【はなびらひらひら】(ファイ)
旅をしていました。それはサクラ姫の記憶の欠片である羽根を探す旅でした。5人と1モコナで巡る旅は確かに大変ではあるけれど、私はいつしかこの旅路を、とても心地よく感じていました。
小狼くんと調べ物をして夜更ししてしまったり、サクラちゃんと一緒にお買い物を楽しんだり、モコナちゃんとお菓子作りをしたり、黒鋼さんと子供のような口喧嘩をしてみたり。
中でも、ファイさんとお茶会をする時は私の幸福の時間。
無意識のうちに金色の髪と蒼色の瞳を追いかけながら。彼が私の名前を呼ぶたびに、どきどきと自然と高鳴る鼓動を感じながら。
淡い恋心を落とした紅茶には、余計な砂糖さえ要らないぐらいに。私はファイさんのことが大好きでした。
でも、この旅はただの観光目的の旅ではないのだから、これは私だけの秘密。
(秘密、の筈なんだけれど……)
「じゃあ、いってらっしゃーい」
「お気を付けてくださいね」
にこにこと優しげな笑顔で手を振るファイさんの隣で、私も一緒に3人1モコナへと手を振っていました。
彼らは昨日到着したこの新しい国の情報収集へと出かけるところでした。
今日はファイさんと私の、2人でお留守番なのです。
私が自身の恋心に気が付いた時、私がとった行動はその恋心を秘密にするということでした。
弱い私の足枷になってしまわぬように、順調な旅を続けられるように。私はこの気持ちを誰にも打ち明けたりはしませんでした。
ですが、私と一緒に旅をしている人達は子供達も含め、聡明な人ばかりで、極力バレないように行動していたつもりだったのに、私の小さな隠し事などとうの間にバレてしまっているようでした。
というのも、自然と、そしてそれとなく、私とファイさんの2人で行動することが多いのです。
最初は私も気が付いてすらいませんでしたが、それも何度も続くようになると感づいてしまうものですね。
ほら今も、ぴょこんと跳ねたモコナちゃんが私達に向かって「頑張ってねー!」と声をかけます。
すぐに黒鋼さんの手がかじりと鷲掴みにして、強制的に連れて行きましたけれども。
応援してくれるというのは心強いものです。若干照れつつも苦笑を零す私ですが、隣に立つファイさんが気になって仕方がありません。
そりゃ私だって、好きなひとと一緒にいれるのはとてもとても嬉しい事なのです。
いつもはみんなに優しいファイさんを、2人きりの今この時だけは、私にだけ優しいファイさんにしてしまえるのですから。幸福なことには違いありません。
ですが、誰よりも聡いのは当のファイさんも同じなのです。きっと、気を使ってくれているみんなのことも、そして私のことも彼は気付いてしまっていることでしょう。
それだけがとっても恥ずかしくて、そしてとってもとっても恐ろしいことでもありました。
柔和に笑う彼の影。時折見せる寂しそうな顔。心に引かれた見えない境界線。
触れてみて拒絶されることが何よりも恐ろしくて、なのに我侭な私はもう少し彼に近付きたいと願ってしまうのです。
そしてちゅうぶらりんとなった私は今日もこのバレバレな恋心を、それでもただひたすらに隠しているのです。
「今日は天気もいいし、みんなを待ってる間、外でお茶するー?」
他のみんなが出かけて行き2人きりとなった時に、ファイさんが不意にそう提案しました。
私はにっこりと笑顔を向けます。
「いいですねぇ。私、お菓子を持ってきます」
「じゃあオレは外の準備してるね」
にこりと笑ってお茶菓子を取りに行く私と、テラスに出て準備をするファイさん。手際がいいのは単純に手馴れているというのと、そして私が期待していたからというのもあるからでしょう。
私はご機嫌なまま銀色の円型のトレーに紅茶セットとお茶菓子を乗せてテラスへと出ます。
本当に今日はいい天気です。ひらひらと舞っている名も知らない小さな花弁も、遠くで清らかに鳴いている姿見えない小鳥も、今日という良き日に拍車をかけています。
たまたま借りることの出来たこの家も、内装も外装も本当に素敵な家で、旅をしているこの面々で暮らすのもいいかなと思えてしまうほどです。
でもそれではサクラちゃんの羽根を探せなくなってしまうので、私達は絶対にひとつどころに留まる気はありませんけれども。
そんなことを考えながらトレーをテーブルに置いて並べていると、ファイさんが不意に私の名前を呼びかけます。
きょとんとして顔を上げると、にこりと笑ったファイさんが私の頭に手を伸ばして髪を少し撫でていきます。
突然のことに驚いて目をしろくろとさせていると、悪戯に笑うファイさんが手を離して、握った手の中からひらりと花びらを出しました。ファイさんは悪戯に笑っています。
「お花。髪についてたよー」
「あ、ありがとうございます」
真っ赤に染まった顔で私ははにかんでお礼を言います。手のひらに乗っている花びらをふうと風に返したファイさんは「どういたしましてー」といつものように優しく微笑んでいるのです。
そんなファイさんを眺めながら私は狡いなぁと苦笑すら零してしまいます。
だって私の心に気がついていて、そんな風に優しく触れるというのなら、彼はとっても狡い人です。嫌な気持ちは全くしないというのが困りものではありました。
