【Star Dust】(緑間)

織姫と彦星が1年にたった1日だけ出会うことのできる日、7月7日。
七夕の前日には雨が降る。その雨は彦星が織姫に逢いに行くための牛車を洗っているからである。

マリアは以前どこかで見たその情報を頭の端に思い浮かべつつも、前日と言わず3日前から降り続いている台風を思わすようなその大雨に視線を向けていた。

「最悪…」

彼女の手元にあるのは東京行きの、数週間前から予約していた航空チケット。
そして、ニュースで報道されるのは台風の影響で止まってしまったマリアが乗るはずだった便。

「派手に牛車洗いすぎだよ、彦星様」

彼女達は中学の時に恋に落ちた。だが、高校の進学の際にマリアは東京ではない、遠い地に引っ越してしまった。そのあとも恋は途切れる事なく続いていた。
お互い学生の身であることが作用し、直接会う機会は多くない。飛行機を使わなければ行けない距離。偏狭な場所に引っ越してしまったマリア。
それでも誕生日だけは、緑間の誕生日である7月7日だけは絶対に会いに行くという約束をしていたはずなのに。

窓の外は叩きつけるような雨が降り注いでいた。重たい色をした灰色の雲によって、太陽は全く見えなくなっている。
これでは今晩、星空を眺めることは難しいだろう。織姫と彦星の再会出来ないのでは、とマリアは心配すらする。
マリアは雨を遮るようにカーテンを閉めてしまった。折角の休みも、緑間に会えないのならば意味はない。

遠距離恋愛でも不安などなかった。マリアと付き合うのは律儀を擬人化したかのようなあの緑間なのだから。彼の浮気を心配する必要は全くない。
ただ、彼の誕生日にこんな大雨如きで遮られてしまうこの遠い距離だけは、呪わずにはいられなかった。

マリアはスマホに手を伸ばす。先程から何回か緑間と連絡を取ろうとしているが、何度かけてみても通話は繋がらなかった。
飛行機が止まってしまったのは、別にマリアの性ではない。
だが、あの緑間がそれで納得するかどうか。…彼の我侭な性格を考えると理不尽に怒りを抱いていても不思議ではない。通話に応じない緑間を思うと、無いはずの不安が込み上げてくるようだった。

マリアだって話したいことは山程あるというのに。

彦星が織姫に会うためだけに流した雨に巻き込まれてしまったマリアは長い長い息を吐いた。不貞腐れたようにベッドに倒れこみ、瞼を閉じる。

真っ暗闇には瞼の裏側が見えていた。ちかちかと光っているそれは緑色の星のようにも見え、より一層淋しくなった。


†††


スマホのバイブで目が覚めた。

部屋は雨のせいではなく、夜が落ち、いつのまにか暗くなっていた。
そんな暗闇の中でスマホの着信を知らせるランプだけがピカピカと点滅していた。緑色に光った電子的な星に気が付いたマリアは慌ててスマホを手にする。

声は嬉しげに跳ね上がった。

「緑間くん?」
『やっと出たのだよ、寝ていたのか?』
「……うん。不貞寝してましたよ…」

呆れたような緑間の声が握ったスマホから聞こえて、マリアは眉根を下げた。
改めて一言謝罪を述べたあと、マリアは柔らかい微笑みを浮かべた。スマホを支えるように両手で持って、ベッドに転がったまま声を出した。

「それはそうと。
 お誕生日おめでとう、緑間くん。会えなくて、ごめんね」
『…「おめでとう」はもう今日1日で沢山、聞き飽きるぐらい聞いたのだよ。
 クラスメイトからも先輩からも、黒子達からも、高尾からも』

不満げなセリフだが、緑間の声は柔らかかった。マリアは静かに目を閉じながら口元に笑みを浮かべた。
昔から何も変わらず彼は素直じゃない。マリアはクスクスと笑った。

「もう、何回言われてもいいじゃない。本当に素直じゃないんだから」
『そうではないのだよ。俺は、マリアからはもっと違う言葉が欲しいのだが』
「『愛してるよ』とか?」
『それを俺に問うのはどうなのだよ』

マリアはベッドで目を閉じながら、不満げに言葉を零した。

「…だって本当は直接会っていいたかったんだもん。
 直接会って、いっぱい好きって言って、誕生日プレゼントも渡して。スカイツリー中にある見晴らしのいいレストランで2人でご飯を食べるの。そこでもっかい好きって言うわ」

言葉を繋げるうちに、マリアの目からぼたぼたと涙が溢れ始めてしまった。

楽しみにしてたのに、ずっとずっと前から楽しみにしていたのに。雨なんかで止めらてしまった。

うー、と唸るように不満の声を上げつつ、涙をこらえようとするマリアに、暫く黙っていた緑間は密やかに声を出した。
声は諭すようでもあった。

『マリア、今日、俺は沢山「おめでとう」と言われたのだよ』
「…お誕生日だもんね」
『でも今日以外に「おめでとう」と言われることなんてそうそうないのだよ。言われても試合に出た時ぐらいだろうな』

