視界が開けて目に入ったのは沢山の人々だった。
次の世界に到着した澪達は、突然空に投げ出され、果物類が沢山詰まっている箱の上へと落下した。
サクラと手を繋いでいた澪は咄嗟に彼女の身体を抱き寄せる、が、受身の取れないまま背中から落ちる。
多少の痛みを覚悟した澪だったが、ちょうど黒鋼の上に落ちて痛みはほぼなかった。
「す、すみません…」
少々目を回しつつも謝罪を告げる澪。大して気にしている様子はない黒鋼が周りを見渡しながら呆れた表情を浮かべていた。
「ああー? 次はどこだ?」
「わー、なんか見られてるみたいー」
「モコナ、注目のまとー!」
突然現れた澪達に不信の目が集まる中、モコナだけは元気に跳ね回る。
「なんだこいつら! どこから来やがった!!」
近くにいた身体の大きな男がサクラの腕を乱暴に掴み引き寄せた瞬間。
「お」「あ」「わ」「きゃ」
楽しげな黒鋼、笑顔のファイ、ハートを飛ばすモコナ、口元を覆う澪。
仲間達のそれぞれの声を同時に浴びながら、小狼は瞬時に立ち上がりその男の顔面に足技をかけていた。
男はサクラを離し遠くに吹っ飛ぶ。サクラを背に庇いながら小狼は真っ直ぐに吹き飛ばした男を睨んでいた。男の周りにはいつの間にか親衛隊のような人々が集まっていた。
「おまえ! 誰を足蹴にしたと思っているんだ!?」
「やめろ!! 誰かれ構わずちょっかい出すな! このバカ息子!!」
男が立ち上がり小狼に襲いかかろうとしていると屋根の上から女の子が出て来た。
「春香!! 誰がバカ息子だ!!」
「おまえ以外にバカがいるのか?」
春香(チュニャン)と呼ばれた女の子は、心底馬鹿にしたようにキョロキョロと周りを見渡し、男は怒りで体を震わせた。男の周りにいた親衛隊の方から非難の声が上がる。
「失礼な!! 高麗国(コリョコク)の蓮姫(リョンフイ)を治める領主(リャンバン)様のご子息だぞ!」
「領主といっても、1年前まではただの流れの秘術師(シンバン)だっただろう」
言い争う2人。澪達は首を傾げながらも静かに聞いていた。
「親父(アボジ)をばかにするなー! 領主に逆らったらどうなるか、分かってるんだらうな! 春香!!」
男の言葉に春香は悔しそうにグッと下唇を噛み締めた。男は覚悟しろよ!と叫ぶと親衛隊を引き連れて帰って行く。
男が居なくなると小狼は改めてサクラに向き直る。澪も不安そうにサクラを覗きこんだ。
「怪我は?」
「大丈夫です。ありがとう」
どこか他人行儀にお礼を言うサクラに、小狼は微かに寂しそうな顔をして微笑む。
そこで周りを見ると澪達が着地した際にどうやら売り物の果物類を散乱させてしまっていたようで、澪と小狼が同時に、あ。と声を出して、慌てて果物を拾い集める。
「す、すいません!」
「いいんだよ。お嬢さんも怪我はないかい?」
「はい。大丈夫です」
澪はニコニコと街の住民達と話す。面倒くさそうにしていた黒鋼もファイに呼び出され、みんなで荒らしてしまった市場を片付ける。
そんな中、春香はハッとしたように小狼達を見た。そして一言、はっきりと。
「へんな恰好」
言い切った。
「あはははーへんだってー。黒りんの格好ー!」
「俺がヘンならおまえらも変だろ!」
「せ、制服を変と言わないでください! 学校が決めたものです!!」
ファイは黒鋼を指し笑い、澪は寂しげに叫ぶ。
そこで春香が何かに気がついたように、ねむねむと瞬きをしているサクラの腕を引いて走り出した。
「おまえ達、ひょっとして…!! 来い!」
「あ! 待って下さい!」
突然の行動に小狼が慌ててあとを追い、澪達も市場の人達に謝罪の声をかけつつも、小狼達を追いかけて走り出した。
