「宮地先輩に、木村先輩! ドリンク持ってきましたー。ゆっくり休憩してくださいねー。大坪先輩が15分後に再開と言ってましたよー。
緑間くんと高尾くんもちゃんと休まなきゃだよー?」
マネージャーの仕事は基本、選手の体調を完璧に整えることである。
その為に選手の手を煩わせないように、水分補給に欠かせないスポーツドリンクを作ったり、テーピングを施したり、ストレッチを手伝ったり、体育館にモップをかけたり。
それゆえに実際に試合や練習をしている最中よりも、選手が休憩をするこの短い時間の方が、仕事量が多かったりする。
忙しなく動き回るマリアを、主将の大坪はスポーツドリンク片手に見守っていた。
(普通にしていればいいマネージャーなんだが…)
数々の仕事を少ないメンバーでこなす秀徳のマネージャー達。
その中でもマリアはバスケの強豪校、帝光中学でも3年間のマネージャー経験があるということもあってか、秀徳3年のマネージャーにも負けない仕事ぶりを見せていた。
だが彼女には決定的で、そして重大な、欠点ともいえるものがある。
「緑間くんと、宮地先輩って、美味しそう」
(……あぁ、高尾がスポドリ吹き出した)
彼女は『何でも』食べてしまうのだ。
食べるというのも、それも物理的に。
「んー、食べちゃいたいー」
いつの間にか仕事の手を休め、にっこりと微笑むマリアの問題発言に顔を青ざめている緑間と宮地。
3人の間に色気などあるわけなく、期待した目で見るマリアには食い気しか見えなかった。
命の危機を感じ取った緑間の必死の説得が始まる。
「……マリア、俺は美味しくない。マリアはおしるこは嫌いだろう。俺はいつもおしるこを飲んでいるし、おしるこの味がするのだよ!
だから宮地さんを食べるのだよ!」
真っ先に先輩を売る後輩。それを聞いて宮地も黙ってはいない。
「おーい、緑間、意味わかんねえ轢くぞ。
マリア、先輩命令だ。
緑間から食え。こんだけデカけりゃすぐ腹いっぱいになるだろ」
被害を最小限に抑えようとする宮地。その代わりに緑間を犠牲にしようとしているが。
そんな2人を見ているマリアはニコニコと微笑みを浮かべ、締まりなく頬を緩めていた。
「美味しそー」
「こっちを見ながら涎を垂らすな!」
「ひとくち〜」
「駄目なのだよ!」
ひとくちなら許されるという話ではない。
全力で拒否した緑間に、マリアはこてんと首を傾げつつ頬を膨らました。
「んー。だってー、緑間くんも宮地先輩も綺麗な『髪』しててとっても美味しそうなんだもんー。
ふわふわさらさら金色と緑色ー!」
にこにこと笑うマリアは「美味しそう」とまた言いながら宮地の髪に向かって手を伸ばした。
その髪に触れようとするマリアだったが、対する宮地は困惑を隠さないままにマリアの手を掴んで、髪に触れされない。
「髪の毛の話か。文房具に飽き足らず人肉まで食い始めるかと思ったぞ」
「流石にそこは自重しますよー。
そこまですると緑間くんに嫌われちゃいそうですしー」
あっけらんとそう言うマリアに、横で話を聞いていた高尾はまた吹き出す。
「マリアちゃん、それなに、の、惚気?」
「高尾、笑いすぎなのだよ」
「うっわ、真ちゃん顔真っ赤じゃん!!」
ツボに入ったのか腹を抱えつつ爆笑している高尾。
マリアの腕を掴んだままだった宮地はニッコリと笑みをこぼしてから、マリアを掴んでいない反対の手を木村へと向けた。
「木村ァ、トラック」
「今は梨がうまいぞ」
「じゃあこいつらに梨もぶつけんぞ」
「木村先輩のとこの果物美味しいですよねー」
「宮地、マリアは轢かないでやってくれ」
「弱いんだよ、お前はァ!」
何だかんだ言って暴力を振るったりなどしない宮地も体外後輩に弱いのだが、それには気がついていない。
ふいにマリアはたたたと緑間に駆け寄り、彼の髪にも触れようと手を伸ばした。
が、如何せん高身長な緑間には届かない。頬膨らますマリアと、またニヤニヤし始める高尾。
緑間は高尾の視線に気づいていながらも、大人しくマリアに意識を向けた。
「ねぇねぇ、緑間くんー、髪の毛食べないから、しゃがんで、しゃがんでー。髪の毛、触ってみたいー」
「……。……食べちゃ駄目なのだよ」
逡巡するかのように黙り込んだ緑間だったが、諦めたのかマリアの前で背を向けてしゃがみこんだ。
嬉しそうに微笑んだマリアが緑間の背に飛びつく。緑間が立ち上がるとマリアの目線がぐんと高くなる。所詮、おんぶされている状態だ。
「んーん、わかってるよー。
ふふふ。いい匂いするー。いいなー、美味しそうー」
「マリアが言うと冗談になっていないな…」
おんぶされた状態で緑間の髪の毛で遊ぶマリア。
顔が赤かったはずの緑間もいつの間にか素面になっており、何事もなかったかのようにマリアをおぶったまま、近くをうろうろと適当に歩いている。
小さく舌打ちをこぼした宮地が、八つ当たり気味に笑いをこらえていた高尾にむかい「高尾、うるせぇ轢くぞ」と暴言を吐いた。