【あいつの妹】(静雄)
私は歩いていました。
私は学校帰りで、ただ歩いていました。
私はふと止まりました。周りが騒がしかったからです。
そして私は前方右方向から吹っ飛んできた『自販機』に――。
†††
――死ぬかと…思った……ッ。
目の前に、鉄の塊が剛速球で飛んで来れば、誰でもそう思う。
その鉄の塊は私の直前で、妙な影の様なものに巻き取られ、横に置かれた。
腰が抜け、座り込んでいる私が視線を上げる。
そこには黒いライダースーツに身を包んだ、男の子? がいた。
「ぇ、ぇ、ありがとうございます?」
『いや、怪我とかない?』
話すことが出来ないのか彼はスパスパとPDAを操り、私に文章を見せてきた。
私はこくこくと頷き、彼に伸ばされた手を取って立ち上がった。
「セルティ! 悪い、大丈夫かっ!?」
『大丈夫じゃないよ、静雄…。
一般人を巻き込むな』
日常茶飯事で、もう慣れた。とでも言うように、セルティと呼ばれた彼は肩を竦める。
私は走り寄ってきた、たぶん自販機を飛ばした相手を見る。
自販機なんかが飛ぶなんて、どこの工事現場の人だよ。
私はそう思って相手を見たが、そこにはただのバーテンさんがいた。
「ちょっとイライラすることがあってよ…」
訂正。『ただの』じゃない。
細身で長身。
青いサングラスが似合わないような大人しそうな青年。
と思わせていて、実際にはもっと恐ろしいものを感じた。
だってその身に纏うバーテン服のあちこちに軽い血がついてるじゃんか!?
「怪我、ねぇか?」
バーテンさんが私に話し掛けてきた!!
私はこくこくと頷き、セルティさん? にしがみついた。
だって怖いだろう!! 普通!! 実際死にかけた訳だし私!!
『10代女子校生、自販機に轢かれ死亡』みたいな記事になったらどないすんのや!!
しかも何この人! ちょっとショックを受けた! みたいな顔して!!
ショック死しそうだったのは私だ!!
「………セルティ、俺、どうしたらいいかな…?」
『…この子にとっては仕方がない反応だと思う』
バーテンさんとセルティさんで話をしている。私はぎゅーとセルティさんの後ろにいた。
「…まぁ、俺、とりあえずコレ戻して来るわ。その子もまだそこに待たせといてくれねぇか?」
そう言って自販機を見るバーテンさん。
――クレーンも無いのにどうやって戻すんだろ?
バーテンさんは何の事はない。ひょいと自販機に手をかけて軽々と持ち上げた!
「えぇッ!? 自販機!」
思わず大声。
自販機内が空だとしても250キロ。
中を合わせれば800キロにはなる自販機を軽々と持ち上げた。
普通なら無理だ。何この人! 怖いんですけど!
『あ。大丈夫、静雄は良い奴だから』
セルティさんのフォロー。
人に自販機当てそこなって何が良い奴だ!!
私の中の警報音がヴーヴー言ってるぞ!
とか思ってたら普通にバーテンさんが戻ってきた。
私を困ったように見てから、セルティさんを見る。
私はぶんぶんと手を振った。
「わ、私は大丈夫です! 帰って良いですか!?」
むしろ帰らせろ!
バーテンさんがまた迷った顔をした。だから迷うな! 帰らせろってば!!
「なんか悪いことしちまったから、なんか飯でも奢るよ」
『え。静雄、それは』
微かに慌てたセルティさんが私を見てから、PDAを向ける。私もセルティさんを涙目で見上げる。
早く帰りたいんだけど、私は…。
「でも、女には優しくしとけって、トムさんが」
何してくれんだ、トムさん!
