「子供がー!!」
そこで響いた突然の大声。澪は驚き、閉じたはずの目を開いた。緩慢な動きで身体を起こし、窓の外を眺める。何やら外で騒ぎがあったようだった。
澪は椅子に掛けられていた上着を肩に掛け、てててと外へと出た。歩き出すと少しふらつきもするが、耐えれないほどではない。問題はない。
昨晩、雪が降り積もったのだろう。外は真っ白い雪が輝きを見せていた。外では町の大人達が騒然としており、小狼達も騒ぎを聞きつけて、騒ぎの中心へと向かっているようだった。
澪は小狼達に駆け寄る前に、少しふらりとした感覚を受け、そのまま玄関先で目眩を堪える。だが、話だけは遠くからしっかりと聞いていた。
「子供がどこにもいないんです!!
ちゃんと鍵も掛かってたのに」
叫ぶ女の人の腕には、猫の縫いぐるみが抱かれていた。
何か見覚えがあると思っていると、それは昨日、小狼が声をかけた子供が抱えていた物だと思い出した。
いなくなった子供は昨日の子供で間違いないだろう。
警備団の男が女の人に事情聴取も込めて問いただす。部屋にはきちんと鍵がかけられていたにも関わらず、壊された形跡もないままに子供がいなくなっていたという。
「絶対に鍵は開けちゃいけないと教えてあるから、あの子の筈ないわ!
やっぱり金の髪の姫が子供達を……」
母親は言い終わる前に泣き崩れてしまう。少し離れた所で、サクラが驚いたように口を手で覆っていた。
「じゃあ、あれは夢じゃない…?」
「あれって何だ!?」
サクラが呟いた言葉に男が乱暴に詰め寄った。乱暴なその様子に思わず澪が駆け寄り、サクラの前に出る。
「女の子に、乱暴じゃ、ありませんっ?」
「澪ちゃん!」
「寝てなきゃだめだよ」と心配そうな表情なサクラを隣に、澪はじーっと男を警戒しながら睨む。
やがてサクラがゆっくりと昨晩見たことを話し出した。
「昨夜、雪の中を金の髪をした白いドレスの女の人が、黒い鳥を連れて歩いて行くのを見たんです」
サクラが静かに見た事を伝えると、町の人の顔に畏怖が走った。
「やっぱり、金の髪の姫が子供をさらって行くんだわ」
「北の城の姫君だ!」
「姫の呪いだ!」
「いい加減にしないか!」
町の人がざわついていると、グロサムが突然表れ、一声で静かになった。そして騒ぎを聞き付けたカイルが駆け寄って来た。
「また子供が、いなくなったんですか!?」
「昨夜、この余所者達は家から出なかっただろうな」
「いつ急患が来ても良いように、私の部屋は入り口のすぐ隣です。
誰かが出て行けば分かります」
グロサムとカイルが睨み合っていると、町長が周りの人をなんとか説得し、散らした。1人の男はギロッと澪達を睨みつけて行った。
「なんか睨まれたねぇ」
「怪しまれてんだろ」
「みたいですね」
澪が呟く。黒鋼が思い出したように澪に向いた。
「てめぇ、何、起きてんだよ」
「元気になりました」
「るっせ、昨日よりぐたぐたじゃねぇか!」
黒鋼が乱暴に澪を抱えた。ばたばたと暴れ始める澪だが、いつも以上に力が入っていないということもあり、彼女は大人しく担がれる。
「く、黒鋼さんっ! 大丈夫です! 恥ずかしいです!」
「だーめ。澪ちゃん、大人しくしなさい」
ファイが言い、澪の額に手を当てた。軽く目を閉じて体温を測るファイ。澪はむぅとした顔のまま大人しく熱を測ってもらう。
次に目を開けた時には、ファイは子供を叱るような顔をしていた。
「やっぱりまだ熱いね。寝てなきゃ悪化しちゃうよ」
「うぅ…」
頬を膨らまし、ぐったりと黒鋼の肩に背負われていた。カイルが声をかける。
「さぁ、戻りましょう。朝食の準備が出来てます」
澪達は家に戻ろうと歩きはじめる。
澪がふと上を見上げると、そこには黒い鳥が気味悪く鳴いていた。
「黒い鳥……?」
小さく呟いた言葉を、抱えていた黒鋼は聞いていたようで、そのまま問いかける。
「どうした?」
「黒鋼さん、黒い鳥が…」
「は? 黒い鳥? 『いねぇぞ』」
「え…?」
澪と同じ灰色の空を見上げた黒鋼だったが、黒い鳥などどこにもいなかった。
澪はぱちくりと瞬きをして、再び空を見る。だが、先程いたはずの鳥は見つけられなかった。
「熱、酷ぇんじゃねぇのか。
大丈夫かよ」
「は、はい…」
澪はくたりと黒鋼の肩に身体を預けていた。見間違いをしてしまうほどに熱が上がってしまっているのかもしれない。
†††
朝食を取りながら、サクラは小狼達に昨日見た事を教える。上着を着込んだ澪もゆっくりと粥を食べていた。
「……金の髪の姫を見たんですか?」
「ごめんなさい。私があの時、外に出ていれば…」
サクラがしょんぼりと肩を落として言うと、カイルは優しく微笑んだ。
「夢だと思ったんでしょう。
雪の中を歩いているドレスの女なんて、現実じゃないと思うのは当然です」
「サクラちゃんのせいじゃないよ」
澪がサクラを覗き込む。でも。とファイが続ける。
「町の人達は、そう思ってないみたいでしたけどー」
「『スピリット』の人達にとってあの伝説は真実ですから」
「史実ということですか」
小狼の問いにカイルは頷く。
「この国『ジェイド国』の歴史書に残っているんですよ。
『300年前にエメロードという姫が実在して、突然王と后が死亡し。その後、次々と城下町の子供が消えた』」
「子供達はその後、どうなったと書かれているんですか?」
カイルは悲しげに呟いた。
「『いなくなった時と同じ姿では、誰1人帰って来なかった』と」
「そりゃあ、生きて帰ってこなかった。ともとれるな」
フォークをくわえたままの黒鋼がそう言う。カイルが続けた話によると、町には廃墟となった城も残されており、昔の伝承そのままに起きている現状が、余計に町の人々に恐怖を与えているのだという。
「町で金の髪の姫を見たのは他には…」
「いません。
サクラさん、貴方が初めてです。その事でグロサムさんが何か言ってくるかもしれません」
「サクラちゃんは初めての目撃者かもしれないものねー」
小狼が思いついたようにカイルへと問いかけた。
「その『ジェイド国』の歴史書は、読めるんでしょうか」