「貴女は?」
「えっ?」
完全に話についていけてなかった澪がきょとんと首を傾げた。侑子は澪を見つめる。
「…まず、貴女。名前は?」
「あ…まだ名乗って無かったですね…。
櫻井 澪と言います。よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げ、ショート寸前の思考を働かせる。澪は困ったように侑子を見つめ返した。
「えっと…私は? ってどういう事ですか?」
「貴女の願いは? 貴女だけよ? この中で願いを言っていないのは」
「そ、そうですけど…。私、願いなんて……いっぱいあるけど…。本当に小さなものしかなくって!!
皆さんみたいに、元の国? に戻るとか、そんなの無くって、戻れるならその方がいいんでしょうけど」
ぱたぱたと手振り身振りで伝える澪を侑子は面白そうに見ていた。
侑子は澪の傍によって澪の頭を撫でる。澪は優しげに愛おしそうに撫でられ、澪は顔を染めて目を白黒させる。
「え? え?」
「貴女に願いが無くても、貴女は願わなきゃいけないわよ。
だって、対価は「4人分」じゃないと足りないのよ」
「えっ? 4人って……あの、眠っている女の子をいれて4人じゃないんですか!? 私が入るんですか!?」
澪はてっきり、4人に自分は入っていないと思っていたが、どうやら違うらしい。侑子は頷いて、また妖艶に微笑む。
「貴女が何も願わないのは自由だけど、貴女が何か願わないと――それも「次元を越える」という条件付きの願いを言わないと、彼らの願いは叶わないわ」
「えー!? なんで、私、そんな重要な役なんですか!?」
澪が何も言わないと、残りの3人の願いは叶わない。男の子とファイは困ったように、黒鋼は不服そうに澪を見つめた。
視線が集中し、澪は自棄になりつつも、数瞬だけ考えて侑子に願いを伝える。
「『彼らと一緒にいる』! それが、私の願いです!!
これなら次元? 越えます、よね…?」
不安そうに侑子を見上げた澪を、侑子は満足そうに微笑む。
澪の頭から手を離し、代わりに彼女の胸元に手を当て、耳元で囁く。
「貴女から対価は受け取らないわ。その内、対価を払って貰うかも知れないけれど」
侑子は澪にだけ聞こえるような声で囁いた。真剣な表情を受けて、澪はまっすぐと侑子を見つめ返しながら、小さくコクンと頷いた。
「って、ふえてるし!!」
「来たわね」
何処からか走ってきた青年――四月一日(ワタヌキ)の腕には白と黒の兎のような生き物が抱かれていた。
侑子は手を伸ばし、白い方だけを受け取る。
「この子の名前はモコナ=モドキ。モコナがあなた達を異世界へ連れて行くわ」
「おい、もう1匹いるじゃねぇか。そっち寄越せよ。俺ぁそっちで行く」
「こっちは通信用。出来るのはこっちのモコナとの通信だけ」
「か、可愛いですね」
白いモコナに顔を近づけながら澪は嬉しそうにモコナと握手をする。
「モコナは貴方達を異世界に連れて行くけど、そこがどんな世界なのかまではコントロールできないわ。だから、いつ貴方達の願いが叶うかは運次第。
けれど世の中に偶然はない。あるのは必然だけ。貴方達が出会ったのもまた必然。
小狼、貴方の対価は……『関係性』。貴方にとって1番大切なものは、その子との関係。だからそれをもらうわ」
「それって、どういう…」
困惑した表情を向ける男の子――小狼(シャオラン)に侑子は淡々と話す。
「もし、その子の記憶がすべて戻っても貴方とその子はもう同じ関係には戻れない。
その子は貴方にとってなに?」
小狼はサクラを愛し気に見つめる。
「幼なじみで…今いる国のお姫様で…俺の…大切な人です」
「…そう。けれどモコナを受け取るなら、その関係はなくなるわ。
その子の記憶をすべて取り戻せたとしても、その子の中にあなたに関する過去の記憶だけは決して戻らない。
それがあなたの対価。それでも?」
侑子の言葉に小狼は顔を上げた。
「……行きます。さくらは絶対死なせない!」
何にも負けない力強い瞳だった。澪は何故か少しだけ寂しくなった。
「…異界を旅するという事は想像以上に辛いことよ。様々な世界があるわ。
例えば、そこの3人がいた世界」
そこで侑子は黒鋼とファイ、澪に目線を向けた。
「服装を見ただけでも分かるでしょう。3人ともあなたがいた世界とは違う
知っている人、前の世界で会った人が別の世界では全く違った人生を送っている。同じ姿をした人に色んな世界で何度も会う場合もあるわ。前に優しくしてくれたからといって今度も味方とは限らない」
世界は無数にある。言葉や今まで持っていた常識が通じない世界。科学力や世界水準、法律も異なり、同じ世界はない。
その中で、生き続け、旅を続けていくしかない。それは過酷で辛いものだろう。
「でも決心は揺るがない…のね」
「………はい」
優しく微笑む侑子がモコナを乗せている右手をあげると、どこからか風が吹きモコナに大きな羽根がはえた。
「覚悟と誠意。何かをやり遂げる為に必要なものが、貴方にはちゃんと備わっているようね。
では、行きなさい」
モコナが口を大きく開け吸い込むと澪達は勢い良く飲み込まれた。
(何これ!? どうなるの?!)
澪にとっては未知の体験で恐怖がまた襲い始め、澪は近くにいたファイの腕を握った。
ファイも澪を支えるように抱き締める。
最後にはモコナの姿も消え、何時の間にか空には優しい日差しが差し込んでいた。
「…どうか彼らの旅路に幸多からんことを」
侑子が空を見上げそう言った。
雨は何時しか止んでいた。
(魔女の国)