†††
春香とサクラを追い、辿り着いた場所は広い一軒家だった。
サクラと小狼は春香の前にちょこんと座らせられている。ファイは部屋を見回し、澪はそんなファイの隣で大人しく座っており、黒鋼は阪神共和国で購入したマガニャンを読んでいた。
小狼がおどおどと春香に声をかける。
「あ、あのここは…」
「私の家だ」
「どうして急に…」
「お前達、言うことはないか?」
「え? え?」
「ないか?」
真っ直ぐに何かを聞きたそうに見てくる春香に、押され気味の小狼は困惑する。
「おれ達はこの国には来たばかりで、君とも会ったばかりだし…」
「本当に、ないのか?」
「ない、ん、だけど…」
詰め寄って来る春香に、小狼は後ずさりしながら答える。春香は諦めたように溜め息を零した。
「良く考えたら、こんな子供が暗行御吏(アメンオサ)なわけがないな」
「あめんおさ?」
きょとんとサクラが眠たそうにしながらも問いかける。また目をこすろうとしているのを見て、澪はサクラの顔を覗き込みながら、「あまりこすっちゃだめだよ」と優しげに声をかける。
春香は静かに暗行御吏について説明を始めた。
「暗行御吏はこの国の政府が放った隠密だ。
それぞれの地域を治めている領主達が、私利私欲に溺れていないか、圧政を強いていないか監視する役目を負って諸国を旅している」
「水戸黄門だー!!」
「スケサン、カクサン!」
春香の説明にモコナが嬉しそうに飛び掛かり、澪も相乗して答える。澪と頬をすり合わせるモコナを指差して、春香はおずおずと戸惑いの声をかけた。
「さっきから思ってたんだけど、なんだそれは!? なんで饅頭が喋ってるんだ?」
「モコナはモコナー!!」
「まぁ、マスコットだと思って」
澪の手から飛び出し、春香に飛びついたモコナに彼女は肩をはね上げて驚いていた。ファイはにこにこと笑みを浮かべながら春香へと顔を向ける。
「オレ達をその暗行御吏だと思ったのかな。えっと…」
「春香(チュニャン)」
「オレはファイで、こっちが小狼くん。こっちがサクラちゃんと澪ちゃんで、そっちが黒ぷー」
「黒鋼だっ!!」
ファイが黒鋼の事をさらりと渾名で紹介すると、黒鋼はマガニャンから目を外し怒鳴る。大声に澪の肩が驚きで跳ねる。
そして、当のファイは気にする事なく、話を戻した。
「つまりその暗行御吏が来て欲しいくらいここの領主は良くないヤツなのかな?」
「最低だ! それにあいつ母さん(オモニ)を…」
「何の音…?」
話しをしている最中に強い風の音が聞こえてきて、家がギシギシと激しく揺れ始めた。澪が不安げに天井あたりを見上げる。
異変を探ろうと扉に近寄った澪を春香は留めた。
「外に出ちゃだめだ!!」
春香が叫ぶと同時に外から突風が吹き抜け、窓や扉が勢い良く開いた。
部屋中を吹き荒れる風に、小狼はサクラを抱き締め、黒鋼は飛ばされそうになっている澪の腕を掴んで引き寄せた。
暫くして風が収まると、竜巻に巻き上げられて、屋根には大きな穴が開いていた。
神妙な顔をしたファイはその大きくあいた穴から空を見上げる。
「自然の風じゃないね、今の」
「領主だ! あいつがやったんだ!!」
春香が叫んだ。澪は不安顔でファイと同じく空を見上げる。その時黒鋼の不機嫌そうな声が澪にかけられた。
「おい」
「黒鋼さん?」
「は、な、れ、ろ」
黒鋼は既に手を放していたが澪はずっと黒鋼を抱き寄せたままだった。
それに気がついた澪は一気に顔を真紅に染め、バタバタと無言のまま黒鋼から離れ、サクラの側まで行ってから、黒鋼に声をかける。
「す、すいませんでしたぁ……」
サクラが眠たそうに顔を染めた澪の頭を撫でていた。なでなで。