ゆっくりと瞼を開ける。肌寒さを感じて目を覚ました澪は、目を開けて見えた景色が随分と殺風景なものへと変わっていることに驚いて、慌ててベッドから飛び起きた。

「…え。…何処。ここ…?」

身体を起こした澪が周りときちんと見渡すと、そこは薄暗く寂れた牢屋のような場所だった。
部屋の中には古びたベッドが数個あるだけで彼女の他には誰もいない。

「こ、怖…ッ」

既に澪は若干の涙目になりつつも、ここから脱出をしようと、裸足のままベッドから降り、格子の嵌められた扉から部屋の外を見る。
そこからは長い廊下が見えるばかりで他には何も見えず、さらには何の音も聞こえない。

「怖い!」

彼女の叫びは虚しく叫びは反響する。誰かが彼女の声を聞いてくれたような気はしない。
ひとまず扉に手をかけるが、鍵がかかっているようで押し引きしてみてもガタガタと揺れるばかりで開く様子はない。だが、随分古そうな扉だ。

「壊せるかな…」

まず、試しに一発パンチ。だが、彼女の手が手が赤くなっただけだった。

痛みに小さな悲鳴を上げながら、早々に拳で開けることは諦め、澪は扉を壊せそうな物を探す。足元を見ると、手頃な石を見つけ、蝶番の部分にがつんとぶつけると微かに傷がついた。
僅かについた傷だが、今の澪にはそれが脱出への希望へと繋がる。

「地道すぎる………」

泣き言をいいながらも、めげずにがつがつと扉を殴る。

「小狼くーん、ファイさーん、黒鋼さーん、サクラちゃーん、モコナちゃーんっ」

声を出していないと淋しくて死にそうだ。必ず仲間達が助けに来てくれることを信じて、澪は扉を叩く。
少しずつ、ほんの少しずつだったが、先程よりもがたがたと動くようになった扉を見るに、もう少しすれば開きそうだ。

「もうちょい、もうちょいっ」

自身を鼓舞しながら殴っていると、部屋の外の遠くの方が騒がしくなった。

「小狼くん達?」

1度そう思うと、何処からか小狼達の声が聞こえる気がする。きっと助けに来てくれたのだろう。
澪は手を止めて格子ごしに廊下を見る。小狼達の名前を呼びながら彼らの姿を待っていると、やがて小狼達と町の人達が見えてきた。

「小狼くーんっ!」

再び声をかけると、先頭を走っていた小狼が澪の部屋の前で立ち止まった。

「澪!?」

扉の前に立った小狼の顔が見えて、澪はようやく安心の表情を浮かべて、涙の滲んでいた目元を拭った。
すぐ後ろに居たファイが覗き込むようにして、小狼と同じように澪の姿を確認してほっとした顔をする。

「大丈夫!? 澪ちゃん」
「大丈夫です。どこも怪我とかはしてなさそうです」
「餓鬼、少し離れろ」

黒鋼の言葉通りに澪は扉から離れる。がんっと黒鋼が扉を殴ると澪が必死に壊していた扉は一瞬で外れた。

「う…っ…」
「? 大丈夫か?」

今までの頑張りが一瞬で解決して、助かって嬉しい半面、若干の悔しさに息を詰まらす澪。そんな澪に黒鋼は首を傾げながらも安否の確認。
澪はぱたぱたと手を振って、小さく笑顔を返す。小狼が真剣な表情のまま澪へと問いかける。

「澪。サクラ姫を見かけてないか?」
「えっ? サクラちゃん?」

ぱちりと目を丸くさせる澪に、小狼はサクラも行方不明になってしまったということを伝える。
澪は途端に不安げな表情を浮かべて首を左右に振る。そして小狼達と一緒に廊下の先を進み出す。
走り出しながらも、澪は質問を投げかける。

「そういえば、ここ何処なんですか?」
「此処は北のお城ですよ。カイル先生を追って此処まで来たんです」
「カイル先生?」

首を傾げる澪に、小狼が説明を始めた。

町長から子供達がいなくなった時の記録書を借りたこと。
カイルの回診を終えたばかりの子供が、何も飛んでいない空を指して、『黒い鳥』と言ったことを。
子供達がいなくなる数日前には必ずカイルの回診を受けていたということ。

そこまで聞いたところで澪は酷く不満げな顔をした。

「……私、カイル先生の治療中の事、覚えてないんです。
 私も催眠術? に掛けられたんでしょうか」
「きっと。ね」

ファイが走りながら慰めるように澪の頭を撫でた。澪は少し頬を赤らめながらも、質問を続けた。

「お城の前には川があるってサクラちゃんから聞いていたんですけれど、どうやって?」
「町長さんから借りた歴史書が数ページ破られてたんだ。ちょうど、川の流れを止める装置についての記述のところだけ」

小狼は歴史書が不自然に切り取られているのを見つけ、町の人達から避けられていたグロサムから歴史書を借りて、町長が持っていた歴史書と照らし合わせて発見したのだ。

そして、ついにカイルを追い詰めて、城まできたが、カイルは城の中へと逃げ込んだというのだ。

澪も走りながら視線を先へと向ける。カイルが犯人だと知れ渡ってしまったのであれば、これから何をするのかわからない。サクラや子供達の安否を気にしながら走っていると、やがて大広間のような空間へとたどり着いた。

そこではカイルとサクラの姿。サクラは羽根が入っている結晶を抱えており、カイルはサクラの足首に着いた鎖を手繰り寄せている。

「サクラ姫!!」

小狼が駆け寄ろうとすると、カイルがサクラの首にナイフを突き付けた。澪がはっと口を覆う。

「サクラちゃん!」
「この羽根さえ手に入れば、国も全部意のままだ。
 何せ300年前、金の髪の姫はこの羽根の力で子供達を救ったらしいからな」
「子供達をさらって城で殺したんだじゃ!」
「殺すためだけなら、こんな部屋必要ないだろう」

