【異端者達。】(リドル)
スリザリンにも変な人間はいる。
彼女はその筆頭であるようにも思えた。
花を愛で、人を愛し、誰からも好かれ。人を騙すのが嫌いで、嘘も嫌い。
スリザリンの中にはいるが、他寮とも仲良くし、だがスリザリンに対する想いは絶対で、クィディッチや年度末の寮の点数で一喜一憂する。
そして別に同じ寮の人間からも疎まれなどしない。
スリザリンにいるというのに、スリザリンらしくない人間。
言ってしまえば、ハッフルパフやグリフィンドールにいるような人間。
そんな彼女はいつも絵を描いていた。
スリザリンの暗い談話室の中で飽きもせずにスケッチブックを開いて、何かを描いている。
画材は水彩絵の具。魔法で生み出した水に筆を付けて、彼女の感覚で心赴くままに、いつも何かを描いていた。
僕はそんな彼女が不思議で、ある日、思いつきで話しかけてみた。
「君って、いつも絵を描いているけど飽きないの?」
「うん。飽きないよ。
あ、リドルくんも絵を描いてみる?
リドルくん、器用だからきっと上手だよ」
微笑む彼女は、そこらの女生徒と同じだ。
僕が微笑めば、相手も微笑む。僕を褒め、媚び、仲間に入りたがる。僕の賞賛を受けたがる。
僕に話しかけられたということで、他の女生徒の方が羨ましそうに、彼女に嫉妬の視線を向けていた。あぁ、これもいつもどうり。
彼女は笑みを浮かべたまま、独り言のように話し始めた。手に持った筆を思慮深げに眺める。
「リドルくんに話しかけられるとは思ってなかったな。
私の名前も知らないでしょ? 私、マリア。よろしくね」
ニコニコと笑顔を絶やさない彼女。少しだけ照れたように小首を傾げていた。
さすがに同年代だし、名前ぐらいは知っていたが、確かに話しかけるのは今日が初めてか。
僕の気紛れにすぎなかったけれど、彼女は本当に嬉しそうに笑っていた。
鞄の中から新たにスケッチブックを取り出して、筆と一緒に僕の手に押しつけてきた。
「ほらほら、みんなもリドルくんがどんな絵を描くのか気になってるよ。
描いてみて。何でもいいから」
「僕は遠慮しておくよ」
「本当に何でもいいんだよ。好きな色で、好きなように、描いてみようよ」
気紛れに行動を起こすものではない。
彼女は執拗に僕に絵を描くことを勧めてきた。
さすがにこんなことで怒鳴る気もないし、僕は渋々と彼女から画材を受け取った。
彼女はまたにっこりと笑った後、それ以上僕の方を見る事無く、さっきと同じように自分の絵を描き始めていた。
本当になんなんだ。自由気ままな彼女は何か1枚の絵を仕上げていった。
僕も渡されたスケッチブックを見る。真っ白な紙に、深く考える事無く筆をのせた。
†††
暫くたった。
彼女は絵を描いている間、他の煩い生徒とは違って何も話しかけてこなかった。
微笑みながらも真剣に筆を走らせ、僕の筆が止まってきた辺りで、やっと僕の方をチラリとだけ見て声をかけた。
「リドルくんは何を描いたの?」
「君と比べたらただの落書きにすぎないよ」
「ううん。そんな事、絶対無い。見てもいい?」
優等生の仮面を被っているのも疲れる。
微笑みながらスケッチブックを彼女に渡すと、彼女はその大きな瞳を驚きで満たした。
「これ…、ホグワーツ?」
「最初に思いついたのがこれだったんだ」
何故かはわからないが、思いついたままにホグワーツを描いた。
渡されたパレットには黒が多く出されている。短時間にしては良い仕上がりだとは思う。
彼女は静かに絵をじっと見つめていた。
すると、気になったのか彼女の後ろから他のスリザリン生が絵を覗きこんでいた。
その後は、他のスリザリン生にいつもと同じような感嘆と僕を誉める言葉で埋め尽くされた。
とっても上手だとか、本物みたいだとか、画家になれるだとか。
その言葉全てを謙遜して、微笑みながら受け流す。
僕が何でもできるのは当り前だろう。こんなことでいちいち喜ばれるとは。
暫くしていると他のスリザリン生もそれぞれしていた事に戻る。
彼女だけが最初と変わらない位置に座ったままだった。再び彼女と僕がそこに残される。
「やっぱり、絵も上手なんだね、リドルくん」
あぁ、彼女も他の生徒も変わらない。僕はこれまでと同じ様に微笑んで謙遜した。
が、彼女は困ったように僕の絵を見つめた。
「でも、やっぱり、思ってた通り。
黒っぽい絵を描くんだね」
「? どういう意味だい?」
いつも微笑んでいた彼女が、少しだけ寂しそうな顔をして、それにまた何故か興味をそそられた。
彼女は僕を絵を優しく持ち上げながら、眺めていた。
「無意識に黒を使う人って、恐怖とか、不安とか、発散できずに抑えられた感情を表しちゃうんだって」
「………へぇ、それが君は『思っていた通り』だって?」
恐怖? 不安? そんなものを僕が抱えているだと? それを彼女が僕に思っていた印象だと?
