【好きと伝えても】(津軽)

俺の名前は津軽。

津軽島静雄って名前らしいけど、マリアさんには「津軽」と呼ばれる。
だから俺は津軽という名前の方が好き。マリアさんに付けられた名前だから。

あ。マリアさんというのは俺の事を作ってくれた綺麗な女の人の事。

長いサラサラの髪してて、黒い目に赤い縁の眼鏡をしていて。
「矢霧」っていうところで働いていて、凄く頭が良い人。
俺の事も自分の家で何週間かで作っちゃった凄い人。

俺の―――大好きなご主人様。


†††


「津軽! 今日もプリン買ってきたわよー♪
 また食べすぎて体内数値をおかしくしちゃ駄目よー?
 メンテナンス大変なんだからね」

玄関から聞こえる綺麗な声。俺の好きな声。
マリアさんの手に持っている「ぷりん」もそりゃ好きだけど。

広くはない「まんしょん」の一角。
マリアさんは白衣を無造作に椅子にかけて、床に正座していた俺の隣に座った。

眼鏡越しに見えたマリアさんは俺の顔を見て、少し驚いたように俺に向かってきた。

「またフローリングに座っていたの? 足痛くなるでしょう?
 ソファに座ればいいのに……」
「俺、正座しているのが1番楽だからいいんです」
「じゃあ今度座椅子買ってこなきゃ。うん。座布団とかも」

マリアさんは優しく俺の頭を撫でて笑ってくれる。
マリアさんの笑顔が1番好き。マリアさんの事が、1番……。

俺はずっとマリアさんを親だと思ってた。
でも最近……。マリアさんといると凄く心拍数が上がって、吃驚するくらいに心筋が痛み出す。

いろいろな辞書を引いても病状はわからなかった。
この前。それの事を「てれび」でやっていた。

恋。

そんな一文字しかないそんな感情に俺は支配されて、ただの、ただの機械なのにマリアさんの事が好きになった。

「ねぇ、津軽、今日は何をしていたの?」
「今日は本を読んでいました。マリアさんからお借りした本が面白くて」
「ふふ。それは良かった。私の部屋にある本なら何時でも読んでいいからね」

マリアさんの部屋には辞書とか、研究に使う本とかいっぱいある。
その本には俺の知識になる事がいっぱい書いてある。だから俺はあまり退屈しない。

マリアさんの研究しているのは不思議な事ばかりだから、資料も伝説とかそんなのが多い。
俺は変な知識ばかり詰め込んでいる気がするけど。

「家から出して上げれなくてごめんね。やっぱり津軽は目立つから…」

マリアさんは少し憂いた顔をする。
そんな顔をされるのは俺は好きじゃない。俺はぶんぶんと首を振った。

「大丈夫です! 俺はあの「平和島静雄」さんと一緒の顔だから!
 目立つのは、わかっていますから…」

そう。マリアさんは俺を池袋最強と呼ばれている平和島静雄さんと同じ顔をしていた。

金の髪、大きめの背。今の俺は青い着物を着ているけれど、俺がばーてん服を着たらきっと平和島静雄さんとそっくりの双子みたくなっちゃう。

平和島静雄さんは何かと厄介な事に巻き込まれやすいみたいだから。
俺はこの部屋から出ない。マリアさんに迷惑はかけられない。

「だからマリアさんは気にしないでください。俺は大丈夫ですから」
「………仕事であまり構ってあげられないのにね。
 ありがとう。津軽は優しい子だね」

マリアさんがまた俺の頭を撫でてくれる。

マリアさんがどうして俺を平和島静雄さんと一緒の形にしたのか。
理由はわかっているつもりだけど……。考えていたらまた胸のあたりが痛くなる。

―――きっとマリアさんは「平和島静雄」が好きなんだ。俺よりも、偽物の俺よりも、強い平和島静雄さんに。


†††


ぷりんを頬張って。俺はてれびの前に釘付けになっていた。
てれびに映るのは凄く可愛い猫と犬の特集。

いいなぁ。まるまるとふわふわとしていて。
あ、あの犬はマリアさんに似ている。
サラサラとした毛並みに小さな身体。
てれびの出演者達に囲まれて可愛いと連発されていた。

今マリアさんは遅めの夕食中。
俺が作った煮物と焼き魚を食べていた。

俺はどっちかっていうと和食の方が得意。
最初は忙しいマリアさんの為に洋食も作っていた気がするけど、マリアさんが和食の方が好きだと知って、俺は和食の方が得意になった。

そふぁに座ったマリアさんがクスクスと笑っている。俺は振り返る。

「マリアさん?」
「ううん。津軽が凄く可愛いくて」
「? 猫や犬の方が可愛いです」
「そういえば静雄さんも犬が好きだったなぁ。
 最初に作った数値から変えていないけど、やっぱり似るのかな」

最後にマリアさんが呟いた言葉に、俺は気付かれない様に目を反らした。

平和島静雄さんを思い出すマリアさんは凄く幸せそうだ。
マリアさんが幸せなのは良い事だ。

忙しいマリアさんがゆっくり休めて、幸せな事を考えているのは凄く凄く良い事だ。

なのに苦しいのはどうしてだろう?