そう言われ、澪は辺りを見渡した。広い部屋の中には子供が遊ぶ遊具が沢山あり、それぞれが使われてボロボロになっていた。
子供を連れ去って、決して酷い目を合わせていたわけではないようだ。

「子供のために…か」
「羽根を手にした後、王と后は直ぐに死んだって!」
「……違う」

サクラがカイルの方ではなく、何もいない虚空を見つめて小さく呟いている。
何もない空間だったが、そこにはサクラにしか見えない金の髪の姫――エメロード姫がいた。
サクラにしか聞こえない声が響く。

《お父様とお母様が亡くなったのは事故です。
 その後子供だけがかかる流行病が城下町を襲って、何人もの子供が犠牲になりました。
 その時この羽根が降って来て…。羽根のまわりだけ、何故か病気は力を無くすようでした。
 だから城下町の子供達を、この城に招いたんです。元気になるまで…》
「じゃあ、いなくなった時と同じ姿で戻って来なかったっていうのは……」
「幻との会話に付き合っている暇はない!
 羽根を渡せ!!」
「やめろー!!」

苛々としたカイルがナイフを振り上げると、小狼が駆け出しサクラを庇った。小狼の肩にナイフの先が当たり、血が一筋流れる。だが、サクラは無事小狼の腕の中に収まっているようだ。

その時、大きな地鳴りと同時に地面が激しく揺れたかと思うと、大広間の壁が壊れ、大量の水が溢れてきた。
澪の隣に居た黒鋼が反射のように澪の腕を掴む。澪は足元に流れてきた水を避けながら悲鳴を上げる。

「っえぇ!? 何ですかこれ!?」
「川の水を止めていた装置が壊れたんだろーな」
「古かったもんねぇ。あんまり長い間、止めてられないんだー」
「な、何ですかそれっ」

黒鋼とファイが冷静に判断する横、一大事なのでは!?と慌てる澪が話していると、突如として小狼との間に崩れた大きな岩が落ちてきた。
壁となった岩に小狼とサクラはこちら側へと来られなくなってしまった。澪が不安そうにファイと黒鋼の顔を交互に見比べる。岩の向こう側にいる小狼から声がかけられた。

「子供達を上ヘ!!
 必ず城から出ます。先に行って下さい!」
「…行くぞ」
「りょうかーい」
「………はい」

黒鋼の言葉に軽い様子で返事をするファイと、少し躊躇いつつも同じく大人しく返事をする澪。そんな澪達の様子にグロサム達が声を掛ける。

「まだ仲間が危ないのに!?」
「『やる』って言ったらやる感じの人だからー。小狼くん」
「…はい。すぐ来ます」

覚悟を決めた澪も真っ直ぐに前を向いて、まだふわふわとした意識の子供達の手を引いて出口へと目指す。
全く心配していない、とまでは澪はいけなかったが、それでも必ず小狼達は戻ってくるだろうという確信をもって、澪達は子供達を避難させることを優先させていた。


†††


城の外ヘ出た澪達は、町の人達と一緒に川の対岸へと渡り、そして倒れるように眠ってしまった子供達に暖かい毛布を掛けてから、城の方面を見ながら無言で小狼とサクラを待っていた。
しかし2人は中々戻ってこないまま、川の流れが徐々に速くなっていく。心配をする町の人達が騒ぎ出す。

「おい! 来ないぞ!!
 これ以上流れが速まると、渡れなくなるぞ!」
「本当にあの2人は来るのか!?」

グロサムと自警団の男が騒いでいるが、黒鋼は目を閉じ、ファイも軽く顔を俯かせたまま静かに彼らを待ち続けていた。
やがて黒鋼は気配を感じ、静かに目を開く。

「…来た」

黒鋼の宣言と同時に、飛沫を上げながら、サクラを抱いた小狼が川から現れた。
すぐさま黒鋼が小狼の手を掴み、2人を岸に引き上げ、澪が毛布を持ったまま駆け寄り、川の水で冷たくなった2人に毛布をかけた。
ファイがにこにこと笑いながら口笛を真似て声を出す。

「ひゅー♪ やったねー小狼くん」
「…おつかれさまでした」

ファイと澪が優しく微笑む。町の人達が小狼へと詰め寄った。まだカイルはここには現れていないのだ。

「先生は!?」
「わ…かり…ません」
「追って来ないってことは…、城と運命を共にした…かなぁ…」

澪が城の方を見ると、城は大きな音と共にがらがらと跡形もなく崩れていた。あの中に人がいたとしてももう助からないだろう。

じっと城を見つめる人々の中、疲労か睡魔か、目を閉じていたサクラがゆっくりと目覚める。
サクラの視線の先には彼女にしか見えないエメロード姫が子供達の頭を優しく撫でていた。

エメロード姫はサクラが目覚めたことに気が付くと、サクラへと近づき、彼女が抱えていた羽根が入った氷に指先を触れさせる。すると氷が溶け、中から現れた羽根がサクラの中へとスゥと入っていった。
エメロード姫の声が眠りに落ちる瞬間のサクラへと降り注ぐ。

《子供達を助けてくれて、本当に有り難う。この羽根を貴方に返せて良かった。
 気をつけて、誰かがずっと貴方達を視ている》
「…誰かか……」

そして徐々に溶けるように、消えるように、いなくなったエメロード姫。

力が抜け、小狼にもたれ掛かったサクラを見た後、澪も疲れた様に瞳を閉じて、安堵の息を吐いた。
彼女の熱はもう完全に下がっているようだが、病み上がりの彼女にはかなり疲れるものだったようだ。


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