」

軽い電子音と物の落ちる音。
ソーマは小さく礼を呟きながら、マリアから珈琲を受けとった。

パペットと見つめあい、1人で遊んでいるマリアは、それがかなり気に入ったようだ。
ソーマはマリアの隣に立ったまま、彼女を見下ろす。

「……マリア」

ふとマリアを呼んだソーマはパペットの顔を片手で覆い、マリアに顔を近付けた。

そして静かにマリアの口を奪ったソーマが、驚き固まるマリアに悪戯に笑う。

「え。ええっ?」
「…うばっちゃった」
「…!! ソーマ先輩っ!!」

真っ赤に染まったマリアが小さな悲鳴を上げながらパペットで顔を覆う。

ソーマはガシガシとマリアの頭を撫でて、面白そうにマリアの髪に口を寄せた。

「ソーマ…今の…!!」
「!!」

ソーマがバッと振り返った時、そこにはコウタとリンドウの姿が。
固まるソーマが珍しく余裕のない表情をしながら、2人に問い掛ける。

「み、みてたのか…?」

顔を見合わせ、次に深く頷いたコウタとリンドウ。
顔を更に赤くするマリアと、徐々に顔ん真っ赤にするソーマ。

コウタ、リンドウの悪戯組に、悪戯な笑顔が浮かんでいった。
ソーマは真っ赤な顔をフードに隠しつつ、拳を握りしめた。

「………お前ら……狩る!!」
「ソーマ、うばっちゃったーww」
「第2第3部隊に伝えろ、コウタ!」
「おっしゃぁ!」
「やめろ!!」

再開された鬼ごっこに、まだ頬を赤らめたままのマリアが苦笑を浮かべる。

手元のパペットと視線を合わせると、静かに呟いた。

「アナグラは、今日も平和ですね」

猫のパペットがパクパクと動いた。


(君を強奪!)

私、幸せだなぁ…。


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