痛い痛いよ凄くすごく痛くて辛くて痛くて悲しくて大声を出して泣きわめいて体が痛いとかじゃあないんです胸のあたりが心が潰れるように痛くて痛くて辛くて悲しくて嫌で寂しくて苦しくて切なくて息が止まりそうな。
こんなにも泣いてたら、きっとまた『彼』を困らせてしまうというのに。なのに、なのに、涙は止まらずに溢れてきてしまって。
あぁ、でも、もう彼に会えないというなら…、それならもう、それでもいいのかもしれませんね。
「おめでとうございます! 可愛い女の子ですよ!」
そんな声を聞きながら、私はえんえんと…、おぎゃおきゃあと泣き続けた。
私は生まれ変わったのです。
†††
私が気付いたとき、私は小さな子供の姿になっていました。
前世の記憶、そのままに。
あの日私は確かに、ビル工事の不具合で降ってきた瓦礫に押しつぶされて、呆気なく死んでしまったと思っていたのですが、生まれ変わりをしたということに気がつき、本当に驚きました。
私が私としての自我をはっきりと持ち始めたのは4、5歳くらいの時でした。
その頃の私は、隣のお家に住んでいた、同い年の男の子ととても仲が良かったんです。
その子の名前は『緑間真太郎』くん。
緑色の髪をして、眼鏡を掛けていて。綺麗な目や、その仕草。
私の目の前にいるのは確実に、私が愛していた緑間くんそのものでした。
それに気が付いた時、4歳くらいの彼の前で思い切り号泣してしまって、彼をとっても困らせてしまったのを覚えています。
だって、彼は私のことを覚えてはいなかったのだから。
それでも、今の貴方に忘れられてしまったとしても、生まれ変わって、貴方の側にいることができるだなんて。私はそれだけで、とっても幸せでした。
「真太郎くん」
そして今の私は彼のことを真太郎くんと、そう呼ぶことにしています。
以前果たせなかったことを、今、実行するために。
「マリア? どうしたのだよ?」
「なーんでもないでーす」
首を傾げる小学校1年生の真太郎くんの手には、既にラッキーアイテムの緑色のミニカーがあります。
こんな小さな時からおは朝を見ていたんですね。口調も既に特徴的ですし。
知らなかった幼い彼の姿に、驚きと再発見に苦笑を零しつつも、新しい彼を知れたようで微笑みも一緒に溢れます。
今の真太郎くんはまだバスケは始めていませんが、いつからバスケを始めるんでしょうね…。
テーピングに包まれていない右手をちらりと見ながら、放課後の道を歩いていました。
家が隣の私達は、一緒に登下校をしていました。小さな頃から(私が私としての自我を持つ前から)、私は真太郎くんにべったりだったようで、私の今の親も、私の面倒を真太郎くんに任せているのでした。
真太郎くんは私のことを妹のように面倒を見てくれています。あれ、私の方が精神年齢、上ですよね…?
それだけ真太郎くんが、しっかりしているんだと、私は思い直します。
「真太郎くん」
「だから、なんなのだよ」
「今日の授業、真太郎くんはなんて書いたんですか?
『将来の夢』」
小学1年生の時から、もう将来のことを考え始めるんですね。
周りのみんなはお花屋さんだとか、宇宙飛行士だとか。期待に溢れた夢ばかりで微笑ましくなりました。
というか、私も今は小学1年生なんですけれど。なんて可愛くない小学生!
真太郎くんは私の顔を見て、小さく首を傾げました。なんて可愛い真太郎くん!
「マリアはなんて書いたのだ?」
「私?」
私は真っ先にその白い紙に将来の夢を書き、1番に先生に出しに行きました。
私の回答を見て「あらあら」と微笑んだ初老の女の先生。それから私は誰に将来の夢を聞かれても教えないと笑っていたのでした。
でも、真太郎くんになら言ってもいいかもしれません。やっぱり少し、恥ずかしいけれど。伝えられなくてする後悔はもうしたくないから。
「私『可愛いお嫁さんになる』って書いたんです」
「お嫁さん?」
隣の真太郎くんは私の言葉を少しだけ繰り返しました。私はニコニコと微笑みを浮かべます。
「『真太郎くんの可愛いお嫁さんになる』って!」
「俺のお嫁さん…」
「はい」
言ってしまってから、私は少し不安げに真太郎くんを見ます。
私は真太郎くんが大好きですけれど、真太郎くんは私のことをどう思っているのでしょう。
妹? 幼馴染? 友達? 知り合いとかだったらどうしましょう。
彼はまだまだ、小学生なわけですし……。
真太郎くんは片手のミニカーを持ったまま、反対の手で、テーピングに包まれていないその右手で、私の手をぎゅうと握ってくれました。
驚く私に、真太郎くんは笑みを浮かべていました。
「じゃあ俺は、マリアのお婿さんにならなくてはな」
「え」
「何、驚いているのだよ。
マリアと俺はこれからも一緒にいるのだから」
それは確実に決まっていることのように。
真太郎くんは、私の良く知っている絶対的な自信を持った声で言い切ると、私の手を引いて、今までと変わらないように帰り道を歩き続けました。
「俺はマリアと一緒にいたいのだよ。
マリアは?」
また私を伺う真太郎くん。私は真っ赤な顔をしたままに、ニッコリと笑顔を浮かべました。
「私も、真太郎くんと一緒にいたいです!!
ずっと一緒にいましょうね」
「もちろんなのだよ」
手を繋いだ私達を、すれ違う大人たちは微笑ましげに見ています。
これから、これからはずっと真太郎くんと一緒に過ごせるんですよね…?
一瞬、頭をよぎったのは、瓦礫で分かたれてしまう数瞬前に見えた、目を大きく開く真太郎くん。
あんな別れがもう2度と来ないことを祈って。
繋いだ手を私はぎゅうと握ると、真太郎くんもぎゅうと握り返してくれました。
離れないように。離れませんように。
(炎のように赤い夕焼けのこの日、私は、全てを取り戻した)
†††after that
「近道しましょうよ、真太郎くん」
そう提案して、大通りに向かい始めたのですが、そこでぐいと手を引かれ、私は立ち止まってしまいました。
不思議に思って振り返ると、私の手を掴んだまま足を止める真太郎くんの姿がありました。
首を傾げる私でしたが、真剣な表情をする真太郎くんに私は何も言えずにいました。
何も言わずに待っていると、やがて、ゆっくりと口を開く真太郎くん。
「ここは、通りたくはないのだよ」
「真太郎くん?」
「ここは、通っちゃいけないのだよ」
そう繰り返した真太郎くんは、私の手を強く握って、大通りに背を向けて、歩き出してしまいました。
手を引かれながら、少し小走りになってしまった私は、真太郎くんに追い付いて彼と並びます。
真太郎くんの横顔を伺うと、その顔は小学生とは思えないほどに緊張した、真剣な表情でした。
「マリアは、俺が守らなくちゃいけないのだよ」
そう零した彼の中に『彼』が垣間見えた気がしました。
そういえば、あの大通りに、新しくカフェが出来たって噂がありましたっけ。
(バッドエンド、から始まる恋物語)