その次の日。春香の家の屋根では腹立たしそうな、賑やかな金槌の音が響いていた。

「何でっ! 俺がっ! 人ん家! 直さなきゃ、ならねぇんだよっ!」

小狼とサクラと春香が町に出て行ったあと、ファイと黒鋼は風によって壊れてしまった春香の家の屋根を直していた。ファイは板を渡し、黒鋼が屋根を金槌で打ち付ける。
澪も何か手伝おうと頑張って屋根に登り、黒鋼の隣にいたが、現状、彼女に手伝える事はなさそうだ。

「ほ、ほら、泊めていただけましたし…」
「ならお前も見てねぇで手伝え!」
「は、はい!」

澪は頑張ってファイから渡された板を受け取るが、力が足りないのかふらついている。落とすことは無いだろうが、何にせよ見てて危なっかしい。
黒鋼がぽつりと言葉を零してから澪から板を奪い取るように受け取った。

「……お前、やっぱ黙ってろ」
「すいません……」
「女の子に手伝わせようとする黒ぴーが悪いー」
「お前はもっと黙ってろ!」

その後、不満げに屋根直しに戻った黒鋼が呟く。

「で、いつまでここにいるつもりなんだ?」
「それはモコナ次第でしょー」

穴から覗いてくる黒鋼にファイは答える。モコナは小狼がサクラの羽根を見つけるまで次の世界に移動する気はないようだった。
黒鋼は眉根を寄せると、投げやりに、やけくそ気味に、釘を力強く打ちつけた。

「なんであの白まんじゅうは、あの小僧の肩ばっか持つんだ!」
「春香ちゃんの案内付きで偵察に行きましたし、何か分かるといいですね」

黒鋼は一旦手を止め、神妙な顔付きになった。

「しかし大丈夫なのか、あの姫出歩かせて。しょっちゅう船漕いでるか、寝てるかだぞ」
「足りないんだよ。羽根(キオク)が。取り戻した羽根は2枚だけだから」
「……戻った記憶もまだほんの少しでしょうし…」

澪が悲しそうに答える。ファイがゆっくり続けた。

「まだ、意志とか自我とかそんなものがないんだ。だから異世界を旅するオレ達に何も逆らわずついて来たんだろう。
 …まぁ、羽根が戻っても小狼くんとの思い出は戻って来ないけどね。
 それでも探すでしょう、小狼くんは。
 これから先、どんな辛いことがあっても」

全てを投げ打ってでも。小狼は全ての羽根を探すだろう。それほどまでに小狼はサクラが大切で、そして愛おしいのだから。
真剣なファイの言葉に、澪の表情も暗く落ちるが、当のファイはふにゃりといつものように笑うと、黒鋼の方を見上げた。

「とにかく修理しながら、みんなを待とうねー」
「って、ナニ茶飲んでくつろいでんだよ!」

いつの間にか来客用のお茶を出してきてゆったりと休んでいるファイに、黒鋼は思わず手に持っていたトンカチを投げつける。トンカチは見事にファイの頭へクリーンヒットし、穴からそれを覗いた澪からは短い悲鳴が上がる。
ファイは大して痛がっている様子もなく、そして反省している様子は全くないまま、へらりと笑った。

「黒ぴっぴの働く姿を見守ろうかなーって」
「おまえもやれよ!」
「ふぁ、ファイさん…大丈夫なんですか?」
「澪ちゃんもおいでー」

澪はファイの身を案じながらも、ちらりと働いてる黒鋼を見て、美味しそうなお茶につられて穴から下へと降りた。
だが、さすがに、みんなのような綺麗な着地は出来ず、べた。と転ぶ。
あ。と短い声を上げたファイが慌てて彼女へと駆け寄った。彼女の額に手を当てるファイ。澪は目を回しながらも顔を真っ赤にさせていた。

「大丈夫? 澪ちゃん」
「だ、だいじょうぶですー」
「そいつ、本当に大丈夫かよ……」

黒鋼の不安げな声が屋根の上から聞こえた。


†††


休憩後、無事に屋根の修理を終えた黒鋼とファイは、白と黒の石を並べていくゲームで遊んでいた。澪は対戦している2人の間で盤面を見つめる。
盤上では白が優勢。澪は不安げに黒鋼を見上げた。

「黒鋼さん、このままじゃ負けちゃいますよ」
「うっせぇ」
「ファイさん、とっても強いですね」
「ありがとー」

そんな話ながら対戦をしていると、やがて小狼達が帰ってきた。澪が小狼達に顔を向ける。

「帰って来たみたいですね。おかえりー。
 ……小狼くん?」

帰ってきた小狼は軽い怪我を負っており、春香は顔を俯かせていた。

暗い顔をした春香はそれでも奥の部屋から小狼を手当をするための道具を持ってきてくれた。
サクラがそれを受け取って小狼の手当をしつつ、向かった市場での話を聞いていた。

市場ではまた先程の領主の息子が好き勝手に暴れており、小狼がそれを阻止しようとしたところで、また『風』が彼を襲ったのだという。
そして領主の息子は無傷で城に戻り、市場は荒らされ、怪我をした小狼が帰ってきたのだった。

