「誰だ? てめぇ」
「たがたが、100年程しか生きられぬ虫けら同然の人間達が、口の利き方に気をつけよ。…と言いたいところだが、久しぶりの客と…珍しきモノに免じて多めに見てやろう」
女が珍しいモノと言った視線の先には澪の姿があったが、なんのことかわからない澪は困ったように顔を歪めただけだった。女の言葉など無視して黒鋼が続ける。
「とりあえず、さっさと領主とかいうのの居所を吐け」
「黒ぷん、短気すぎだよぉ」
『面白い童達だ』
「褒められちゃったー」
「わー」
「餓鬼って言われてんだよ!」
小狼が女のいる場所まで近づいて行く。彼女と向き合って、小狼は真っ直ぐな目を向けて問いかけた。
「この城の中に捜し物があるかもしれないんです。領主が何処にいるか教えて頂けませんか」
『…良い目をしている。
しかし、その問いに答えることはできんな。それにここを通すわけにもいかぬ』
「それはーオレ達を通さないためには、荒っぽいコトもしちゃおっかなー。って感じですかねぇ」
『その通り』
女――秘妖(キイシム)が静かに微笑むと一瞬で周りの風景が変わった。
気付けば澪達は細長い岩の上に立っていた。何mもありそうな細長い岩の下には湖が広がっており、いつのまにか天井にも空が広がっていた。澪は軽く悲鳴を上げ、周りを見つめていた。
「な、なんですか!? これ!?」
「…幻か」
『いいや秘術だ。幻は惑わせるだけだが、私の秘術は…ただ美しいだけではないぞ』
秘妖が小狼に向かって指を弾く動作をすると水の塊が飛んでくる。小狼は腕で防ごうとするが、水に当たった部分が焼けて、溶けだした。澪がはっと口を覆う。
『私の秘術によって出来た傷は、すべて現実のものだ』
「ってことは、大怪我をすると――」
『死ぬ』
秘妖の言葉と共に、無数の酸の球体が襲ってきた。小狼達は岩や柱の上を跳び回りながら避け続けている。
澪はそんなことは出来ないので、涙目のまま岩の上で腰を抜かしてしまう。
「ちったぁ逃げろ!」
「きゃーっ!」
黒鋼の声が響き、岩の間を飛びつつ、澪の腰辺りを掴んで持ち上げる。澪は悲鳴を上げながら、黒鋼に荷物のように運ばれる。申し訳なさでいっぱいになるが、今は大人しく荷物になっている他ない。
その時、小狼が足場にしようと着いた石がスッと消え、右足が酸の水に焼かれる音が聞こえた。
澪がその音に耳をふさぎたくなるが、黒鋼に抱えられた状態ではそうもいかなかった。
秘妖の声が怪しく響く。
『この池もこの球と同じもので出来ている。そしてこの中の目に見えるもの、すべてが本当とは限らない』
「池に落ちたら、溶けちまうってことかよ!」
「黒みん、これ壊して」
ファイは木製の灯りの上に乗りながら、黒鋼に声をかけた。
「ああ? なんでだ!?」
「素手じゃ、いつまでも避けるしか出来ないでしょ?」
「自分でやれ!!」
文句を言いながらも黒鋼は柱を壊して、棒をファイに投げ渡した。黒鋼自らも棒を持ち、球を一気に割っていく。
「『ひゅー』黒さま、すてきー」
「だから口で言うくらいならやめろ!!」
「小狼くん、先に行った方がいいんじゃな、いっ?」
澪が黒鋼に抱えられたまま、小狼に声をかける。小狼は真っ直ぐに澪を見つめる。
「まだ決着は付いていません」
「でも小狼くんは足が動くうちに、行って? やるべき事ある、でしょ?」
「大丈夫! ここは黒ぴーがなんとかするから」
「また俺かよ!!」
澪の言葉にファイも声をかける。小狼はコクンと頷いた。
「…有り難うございます」
「あの上の方が魔力が薄い。小狼君なら出られるよねー」
ファイが真上を指し言うと、小狼の懐からモコナが出てきた。
「すごく高い。小狼届く?」
「それも大丈夫だよー。あのね…」
『何の相談かは知らないが、私をあまり退屈させてくれるな、童達』
「もう少しでーすっ」
ファイと小狼が話し合う間、黒鋼に一時降ろされた澪が秘妖に言葉をかける。
じっと澪の姿を見つめた秘妖は静かに澪へと呟きかけた。
「………童のような存在が2度生まれるとはな」
「え?」
「何があったのかは…。童は知らないのだろうな」
「えっと…? な、何の話ですか?」
秘妖の言葉に澪は首を傾げてしまった。
その時、後ろの小狼が黒鋼の持っている棒の先に乗り、黒鋼が振り上げる反動で大きく跳んでいた。
そして小狼は空と偽っていた天井を蹴り破り、部屋から脱出していった。澪は最後まで小狼の姿を見送っていたが、やがてそれも見えなくなる。
「2人ともカッコいいー『ひゅー』」
「だから、ソレ、止めろ!」
「私も『ひゅー』!」
「てめぇもか!」
ニコニコと笑う澪に黒鋼が叱責。1人逃がしてしまった秘妖がつまらなそうに呟いた。
『1人逃がしてしまったのだが仕方ない。
残った童に、少々灸をすえるとするか』
秘妖が手を上げると、上空で大きな水球同士がぶつかり合い、そこから雨が降ってきた。服が焦げ、肌が焼け。じわじわと3人に振り注ぐ。
「なかなかマジなピンチだねぇ」
「…ふん」
「髪が傷んじゃいます」
痛みを感じながらも。3人はそれぞれに言葉を交わした。
「この水、やっぱ痛いねぇ」
「当たったら服も体も溶けちまうみてぇだからな」
「本当に髪の毛…パサパサ……ショックです…」
黒鋼とファイが澪を挟むようにして背中合わせに立つ。
澪も確かに痛みを感じていたが、他ふたりに戦いを任せているということもあり、泣き言なんて言わないように口を閉ざす。
『先程の童と同じ方法では、逃げだせんぞ』
秘妖が澪達の乗っている岩の方を指すと、今までと同じように球が向かってくる。
冷静にファイは球に棒を振り上げた、突然、球は形を変え襲ってきた。棒を避けて球が横へ広がり、そしてファイを包み込むように弾けて広がる。
息を呑むファイ。咄嗟に黒鋼が澪の腰あたりを抱え、ファイごと横に棒を薙ぎ払う。弾けた水は数瞬前までファイがいたところで跳ね、足場である岩を溶かす。
腹部を抑えつつ咳き込むファイに非難するように彼は黒鋼に視線を向けていた。
「黒むーひどいー」
「ああしなきゃ、おまえ今頃死んでいたぞ」
「あ、ありがとうございます、黒鋼さん…」
瞬きの間に死んでいたかもしれないことに、黒鋼の腕に抱えられた時に気が付いた澪は未だにばくばくと鳴り止まない心臓を抑えながら、静かにお礼をつげる。
ファイがそれを見ながらもう1度不服げに言葉を零した。
「もっと優しく移動させて欲しかったよぅー。澪ちゃんみたいにー」
『なかなかやる童共だ。これは久しぶりに退屈せずに済みそうだ』