あったこともないトムさんを恨みつつ、私は営業スマイルよろしくバーテンさんに笑いかけた。
「じゃあ、バーテンさんがオススメのお店、教えて下さいv」
いつの間にかそう答えてた。
――私の馬鹿…。
でも『奢る』という言葉には逆らえなかっただけだ。金欠少女はその言葉に弱い。
バーテンさんはにかと笑って「じゃあ、露西亜寿司にでも」と言ってすっかりご機嫌だった。
†††
「デ、随分と可愛い女の子さらって来たのかヨー」
「別にさらってねぇよ。詫びを入れるとこだろ、ここは」
「ワビサビ、ワサビは大変ネ、辛いよー」
………。全く。不思議な所へと来てしまった。
バーテンさん改め、静雄さんは、美味いとこだから。と私を露西亜寿司たる場所に連れてきた。
まぁ店員が黒人の露西亜人だというのも驚いたが、本当に美味しいのでよしとする。
私的にマトリョシカ巻きがインパクトがあった。
太巻きin太巻きって感じだ。
「ところであんた、名前は? 俺は平和島静雄だ」
なんと平和そうな名前。
これであの怪力は人生の半分以上を損しているんじゃないだろうか。
それはさておき、そういえば私も名乗ってない。
私は頭を下げながら静雄さんに笑いかけた。
「マリアと言います。来良高校の1年です」
「へぇ、やっはそれ、来良の制服か。
俺も来良出身なんだよ。まぁ、そんときは来神って名前だったけどな」
こうして機嫌がいい時は本当にただのバーテンさんだ。
自販機を投げ出す彼とイマイチ一致しない。
「シズオ、機嫌いいヨ。発情期カ?」
「…サイモンさんよぉ、いい加減日本語知らねぇで使うのやめたらどうだ?」
ぶちギレると完璧に自販機投げるイメージと一致するんだけど。
全く2面性の強い人だ。
そんな感じに私は静雄さんを観察。観察。
――妙に彼が気になるのだ。
それはやはり私が『兄』の血を引いているのかも知れない。
人間に興味が出るのはやはり悪い趣味だろうか。
変な血が体に混じったものだ。
そこで静雄さんが私の顔を見ながら呟いた。
「…なぁ、マリア。俺、どっかでお前に会ったことあるか?」
「ありませんけど」
うわ。思わず即答しちゃったw
静雄さんはやっぱり困り顔。そりゃきっぱりと即答されればね。うろたえる静雄さん。
「いや、なんか見たことあるような顔してたからよ…」
「よくある顔ですもん。
それか、池袋のどこかで擦れ違ったりしたのかも知れませんね」
擦れ違ったりしたら私は絶対忘れないけど。このバーテンさん。目立つし。
だけど、静雄さんはそれなりに納得したようだ。また黙々と寿司を食べる。
その食べている姿はどこか小動物を思わせて可愛い。
だが、名前のとおりに静かだ。
会話を盛り上げようという気がないのか。この男。
仕方がない。私が頑張らないと。
「そうだ。静雄さんって何をしている人なんですか?
やっぱりバーテンさん? お店とかあります?」
まぁ、未成年は入れないんだろうけど。
と思ったら静雄さんが照れ臭そうに笑いかけた。
「や。まぁ…バーテンじゃねぇんだ、俺」
「え。でもコレ」
バーテン服じゃん。
「この服が家に数十着あってよ。私服がわりに着てるだけなんだ」
バーテン服が私服ってどんな家だ。
「へぇ…お洒落ですね」
内心は明かさず、笑っておく。
あ。いつの間にかバーテン服の話になった。結局何してる人だよ…。
…まぁ、いっか。
「ふぅ。美味しかったです。ありがとうございました」
私は箸を休め、静雄さんに向く。
静雄さんも食べ終わっていて、店員さんに勘定してから、露西亜寿司を出た。
「初めて入りましたけど、美味しかったですね」
「変な名前の寿司もあるけどな」
マトリョシカ巻きとか。
「ホント、ありがとうございました。
でも今度からは自販機を人に当てないで下さいね?」
死ぬかと思ったのだから。
静雄さんは照れ臭そうに笑うと「気をつける」と言った。
その後、お別れを言って私は家路に向かう。
よかった。1日分、夕食代が浮いた。
やはり兄の家で一緒に住む方がいいのだろうか。
でも最近、女の人といるという話だし。邪魔しないほうが良いか。
彼女ではないって言ってたけど、ホントかなぁ?
お金は入ってるのだから、妹に仕送りでもしてほしい。
さすがに高校生のバイトだけでの生活は辛い。
まぁ、兄と喧嘩したのは私なんだけど。
「……元気かなぁ? あのバカ兄貴」
呟いて、先ほど静雄さんが言っていた「来神」は兄が出身した学校名と言うことを思い出した。
「……兄貴、静雄さんと知り合いだったりして」
何年に卒業したか聞けば良かったと思いながら、私はぼんやりと静雄さんの事を考えていた。