「で」

到着したばかりの一行の中で、黒鋼の呆れたような、そして諦めたような声が聞こえる。

「どこなんだ、ここは」

一面に生い茂る木々。遠くを見渡せない程の深い霧。近くに民家がある様子はなく、自分達以外の人の気配もない。
そして見えるのは、目の前に広がる大きな湖。

新しく訪れた国は先程の高麗国とは変わってとても静かなところだった。

「おっきい湖だねぇ」 
「霧も深いですね」
「人の気配もないみたいですね」

ファイ、澪、小狼が周りを見渡し、それぞれに感想を告げる。
ファイが小狼の頭の上に着地したモコナを見た。

「モコナ、どう? サクラちゃんの羽根の気配するー?」
「強い力は感じる」
「どこから感じる?」
「この中」

モコナは小さな手で大きな湖を指す。黒鋼が見るからに嫌そうな顔をした。

「潜って探せってのかよ」

こくりと頷くモコナに澪も苦笑を零す。今のところ外気温はそこまで低くはないが、何時間も潜って探せるほど暖かい気温ではない。
不安げな顔をしたサクラが「待って」と慌てた様子で声をかけた。

「私が行きま、………す」
「サクラちゃん、危な…っ!」

話の途中でサクラはふらーと意識を失うように倒れこむ。近くにいた澪が慌ててサクラを支えた。
目を閉じたサクラの顔を心配そうな小狼が覗き込む。モコナがぴょこんと澪の頭の上に乗り移って、同じくサクラの顔を覗いていた。サクラは静かな寝息をたてて眠っていた。

「サクラ、寝てるー」
「春香ちゃんの所で頑張ってずっと起きてたからねぇ。限界がきちゃったんだね」

澪はサクラの顔にかかった髪を撫でて、自分自身も座りながら、眠ったサクラの頭を自分の膝の上に乗せて、膝枕をしてからファイ達を見上げた。

「どうしましょう。サクラちゃんの休めるようなお家を探しに行きますか?」
「うーん、そうだねぇ。じゃあ、オレと黒ぽんで探してくるから、小狼くんと澪ちゃんはサクラちゃんとここに…」

ファイがそう提案したところで、小狼は控えめながらも力強く手を挙げる。

「おれ、先に湖の中を調べてきます」
「…風邪ひいちゃうよ」

澪は心配げに小狼を見るが、小狼は安心させるように笑ってみせた。

「休み休み行くよ」
「………無理しちゃ駄目だからね」

一刻も早くサクラの羽根を探しに行きたい小狼。澪は未だに不安げな顔をしていたが、止めることは出来ないことを察して小さく首を左右に振るう。
ファイは自身が着ている暖かそうなコートを澪に渡す。澪はコートを受け取りながら眠ったサクラの身体にかけて、彼女の身体を近くにある大きな木の幹に寝かせる。

近くの散策に向かったファイ達と、そしてコートを脱いで湖に潜っていった小狼も見送って、澪はサクラが見える範囲で焚き火を起こせるような枯れ木を探して拾い集める。
残念ながらひとりで焚き火を起こせる気はしないが、小狼が戻ってきた時にすぐに暖まれるように準備しておいた方がいいだろう。

そしてサクラが目覚めたのはそれから暫く経ってからだった。
あたりの日はもう落ちて、時折湖から戻ってくる小狼が、サクラの様子を見つつも、少し休んだらすぐに湖に潜りに行くというのを繰り返していた。

火が消えないように時折、木をくべていた澪が、起きだしたサクラに気がついた。サクラも澪のことに気がついてぼんやりと声をかける。

「澪ちゃん…?」
「おはよう、サクラちゃん」

目をこすりながら身体を起こしたサクラに澪はにっこりと笑顔を向けた。ちょうど小狼が戻ってきた時で、彼は木の陰で洋服の水を絞っているところだった。
小狼もサクラが起きたことに気がついたのか、笑顔を浮かべながらサクラの傍に寄る。澪はちらりと小狼とサクラの顔を見比べて、立ち上がった。小狼とサクラが2人で澪を見上げる。

「もう少し燃やせる木を持ってくるね。近くにはいるから。何かあったら呼んで」

小さく手を振るって、澪は2人を残して周りを歩く。小狼も、そしてサクラもお互いを大切に思っている。邪魔はしてはいけない、と澪は小狼達から離れていく。

使えそうな枯れ木を拾い集めていると、少しして急に湖が眩しいくらいに強く輝きだした。
はっと視線を上げた澪が湖近くに残してきた小狼とサクラを心配して、慌てて来た道を戻る。
元の場所まで来ると、湖のすぐ近くにサクラが倒れているのを見つけて、澪は彼女のすぐそばに駆け寄る。

うつ伏せに倒れるサクラの頬に触れて、彼女が怪我もなく眠っているということに気が付くと、澪はひとまずは安堵の息をついた。

だが、近くに小狼の姿は見えない。サクラの近くに小狼のコートが落ちていることを見るに、再び湖へと潜っていったのかもしれない。

その時、散策に出ていたファイ達が戻ってきた。モコナがファイの肩から澪の近くへと飛び降りてくる。
澪は心配顔のモコナを安心させるようににこりと微笑みを浮かべた。

「サクラちゃんは眠っているだけだよ。……小狼くんは多分また湖に行っちゃんだと思う」

澪は未だにきらきらと水面を輝かせている湖に視線を向ける。先程のような強い輝きは一瞬だけだったようだが、今も湖は輝き続けていた。
モコナの頭を撫でながらも一瞬不安げな顔をした澪はちらりとファイと黒鋼を見上げる。ファイと黒鋼は小狼がいるであろう湖を見つめていた。