複雑な思いを抱えながら、私は椅子に座って、頬杖をつきながらファイさんが紅茶を淹れて下さるのを見つめます。
白くて長い指先が慣れた手つきで紅茶を淹れていきます。出来上がった赤く透き通った紅茶から良い香りが漂います。
「はいどうぞー」
「ありがとうございます」
ファイさんが淹れてくださった紅茶のカップを受け取ります。指先から広がる熱を心地よく感じます。
ファイさんとのお話は他愛もないものが殆どです。
今日の晩御飯はどうしようかとか、出かけて行った小狼くん達は大丈夫だろうかとか、この舞っているお花が黒鋼さんの話では『ウメ』と呼ばれるものなのだとか。
「黒ぴーがさらっとこのお花のこと言うんだもん。似合わないなぁって笑っちゃったよ」
「あはは。確かに似合ってはいませんね。でも、本当に綺麗なお花です」
ひらりとまた花びらが1枚、私達の間に落ちてきます。ファイさんとのお茶会で幸せを堪能している中、頭の片隅で私はそれ以上を望んでしまいます。
花びらがまたひらり。真っ白い花を見て思い出したのは、頑張ってねと言って小さな手を振った真っ白いモコナちゃん。頑張って、と、言われましても…。
「……気付いてます?」
狡い私はお話の途中で、主語を抜いて彼へと問いかけました。視線は残り少なくなってきた紅茶に注がれます。
「んー? なにに?」
問いかけるファイさんは、きっといつものように微笑んでいるのでしょう。みんなにもバレているこの恋心。敏い彼だけが気付いていない訳はないのに。
私は、このまま以前と同じように、何も知らないふりが出来ます。何も気付いていないふりが出来ます。
でも、それでは昨日と変わらないから。
ようやっと心を決めた私は、紅茶から視線を外して、目の前のファイさんを見つめました。
彼の蒼くて綺麗な瞳に見惚れそうになりつつも、私は小さく口を開いて問いかけました。
「私がファイさんのこと気になっているの。ファイさんも気付いてますか?」
「えっ?」
大きく目を開くファイさんに、私は身構えます。優しい彼は見えるようには嫌がったりはしないでしょう。
だから、私も、彼の反応を見ながら、そんな彼の優しさに甘えて「冗談ですよ」となんでもないように笑えばいいのです。
そうやって彼が次の言葉を放つまで身構えていた私。数瞬が何時間にも思えるぐにゃぐにゃな時間間隔。
沈黙が恐ろしくなった私が口を開こうとした時、なんと。私が見ている間にファイさんの表情はみるみる真っ赤になっていくではありませんか。反対に私の表情に驚きが足されていきます。
はっとした彼は両手で顔を覆いますが、耳まで赤に染まっていて、その手はあまり意味を成していませんでした。
どきどきと高鳴っていく私の心臓。相手に聞こえる筈のない私の鼓動。そして、私に聞こえてくる筈のない相手の鼓動。
数瞬の間、私達は黙り込みます。花びらだけがひらひら落ちていきます。次に口を開いたのはファイさんでした。
「あははー、なんか、恥ずかしいなぁ。これじゃあバレバレだよね」
照れたように笑うファイさんにまたとくんと心が震えます。
私の思いがバレているんだと思っていました。ですが、どうやらそれは全て私の勘違いだったようです。
むしろ自分のことで精一杯で、ファイさんが隠そうとしていたことを、私は気付いていませんでした。
心から想いが溢れ出しそうになって、なんだか涙が込み上げてきます。
途端彼に触れたくなってしまって、恐る恐るといったふうにファイさんの真っ赤な頬へと手を伸ばしていました。
「ファイさん、私、」
言葉が途中で詰まってしまい、息が止まりそうになります。
その時、ファイさんがぱっと顔を上げて、その蒼い瞳で私を射抜きました。伸ばしかけた手がぴたりと止まって、そしてそんな私の手よりも先に、ファイさんの手が私の頬に触れていました。触れられた箇所をやけに意識してしまいます。
「あのね、オレ」
息の飲むようにひと呼吸置くファイさん。顔を赤くしているファイさんなんて、今まで見たことがありません。彼は赤い顔のまま、小さく口を開きました。
「ひとりじめしたいなぁって、思っちゃったんだ」
彼は言います。だから、私以外の他の面々には、それとなく私への好意を宣言していたのだと。な、なんですってー!
私とファイさんが2人きりになる確率が多いのは、決して私の恋心がバレていたわけではなかったのです。
あぁ、だからさっきモコナちゃんが頑張ってと言っていたのは私に向かってではなくてファイさんに向かってだったのかと思うと驚愕に口元を覆う私ですが、次にはにっこりと笑顔を返していました。
だって、私が好きなひとも私のことを好きでいてくれただなんて、こんなにも幸せなことはありませんもの。
「………私も、ですよ」
誰にでも優しい貴方を、私だけの特別に。ファイさんもぱちりと瞬きをして驚きの表情を浮かべて、でも次にははにかみながら私の手を取ってくださいました。包まれた手を握り返して、2人で照れたように笑い合います。
バレバレだったこの恋心達が叶ったということを祝福するように、私達の間にひらりひらりと花びらが舞っていました。
(はなびらひらひら)