緑間の言葉に、首を傾げるマリア。緑間の声がマリアだけに静かに聞こえてきた。

『マリアからの「おめでとう」は他の人とは違うのだよ。だから、沢山言われた言葉の中に、マリアの言葉を沈めたくないのだよ。
 俺にとってマリアは特別なのだから』

言葉は余りにも難しかった。マリアは静かに聞き返す。

「……次に会った時に、きっと緑間くんの誕生日ではないその日に、私から「お誕生日おめでとう」って言われたいってこと?」
『そしたら、きっとその日に「おめでとう」と言うのはマリアだけなのだよ。マリアの言葉はより一層特別になる』

そりゃ誕生日じゃないからね。誕生日でもないのに「誕生日おめでとう」など、誰も言わないだろう。
マリアは緑間の言葉に一瞬呆けた顔をしてから、クスクスと笑いだした。涙はいつしか止まっていた。

「緑間くんって、黒子くん達に未だに『変人』って言われてるでしょ」
『……それは、そうだが…。…怒るぞ』
「怒らないで、怒らないで。
 慰めてくれたんだもんね。ありがとう、緑間くん。意味わかんないけど元気出た」
『おい』
「本当に意味わかんないけど」
『繰り返すな』

不満げになった緑間の声に、マリアはにこにこと笑った。不器用な彼がどうにかしてマリアを慰めようとしたのがマリアには伝わった。

緑間はむすっとしたあと、言葉を繋げた。

『今度はいつこっちに帰って来るのだ?』
「来週末、かな? お休みになったら今度こそ逢いに行く。だから、待ってて」
『あぁ。待っている。
 …、マリア、外が見えるか? こっちは晴れてきたぞ』

緑間の声に触発されて、マリアは徐に窓に向かう。カーテンを開けると確かに雨は止んでいた。
マリアは窓を開け放ち、雨で空気が洗い流され、いつの間にか澄み切っていた星空を見上げた。

「緑間くん、見える? 天の川ー!」
『…………。あぁ、見えるのだよ。とっても綺麗だ』
「うん。雨降ったからかな…。凄い綺麗に見える。今にも星が降ってきそう」

満天の星空がマリアの部屋の四角い窓に区切られて輝いている。幾千もの星が瞬き、ちょうど真正面で天の川が輝いていた。
先程までの雨が嘘だったかのように、憎いくらいに、夜空は晴れ渡っている。マリアは夜空を眺めながら、1年に1度しか会えないと言われている星達を思い出した。

「これで織姫様と彦星様が会えるといいね」
『会えるのだよ。宇宙に雨など降っていないはずなのだから』
「夢がないねぇ。緑間くんは」

クスクスと笑うマリアは幸せそうに、星空を見上げた。緑間も今、同じ空を見上げているのだと思うと嬉しく思う。

「今度会う時はいっぱいいっぱいお話しよう。
 いろいろ伝えたいことがあるの。いろいろ聞きたいことがあるの」
『お前は毎度毎度、楽しみにしすぎなのだよ。それで、前回も来ていきなり風邪を引いただろう』
「…次は体調万全で行きます」
『そうしてくれ。………普段から風邪を引いているのかと心配になる』

声に込められた優しさに、マリアは微笑みを浮かべる。

「…緑間くんがいなくて、寂しくて。ちょこっとだけ大丈夫じゃない時もあるけれど。
 心配しないで。私はいつだって幸せだよ。私は緑間くんが好きだもん」
『それは、よかった』

それから2人で、星を見ながら長いこと話をしていたと思う。

そして電話を切ってしまってから、マリアははたと思い出した。

東京では、地上の明かりが明るすぎて星空があまり見えなかったことを。
それでも会話の中で、綺麗だと言った緑間の気遣いを思い出す。あそこで緑間が「星は見えない」というものなら、マリアの表情はまた曇ってしまったに違いない。

誕生日に会えなくて、がっかりしているのは緑間の方だろうに。空を見ながら考え込んだマリアは1度スマホを見つめたあと、徐にカメラを起動させた。


†††


メールが届く。大雨で会えなくなってしまい、元気のなかった彼女から。
緑間の部屋の中でピカピカと白い星が点った。緑間のテーピングで包まれた手が再びスマホを取った。

添付されていた画像を見て、緑間は口元に笑みを浮かべた。

映し出されていたのは満天の星空。遠い遠い場所に住むマリアが見ていた本当の星空。東京では見ることが出来ない本物の星空。

「………『近いうちに、今度は一緒に』」

一言しか書かれていなかったが、それだけでも緑間は嬉しかった。

どんなに離れていても自分を信じてくれるマリアを想い、口元に笑みを浮かべて。

次に会う時を彼女以上に楽しみにしながら。


(StarDust)

いつか、織姫を誘拐して一緒に暮らすことを夢見て。


prev  next

- 53 / 57 -
back