少しするとザパと音がして、湖から小狼が上がってきた。澪は思わず立ち上がって何があったかを聞こうとして、先にモコナが小狼へと駆け寄っていった。

「小狼!! サクラが! サクラがぁー!!」

モコナは迫真の声音で小狼へと向かっていく。ぱちぱちと驚きの瞬きをする澪前で、慌てた小狼がサクラの元へと駆け寄ってきた。だが、モコナがころりと声を変えてにっこりと笑顔を浮かべた。

「良く寝てるのっ!」

笑顔のモコナの言葉に、小狼は駆け出した勢いのままこけてしまった。モコナはぴょんぴょんと跳ねて、唖然と目を丸くしている小狼の頭へと乗る。

「驚いた!? 驚いた!? これもモコナ108の秘密技のひとつ、超演技力!!」
「モコナちゃん、小狼くんが可哀相よ…」

澪は小狼の頭で跳ねるモコナを受けとめて胸元に抱える。
モコナの頭を撫でながら、澪は小狼を困ったように見つめていた。ファイがふにゃりとした笑みを浮かべながら、口を開く。

「ほんとにびっくりしたみたいだねぇ。でも、きっとこれからも、こんなこといっぱいあると思うよ。
 サクラちゃんが突然寝ちゃうなんて、しょっちゅうだろうし、もっと凄いピンチがあるかもしれない。
 でも、探すんでしょう? サクラちゃんの記憶を」

ファイは眠ったサクラの髪を撫でて、それから視線をサクラに向けたまま、言葉を続けた。

「だったらね、もっと気楽に行こうよー。
 辛いことはね、いつも考えてなくていいんだよ。
 忘れようとしたって、忘れられないんだから。
 君が笑ったり楽しんだりしたからって、誰も小狼くんを責めないよ。喜ぶ人はいてもね」

ファイの言葉に澪はファイを見た。微かに澪は不安そうだ。
モコナが澪から再び小狼に飛び乗った。

「モコナ、小狼が笑っているとうれしい!」
「私も嬉しいなぁ」
「勿論オレも。あ、黒ぴんもだよねー」
「俺にふるな」

ぶっきらぼうに言いながらも否定はしない黒鋼に澪とファイはにこにこと笑顔を浮かべている。

すると澪達が騒がしかったのか、サクラがゆっくりと目を覚ました。数秒して覚醒した彼女は飛び出して、真っ直ぐに湖へ向かおうとした。

「小狼くん! 小狼くんが湖に!!」
「ここにいます!!」

急に起き上がり、周りも見ないで湖に飛び込もうとするサクラを、小狼とモコナが必死に抑えて引き止める。
小狼の声に驚きサクラは後ろを振り返ると、酷く安堵したように優しく微笑んだ。

「…良かった」

ファイがサクラに声を掛ける。

「あのねサクラちゃん。
 これから、どんな旅になるか分かんないけどさぁ。
 記憶が揃ってなくて不安だと思うけど、楽しい旅になるといいよね。
 せっかく、こうやって出会えたんだしさ」

サクラはにこりと笑い、頷くと、ペコリと皆にお辞儀をした。

「まだ良く分からないことばかりで、足手まといになってしまうけど。
 でも出来ることは一生懸命やります。よろしくお願いします」
(サクラちゃん偉いなぁ…)

澪はサクラの姿が眩しくて目を細める。

澪には何が出来るのだろう? 普通の学生でしかない澪に。
戦う術を持たない。他を助ける知識を持たない。自分ひとりの身も守れない。自分に、何が。

そんな思考を首を左右に振るって、振り払い、澪はトンッと小さく跳ねるとそのままの勢いでサクラに抱き着いた。
当のサクラは目をぱちくりと丸くさせて困惑しつつも、ほのかに頬を染めていた。

「えぇっ?」
「サクラちゃんが可愛いなぁって!」

ニコニコとサクラと笑い合う澪。その場でくるくる回りだした2人。サクラもなんだか楽しくなってしまったのが、笑顔を浮かべていた。ファイは女の子達の微笑ましい様子を見ながら、小狼に振り返った。

「そう言えば、湖の中大丈夫だったー? すっごい光ってたけどー」
「あ! 町があったんです!」
「まち?」

湖を指した小狼に、周りは困惑の表情を向けると、小狼は湖の中の様子を話してくれた。

湖の底には本当に小さな、両手で抱えられそうなほどのサイズの町があり、その周りを大きくて光り輝く魚が太陽の代わりに泳いでいたらしい。
先程の湖の輝きはその魚の輝きなのだという。

小狼はその光る魚から零れ落ちた鱗を持ち帰ってきていた。

「じゃあ、ここ国の人達はいなかったんじゃなくて、湖の中で住んでいたのね。
 不思議…」

澪はその一抱えもある鱗を不思議そうに見つめる。大きくて光っていること以外は澪が知っている魚の鱗と同じようで、触れても特に温もり等は感じられなかった。

モコナが澪の肩の上で静かに鱗を見つめていた。

「強い力。このウロコから出てる力と同じ」
「ということは姫の羽根は…」
「これ以外に、強い力感じない」
「ないってことかー」
「うん」

黒鋼は無駄足かよ、と欠伸交じりに言う。サクラはどこか生き生きしている小狼を見た。

「でも小狼君、楽しそう」
「まだ知らなかった不思議なものを、この目で見られましたから」

澪がそんな2人を見つめ、微笑む。そしてモコナが羽根を生やし、魔法陣が表れると澪達は次の世界ヘと旅だった。


(湖の国)


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