突然、領主の後ろから長く細い指をした手が現れた。どこからか現れた秘妖が領主を逃げないようにしっかりと捉えていた。

『よくも私をこんな城に閉じ込めてくれたな。
 このゲスは私が預かろう。……ゆっくり礼をせねばならん』
「い…いやだ!! やめろぉ!」

領主は何とか逃げようと暴れるが、秘妖は決して領主を放さない。今まで不本意に長い期間捉えられてきたのだ。
領主の周りを真っ黒い泥のような何かが包んでいく。

『安心しろ。秘妖の国で息子共々、最高の持て成しをしてやろう』
「いやだぁー!!」

叫ぶ領主の傍、秘妖は春香を見据えた。

『春香とやらはおまえか』
「…そうだ」

秘妖は春香を見つめ、優しく寂しげに微笑んだ。

『おまえの母親は良い秘術師だった。
 この領主の卑劣な罠によって亡きものとなったが、私との戦いで己を磨き、おまえが成長してそんな己以上の秘術師になることを楽しみにしていると言っていた。
 強くなれ、私と秘術で競えるほどな』
「…なる、絶対に!」
『では、またな。可愛い虫けらども。
 そして――澪』
「――え?」

そして秘妖は大量の泥とともに領主を連れてこの場から消えていった。名前を呼ばれた澪は彼らが消えていった場所を見つめ、目を瞬かせる。

空間にはサクラの羽根だけが残り、小狼は羽根を持つとすぐに振り返ってサクラへと羽根を差し出す。
羽根は空中に舞い、吸い込まれるようにサクラの中に戻ると、彼女は倒れるようにして寝てしまった。小狼はサクラが地面に崩れ落ちる前に強く抱きしめる。

「羽根もうひとつ…取り戻せた」

ぎゅうをサクラを抱き締める小狼がようやく安心した表情を見せる。黒鋼に下ろしてもらった澪もぴょこりと足を引きずりながらも、小狼とサクラの元へと駆けていく。


†††


家に戻ってきた澪達は春香から傷によく効く薬を貰っていた。一番怪我の多かった小狼も、黒鋼、ファイもこの薬のお陰で一通り綺麗に治っていた。
男性陣から離れ、奥の部屋に行き、薬を塗ろうとしていた澪が、脱いだ洋服を片手に抱えながら、違和感に自分の身体を見返す。

「……あれ…また……」

部屋に置かれていた姿見を見ながら澪が小さく呟き声を零す。じっと黙り込む澪に、隣の部屋から春香が声をかけた。

「澪も治ったかー?」
「う、うん! すっごく良く効いたよ、ありがとう!」


†††


「ありがとう。領主をやっつけてくれて」
「俺は何もしてないよ」
「小狼くん、前もそんな事言ってましたよねぇ」

控えめな小狼の言葉に、澪が思い出すように言葉を紡ぐ。

羽根を取り戻し、すぐさま旅立とうとしている澪達は、町の端で、春香や町の人達に見送られていた。
見送りを受けながら、その横で黒鋼とモコナは破けてしまったマガニャンについて言い合いをしている。モコナはまだ読んでいなかったらしい。

春香が小狼に再度お礼を告げる。

「あの城は秘術が解けなかったら、ずっと領主には近付けなかった。だから小狼達のおかけだ」
「いや、本当におれは何も…」

小狼が苦笑する。澪が苦笑を浮かべて小狼の顔を見上げる。ファイがお礼を言う。

「こっちこそ、ありがとぉ。春香ちゃんにもらった傷薬、良く効いたよー」
「うん。本当にすぐ治っちゃった」

ファイと少しだけ視線を逸らした澪が春香から貰った薬の事を褒める。
春香は嬉しそうに、照れ臭そうに笑顔を向けた。

「母さんがつくった薬なんだ。私にはまだ無理だけど、でも頑張って母さんに恥じない秘術師になる」
「なれるわ、きっと」

サクラが春香の手を握り微笑むと、春香は瞳に涙をため頷く。
するとモコナに羽根が現れ、魔法陣が浮かび上がる。まだ若干慣れない澪がぱっと空に浮かび上がったモコナを見上げた。周りの町の人達が驚き、ざわめく中、ファイが問いかける。

「あ、そろそろ行く?」
「行く」

短く答えたモコナ。春香がモコナを指さしながら、モコナとサクラの顔を忙しなく交互に見ていた。

「なんだ!? どこ行くんだ!? まだ来たばかりなのに…」
「やらなければならない事があるんだ。
 元気で」

風に包まれて。モコナに飲み込まれる瞬間に澪の表情がまた曇った。彼女の表情に黒鋼とファイが気づいたが、彼らは特に何も言うことはなく、モコナに飲まれていった。

(また怪我が無くなってた。私、こんなに怪我の治り…早かったけ……?)

澪の小さな疑問もすぐ風に流されていった。



(秘術の国)


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