僕の絵を抱えたまま、彼女は僕の方を見つめた。
澄んだ緑色をした彼女の瞳が、僕の黒っぽい赤い瞳を覗きこんでいた。
「うん。だってリドルくんは時々凄く怖く思えるし、それに、寂しそうに見えるの」
他人が僕の何かを知った風にするのは嫌いだ。
「君の気のせいだよ」
軽い拒絶の言葉を投げかけたが、彼女は寂しげに、首を左右に振っていた。
彼女の手元の絵を見ると、その絵は完成していた。
真っ暗なホグワーツ城。だが、ただ黒いだけではなく窓から溢れる光が描き込まれ、きらきらと輝く城が描かれていた。
彼女はその絵を僕に差し出すと「あげる」とただ一言だけ僕に伝えた。
「私、きっと何も出来ないけれど、お話ぐらいなら出来るから。
何かあったら何でも言ってね」
そういって彼女は画材を片付け、いつもの笑顔を浮かべながら立ち去った。
残ったのは、僕と、僕の手に残った彼女の描いた輝かしいホグワーツ城。
振り返ると、彼女が談話室を出ていくのが見えて、僕は絵を持ったままその姿を追い掛けた。
†††
「ねぇ! 君! …マリア!」
画材を抱えた小さな背を探すと、庭の方を歩く彼女の姿を見つけた。
もう就寝時間が迫り、暗くなりかけているというのにどこに行く気なのか。
引き止めるために名前を呼ぶと、不思議そうに振り返った彼女がにっこりと微笑んだ。
「どうしたの? リドルくん」
「こんなのただの紙切れだ。僕には必要ない」
彼女の絵を突き返すと、拒絶されたにも関わらずニコニコと微笑む彼女の姿。
怪訝そうに見ていると、彼女は突き返された絵を見ないでただ、僕の後ろを指差した。
「ねぇ、見てよ。リドルくん。
やっぱり私の画力じゃ届かないみたい」
振り返るとそこには僕達がいつも過ごすホグワーツ城の姿。彼女が描いたホグワーツ。
一瞬、思わず僕は息をのんだ。
暗く大きくそびえるホグワーツからは、まばゆい光が溢れている。
彼女の描いたホグワーツも輝かしかったが、本物はそれとは比べることが出来ないくらいに眩しい光を浮かべていた。
まだ生徒達は起きている。静かなハズなのに城からはその生徒の声が聞こえてくるような気がした。
「いつかね」
彼女がいつの間にか地面に座っていた。見上げるようにホグワーツを見つめ、そしてうっとりとした視線を向けていた。
「このホグワーツを描いてみせるんだ。紙の中にこのキラキラとしたものを閉じ込めてやりたいの」
ほんの少し、一瞬だけ、その言葉が引っかかった。彼女がスリザリンにいる理由がわかった気がするのだ。
「………君がスリザリンに来たのはその独占欲があったからかい?」
「うん。多分ね。私、昔から欲しいものはこうやって絵に描いて閉じ込めてしまいたくなるの」
なんと平和な独占欲だろうか。
「その欲しい物を僕に渡して良かったのかい?」
僕が手に持った絵を彼女へ再び見せると、彼女は「うん」と頷いた。
「リドルくんが持っている方が似合ってると思ったから。
これでリドルくんも寂しくなくなるよね」
またふざけたことを言う彼女。僕が寂しいだなんてあるわけないと言うのに。
苛としたが、微笑む彼女は何も変わらずホグワーツを見つめていた。
僕と一緒にいて僕を見ない女生徒がいるだなんて。生意気。
「ふふ。ホグワーツが欲しいだなんておかしいよね」
やはり僕を見ずに、ニコニコと笑う彼女。僕は静かに溜め息をひとつ零して、彼女の隣に腰を下ろした。
「じゃあ、僕がいつか本物のこの城を手に入れてあげるよ」
「? リドルくん、校長先生にでもなるの?」
やっとこちらを見て小首を傾げる彼女に僕は微笑みを、偽りのない微笑みを浮かべてあげる。
そこで気づく。あぁ、きっと僕はこの子が気に入ったのだ。
僕を賞賛するだけではない、面白そうな異端なる玩具。
「いいや。いずれ僕はこの魔法界を支配する。
そうすればホグワーツも自由に出来る。君をこの城の持ち主に、校長にしてやってもいい」
「………へぇ。リドルくんって、そんな凄いこと考えていたんだ。楽しそうね」
微笑む彼女はやはり異端。狡猾なるスリザリンにいるべくした人材。
「私も混ぜてくれる?」
「君が望むなら」
「うん。リドルくんについていくよ」
僕に顔を向けた彼女は真剣な表情をしていた。僕は微笑みとともに彼女の頬を撫でてあげる。
「リドルと呼ばれるのは好きじゃない。2人でいるときは僕のことを『ヴォルデモート卿』と呼べ」
彼女は僕の手をとって、手の指先に軽くキスをした。
「yes,Lord Voldemort」
支配感に充実しながら、僕は彼女のために、マリアのためにこの城を僕のものにしようとその瞬間決めた。
(異端者達。)
そしていつしかマリアはヴォルデモート卿の1番の側近、死喰い人達の王女になった。