【世界で最後の2人】(緑間)

◇緑間

真ちゃんは幸せそうだ。
真ちゃんは今日も同じ病院に通って、真ちゃんの大好きな女の子のお見舞いにいく。

「はじめまして?」

昨日も会ったマリアちゃんは可愛らしくそして小首を傾げて問う。
俺は一瞬だけ表情を歪めてしまうけれど、それを悟られる前ににっこりと笑って自己紹介をする。

彼女は、覚えてられないのだ。そういうビョーキ。
毎朝、毎朝、リセットされちゃうみたいに昨日のこと忘れてしまうのだ。

隣でいつものように真ちゃんも自己紹介をしていた。彼も昨日も来ていたというのに。

自分の彼女に、自分のことを忘れられて、毎日毎日自己紹介をする気持ちを、俺は考えられない。
きっとそれは辛いことの筈なのに、真ちゃんはマリアちゃんが生きているということだけでも幸せを感じているのか、嬉しそうにしている。

そしてそんな真ちゃんをじぃと見つめているマリアちゃん。俺は既視感に悪寒すら抱いてしまう。

まただ。また、マリアちゃんは――。

何時間もたったあと、面会時間が終わってしまって俺達は立ち上がる。

「また来るのだよ」
「はい! また来てください!」

にっこりと笑うマリアちゃん。真ちゃんもマリアちゃんにだけ向ける優しそうな笑みを浮かべていた。

マリアちゃんはきっと今日のことを、明日になれば忘れてしまうのだろう。彼女にとっての「また今度」は眠ってしまえば永遠にこなくなる。
マリアちゃんが何度も忘れてしまうことを、俺達だけが何度も覚えている。

背を向けた時、覚えたての俺の名前だけ呼ばれて、俺は一瞬息を止めてしまいそうになる。笑顔が凍りそうになる。
それらを全て隠して微笑んだままマリアちゃんに振り返った。真ちゃんは少し離れた場所で俺達を気にしていた。

マリアちゃんは俺にだけ聞こえるように口元に両手を持っていき、俺だけに言葉を投げかけた。

『昨日』も聞かれた質問を、マリアちゃんは再び繰り返す。

「あの…、緑間君って好きな人居るんですか…?」

何度も繰り返された質問。俺は1度目を伏せてから、今日も恋に落ちたマリアちゃんに微笑みかける。
そして俺も何度も答えた言葉を繰り返す。

「真ちゃんもマリアちゃんのこと気に入ったみたいだよ」

答えると顔を真っ赤にするマリアちゃん。俺は根気強くもう1度微笑み返して、マリアちゃんの頭をよしよしと撫でてから待っている真ちゃんの元へ向かった。

毎日、毎日。繰り返される日々を俺と真ちゃんだけが覚えていく。
2人で病院の廊下を歩きながら、俺は小さく口を開いた。

「…マリアちゃん。真ちゃんにまた一目惚れしたみたいだよ」

言葉を聞いて、真ちゃんの耳がわかりやすく染まる。

そして目を伏せてからきっと本人ですら無自覚であろう笑みを浮かべていた。

真ちゃんは幸せそうだ。そしてマリアちゃんも。

俺には理解出来ないけれど、きっと2人はこれで、これが幸せなのだろう。
いつまでも恋し続ける彼と、何度でも恋に落ちる彼女とで。

彼らの世界は他者が理解できないほど、幸せで満ちている。


(世界でさいごの2人)


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