目の前では炎が燃え上がる。熱気は確かに漂っているが、小狼が操っているのか、炎が直接澪達の所まで来ることはない。
「モコナ! 羽根の波動は!?」
「感じるけど、まだ誰か分からない」
笙悟と戦いながらもモコナに問いかける小狼。戦いは徐々に白熱していっているが、羽根の反応はまだ感じ取れないようだ。
モコナの声を聞いて小狼はゆっくりと左腕を上げる。すると彼の左腕に炎が纏わり、そして炎の渦は大きな波動と化して笙悟の巧断が放った水の銃弾を貫き、彼の足元へとぶつかった。
遠く飛ばされた笙悟が、エイの巧断の水で出来た身体に包まれ、小狼と対局の場所へと無事着地していた。
笙悟は髪から滴る水を払い、そして不敵な笑みを浮かべながら小狼を見る。
「すげー。ここまで吹っ飛んだの初めてだぜ、俺。
まじで強いなシャオラン。巧断は心で操るもの。なんでそんなに強いんだろうな」
小狼は真っ直ぐ笙悟を見る。迷うことなく事無く真っ直ぐ答える。
「やらなきゃならない事があるんです」
その答えに笙悟は静かに頷いた。その口元には笑み。
「なるほど。
みんな逃げろよ!! SET! GO!!」
掛け声と同時に、笙悟の巧断から大量の水が生み出され、水流が小狼を一瞬で飲み込む。
阪神城が大きく揺れ、水が跳ねる。澪がよろけて咄嗟に隣にいた黒鋼の腕を握る。
「小狼くんー!!」
阪神城の上から戦況を見つめていた正義が慌てて水に埋もれた小狼を探そうとするが、黒鋼とファイは黙って水面を眺めている。心配に泣き出しそうになっている澪も、ぐっと堪えて黒鋼の腕を握ったまま駆け出したいのを堪える。
すると一部の水が蒸発して、水の中から静かに小狼が現れた。彼の姿を見て澪はようやく一息つく。上で見ていた正義は小狼の強さを目の当たりにして目を瞬かせていた。
「……すごい…。外国から来たって言ってたのに…、もうあんなに巧断を使いこなしている。
…僕も強くなりたい。あんな風に強く!」
正義が小狼を見て叫ぶ。涙すら浮かべて、憧れの小狼を見つめる。
そこで上から建物の瓦礫が落ちてきた。いつもだったら彼は真っ先に逃げていた。だが、今は違う。正義は立ち上がり、腕を伸ばし、プリメーラとモコナを庇う。
「だめだ! 1人で逃げちゃ! 守らなきゃ! 強くなるんだー!!」
その時、モコナの目が、めきょと開いた。澪が『それ』を見上げる。澪だけではなく、この場にいる全員の視線が集まる。
「え? えぇっ!? おっきい!!」
「あった! 羽根!! この巧断の中!!」
全員が見上げる先には。
阪神城よりも更に巨大化した正義の巧断がいた。澪達3人はその大きな建物と化した巧断を見上げて驚きと感心の声を上げる。
「なるほど、巧断を人捜しに使ってもモコナが反応しないわけだ。
巧断は憑いた相手を守る。1番強い力を発揮するのは、守るべき相手が危機に陥った時。前にモコナが羽根の波動を感じた時も、彼が危ない目に遭っていた時…。そして今も崩れる城から守ろうとしている」
ファイが巧断を見つめながら言うと、正義の巧断は、正義を抱えたままそこら中を攻撃していた。澪はそれを思わず指さしながら戸惑いの声をかける。
「え。で、でも、いろんな所、攻撃してます!」
「ぼ…僕はもう大丈夫だから! 元に戻って!」
正義も巧断を止めようとしているが、彼の巧断は攻撃を止めずに歩き続ける。
正義の巧断が大きく口を開き、そして光線が放たれた。光線は半壊していた阪神城を大きく抉り、大量の瓦礫が澪達の元へと降ってくる。
驚きで身動きが取れなくなってしまった澪を、隣にいた黒鋼が小脇に抱えてファイと共に少し離れた場所へと移動する。小狼も場所を移動し、4人は合流する。
黒鋼に下ろされた澪は涙目を浮かべつつ、安堵の息をつく。彼女を助けた黒鋼は大して気にすることもなく、正義の巧断を見上げていた。