「………平和島静雄さんってどんな人なんですか?」

俺は聞いた。マリアさんが好きな人。会った事はないけれど、どんな人なのだろう?
マリアさんはちょこっと笑いながら答えてくれた。

「実はね。私、あんまり静雄さんの事知らないの。
 街で何回か擦れ違って。普段は凄く大人しそうなのに、怒ったら何でも壊している怖い人」
「……怖い人なんですか?」
「怖がっている人は多いと思うけど、私は怖くないの」

マリアさんは笑う。俺に笑いかけるよりもずっと優しく。ずっと温かく。

「いつも隣にドレットヘヤの男の人がいるの。
 その人と話している時に笑ったりしているのを見かけるから。
 きっと優しい人なのよ」

街ですれ違っただけなのにそこまでわかるんだ。
優しく笑うマリアさんはきっと街に行ったら静雄さんを探しちゃうんだろうな。

「マリアさんは平和島静雄さんが好きなんですね」
「…………ふふ。一目惚れ…って奴かしら」

照れたように珈琲を飲んだマリアさんを見て、俺は内心を気付かれない様に笑顔を浮かべた。

「俺、応援します。マリアさんと平和島静雄さんが仲良くなれるように」
「つ、津軽。私は別に静雄さんと仲良くなりたいって言うか……見ていればいいのよ。
 街で擦れ違うだけでいいの!」

照れるマリアさん。俺は笑った。
何だかまた胸のあたりが締めつけられているけれど、笑った。

「嫌です、マリアさん。俺はマリアさんと平和島静雄さんが仲良くなって欲しい」

だって、見ているだけなんて、俺と同じこの痛みなんてマリアさんは感じて欲しくないから。

マリアさんには幸せになって貰わなきゃ。マリアさんには笑顔が1番だよ。


†††


今日は良い天気だ。

降水確率も20%の晴天。今は、マリアさんを見送る為に俺は玄関にいた。

「津軽、今日は早く帰れると思うの。だから今日は一緒に夕食食べようね?」
「本当ですか!?」

俺の声が裏返る。
久しぶりだ。マリアさんと一緒に食べるご飯は。
何時もはマリアさんが遅いから先に食べててって言って、待っていたら逆に怒られてしまう。

だから凄く嬉しい。また心拍数がどくんと上がった気がした。

「じゃあバイバイ、津軽。またプリン買ってすぐに帰るね」

マリアさんは笑って手を振って出かけていった。

やった。今日は良い日だ。

俺はちょっとご機嫌のまま、夕食の下ごしらえをすることにした。
気が早いけれど、マリアさんの好きな秋刀魚の味噌煮を作るんだったら丁度良い筈だ。
俺は割烹着を上から着て、颯爽と準備。

優しく笑うマリアさんの笑顔を思い浮かべながら。


†††


「どうしよう………」

降水確率20%なんて嘘付き。
夕方くらいになっていきなり雨が降り出した。
しかも通り雨とかいう感じではない。土砂降り。

秋刀魚の味噌煮はもう出来て、味も染みている筈だ。
良い匂いのする玄米ご飯もお味噌汁も、箸休めに作ったほうれん草と胡麻の和え物も出来た。
この前作ったら凄く喜んでくれた楓の天ぷらまで作ったというのに。

「……………雨が降り出すなんて聞いてない」

これでは傘を持っていかなかったマリアさんが濡れてしまう。
風邪を引いてしまうかも知れない。

てれびのにゅーすを見ると、裏切ったように降水確率は90%になっていた。

玄関を見るとマリアさんの兎柄の可愛い傘。
その隣には予備として黒い傘が置かれていた。
傘の中にいたら俺の顔なんてわからないんじゃあないかな……?

「……よし迎えに行こう。マリアさんに早く会いたい」

そう思ったら本当に今すぐに会いたくなった。
俺は黒い傘をさして、手に兎の傘を持って。戸締りをしっかりとしてから家から出た。

思えばコレが初めてこの家から出た時だった。

問題はすぐに襲いかかる。

「……………矢霧ってどこだろう?」


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