それから澪達は秘妖と別れ、最上階に続く階段を駆け登っていた。かなり長めの階段だ。ところどころ壊れているのは小狼が闘った跡だろう。
「な、長いですね」
「澪ちゃん、大丈夫?」
「頑張ります!」
澪が気合いを入れて言うとファイは微笑んだ。
そんな2人の様子を見て、黒鋼が軽く顔をしかめた後、澪の身体を軽々と抱き上げる。澪の悲鳴が上がった。
「きゃー? なん、何ですかっ!?」
「足。怪我してるだろーが」
パタパタと両手両足を振っていた澪の動きが止まった。「んー?」とファイが揺れる澪の足を見た。
左の足首、丁度衣服で隠れる場所が秘妖の酸で、赤く爛れていた。
ファイが気遣うように優しく触れると、澪の足が震える。
「結構焼けてるね」
ファイが無表情に呟く。黒鋼は黙って澪を抱えていた。恥ずかしくなった澪が声を上げる。
「黒鋼さん! 私、大丈夫です! 歩けますし! 黒鋼さんも、重いでしょうし……」
「だったら足、引きずってんな。黙って乗ってろ」
はっきりと言い切った黒鋼に澪は言葉を返せない。澪は何も言わずに黒鋼に抱かれたまま、両手で顔を覆い動かなくなった。髪の毛の隙間から覗く耳は真っ赤に染まっている。
苦笑を零すファイが澪の頭を軽く撫でて、階段を駆け出す。澪を抱えた黒鋼も、軽々と階段を登っていく。
そうして最上階に着くと、そこにはボロボロの姿の小狼。大きく丸型の鏡を抱えた春香とサクラ、棒を握った大勢の町の男達がいた。
彼らの視線の先には、ひび割れて、もはや原型を保っていない球状のガラスに入った羽根を持った領主が、腰を抜かし、へたりと地面に座り込んでいる。
「あれー? なんだか人がいっぱい?」
「3人とも遅いー!!」
「こっちも色々あったんだよー」
モコナは叫びながら、小さな体ごと黒銀に頭突きをする。ぽよんと跳ね返ってきたモコナを、黒鋼に抱えられたままの澪が抱きとめた。
小狼はゆっくりとした足どりで領主に近付いて行く。小狼の身体にもあちこち怪我や切り傷があった。
「……羽根を返せ。それはサクラ姫の記憶(もの)だ。…返せ」
「ま…待て! これを使えば春香の母親を生き返らせるかもしれん!
わ、わしを傷つけたり、殺したりすれば、それも出来なくなるぞ! この強大な力を使えば、きっと母親は………」
随分と勝手な言い分だ。後ずさりを続け、命乞いをする領主。春香が張り裂けそうな声を上げた。
「お前が殺したんだろ! この町を守ろうとした母さんを!!」
春香のそばにいたサクラがぼたぼたと涙を零す彼女を優しく抱き締める。
「それに! 母さん言ってた!
どんな力を使っても、失った命は戻らないって!!
どんなに私が会いたくてももう母さんには会えないんだ!!」
澪も思わず春香から視線を逸らして俯いてしまう。無意識のうちにモコナを抱えた手にも力が加わる。
モコナはじっと澪の顔を見上げ、小さな手を澪の頬に伸ばしていた。
小狼がちらりと後ろの春香を見る。そして静かに声をかけた。
「…春香、仇を討ちたいか。
それで気が済むならいい。けれど春香が手をかける価値のある男か?」
それを聞いた春香はぎゅうと目を瞑り、次に小狼を真っ直ぐに見る。殺そうと思えば殺せる。復讐のままに殺してしまっても、この場にいる人は誰も咎めないだろう。
それでも春香は静かに叫び声を上げる。
「こんな奴…殴る手が勿体ない!」
春香の答えに、小狼は静かに領主に近付いていく。一瞬だけ不安げにファイや黒鋼の顔を見た澪だったが、2人は静かに小狼を見つめていた。澪もそれに習い、小狼の背中を見つめる。
領主はゆっくりと近づいてくる小狼から後退りを続けていた。
「わ、わしに触るな! く…来るなー!」
『そこまでだ』