「どうなってんだ? あの巧断は?」
「羽根の力が大きすぎるんだなぁ。正義くん、あの巧断を制御しきれてない」
黒鋼の疑問を魔術関係に強いファイが答える。巧断の手の中で守られながらも悲痛に静止の声を上げている正義の姿が見えた。
小狼が一歩前に踏み出す。黒鋼が静かに問うた。
「どうする気だ?」
「さくらの羽根を取り戻します」
「でも…! あんなに大きいのとどうやって。小狼くんに何かあったら…」
澪が思わず小狼の腕を掴んで引き止める。さくらの羽根は確かにそこにある。でも小狼が死んでしまったら元も子もないではないか。
だが、不安げな澪に小狼は簡潔に言葉を返すだけだった。
「死にません。まだ、やらなきゃならないことがあるのに死んだりしません」
小狼の目はただ真っ直ぐだった。澪も彼の目を見てぐっと押し黙る。
ファイが瞳を閉じてふりふりと手を振った。
「ここは黒ぴーが何とかするから行っておいで」
「俺かよ!!」
「……。わかった。行ってらっしゃい。小狼くん」
『いってらっしゃーい』
澪も一瞬目を閉じてから、にっこりと気丈に小狼へと笑いかけて、彼を引き止めていた手を離す。
小さく笑みを返し、「行ってきます」と返事をする小狼に、澪とにゃんくんで手を振り見送る。
駆け出す小狼の背中を見ながら、ファイは優しげな声をかける。
「小狼くんは強いねぇ、色んな意味で。彼にどうして炎の巧断が憑いたのか分かる気がする」
「…はい」
澪が同意の声を返す。
炎の様に真っ直ぐに。サクラを助けるために。それだけのために。
澪は小狼の背中を見つめたあと、思わず手を組み、小さく祈る。
「羽根が無事に回収できますように」
†††
正義は暴走する巧断に何度も止まれ、止まれ、と叫ぶが彼の巧断は全く攻撃を止めない。歩みは止まらない。
そこで巧断の中にキラキラ光る物を見付けた時、小狼が巧断と目の前の街頭に降り立った。バッと正義が視線を彼へと向ける。
「小狼くん!!」
「おれには探しているものがあるって言いましたよね。今、君の巧断の中にそれがあるんです」
「こ…これですか!?」
正義は先程見付けたキラキラと光る物を指す。
「でも! 今僕の巧断は全然言うこと聞いてくれないんです! 近寄ったら、小狼くんに怪我を…!!」
正義が忠告している途中で、小狼は構わず巧断の中に手を伸ばした。
そして中にある羽根を掴もうとするが、巧断からは拒絶するかのように火が溢れ出し、小狼を包む。
正義がそれを見てはっと身を乗り出す。
「僕の巧断から火が!! やめろー!! 小狼くんが!! 小狼くんが…死んじゃうよ!!」
彼の手は羽根に伸ばされる程に炎に晒される。だが、それでも小狼は離れず、さらに先へと、羽根を掴もうと手を伸ばす。だが、そこで正義が突然胸元を抑えて呻いた。
「熱っ!!」
「正義くん!!」
正義がぎゅうと胸を抑えるのを見て、小狼ははっと声を掛けて手を止めた。しかし正義は痛みを、熱を、我慢し、涙を浮かべながらも小狼を真っ直ぐに見つめ返す。そして、声を上げた。
「取…って…下さ…い! 僕の巧断の中にあるものが、小狼くんの探していたものだったら、ちゃんと渡したい…!
だから熱くても平気です!! 取って下さい―!!」
小狼は正義の言葉に頷き、再度手を中に入れ、力を振り絞り羽根を掴んだ。そして光を引き抜くと同時に、正義の巧断はしゅるしゅると元の大きさへと戻る。
小狼と正義達が地面に足を着けると、突然雨が降り出す。
「とりあえず、火事になるのだけは防げたかな」
空を見上げると笙悟の巧断があたりに散らばった火を消していた。
羽根を握る小狼の姿を見た澪は自身の身体がしっとりと雨に濡れていくのも構わずに嬉しそうに手を打ち合わせた。
雨の中、小狼も羽根を大事に握り締め、じっと羽根を見つめていた。
「さくらの羽根…さくらの記憶…ひとつ取り戻した…」