「しかし、そこまでやられて何で今の領主をやっちまわねぇんだ」
「やっつけようとした! 何度も何度も! でも領主が住んでいる城には秘術が施してあって誰も近寄れない!」

好戦的な黒鋼の言葉に、春香は悲痛な声で叫んだ。ファイがモコナに問いかける。

「それがモコナの感じた不思議な力かー」
「不思議な力がいっぱいで羽根の波動、良くわからないの」

しょんぼりと小さな肩を落とすモコナを澪は慰めるように撫でる。

「あの息子のほうはどうなの? 人質にとっちゃうとかさー」
「…おまえ、今さらっと黒いこと言ったな」

にこにこと笑うファイがさらりと誘拐案を出すと、黒鋼はこっそり呟いた。澪も驚き顔でファイを見る。
ファイは「ん?」ときらきらとした笑みを浮かべるだけだ。春香は悔しげに首を左右に振る。

「だめだ! 秘術で領主は蓮姫の町中を見張ってる! 息子に何かしたら…!」
「昨日とか今日の小狼くんみたいに、秘術で攻撃されちゃうかー」

うーんと声を上げたファイが言葉を続けた。

「1年前、急に強くなったって言ってたね、その領主。
 サクラちゃんの羽根に関係ないかなぁ」
「辻褄が合わねぇだろうが。記憶の羽根とやらが飛び散ったのは、つい最近の話だろ」
「次元が違うんだから、時間の流れも違うのかも」

ファイの仮説に、小狼が立ち上がり、扉へと向かった。澪はちらりと不安げに小狼を見上げる。

「確かめに行くの?」
「はい。その領主の元に羽根があるのか」
「待って! 小狼くん、怪我してるのに」

サクラは急いで駆け寄ると、小狼の裾を掴み引き止めた。小狼はサクラに優しく微笑むだけだった。

「大丈夫です。羽根がもしあったら取り戻して来ます」
「小狼くん…」

微笑む小狼に、心配げなサクラは眉根を寄せた。ファイが彼を遮るように片手をあげて声を出す。

「ちょっと待ってー。
 ん。安心して止めるワケじゃないから。
 でもね、あの領主の秘術、結構すごいものみたいだからねぇ。ただ行っただけじゃ無理でしょう。せめて城の入り口にかかってる術だけでも破らないと」
「ファイさん、術、解けるんですか?」
「無理」

即答したファイを、きらきらと期待した目で見ていた澪が力無く叩いた。ぽすっと力無い音が聞こえる。
にこにこと笑うファイの横で、モコナがぴょこんと飛び上がった。

「侑子に聞いてみよう!」

そう言うと、モコナの額にある赤い石が光り、光の先で侑子の姿が映し出された。そしてその投影が口を開く。

『あらモコナ。どうしたの?』
「しゃべったー!」
「わ。す、すごーい!」
「ほんとにモコナは便利だねー」
「便利にも程があるだろ!」

驚いている皆を横目に、通信機替わりにもなることがわかったモコナを抱えたまま、ファイは順を追って説明していく。

『なるほど。その秘術とやらを破って城に入りたいと』
「そうなんですー」
『…でも、あたしに頼まなくてもファイは魔法使えるでしょう?』
「あなたに魔力の元、渡しちゃいましたしー」
『あたしが対価として貰ったイレズミは『魔力を抑えるための魔法の元』あなたの魔力、そのものではないわ』
「まぁでも、あれがないと魔法は使わないって決めてるんで」

笑顔を貼り付けているファイ。黒鋼、小狼、そして澪の視線がちらりとファイへと向かう。
共に旅を始めたわけだが、まだ全てを打ち明けられる仲ではないのだ。

侑子はそれ以上は何も聞かずに話を続けた。

『いいわ。城の秘術が破れるモノを送りましょう。ただし対価をもらうわよ』
「これでどうですかー? 魔法具ですけど使わないし」

ファイは壁にかけていた杖を侑子に見せた。それは彼が元の世界から持っていた杖のはずだが、ファイはたいして惜しむ様子も見せてはなかった。

『…いいでしょう。モコナに渡して』

侑子の言葉の通り、杖の先をモコナへと向けると、モコナはその身体の小ささをものともせずに、高身長のファイよりもまだ長い杖をするすると飲み込んでいった。
春香が未知のモコナに顔を引きつらせながらサクラに抱きついている。ごっくん、とモコナが杖を飲み込み、そして代わりに何か黒い球体を吐き出し、小狼がそれを受け取った。

「これが秘術を破るもの…」

小狼が手の中に残る黒い球体を見つめるのを、澪も小狼の背中側から覗き込んで眺める。
そこで侑子は澪を見て思い出したように言った。

『そうだ澪。貴女もついて行きなさい』
「え」

行っても足でまといにしかならないだろうと、きっとお留守番であろうサクラと待っている気だった澪が、ぱちくりと瞬きをする。
だが、侑子の言葉である。素直に頷きつつも、やはり疑問は残るので澪は問いかける。

「わかりました。頑張ります。
 でも、どうしたんですか? 急に」
『たいした用ではないわ』
「?」

澪は首を傾げつつも、素直に頷き、モコナ共々、侑子に手を振り別れを告げた。


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