「次の世界〜っ」

澪はモコナの口から飛び出すと同時に嬉しそうな声を上げた。ジェイド国でゆっくりと休んだこともあり、体調は悪くない。彼女の隣で小狼とサクラは、2人手を繋いで着地し、ファイや黒鋼もそれぞれに着地をし、そして最後にモコナが小狼の頭の上に落ちてきた。彼らもだいぶこの移動方法に慣れてきたようだ。

「さーて、今度はどんな国かなー」

ファイがあたりを見渡しながら声をかける。浅い微笑みを浮かべているが、警戒は怠ってはいないようだった。
そこで突然いきなり人影が現れ、反射的に身構える小狼達。多少浮かれていた澪も表情を引き締めて、前に立った黒鋼の背中を不安げに見つめる。

現れたのは4人程の女性達だった。彼女達は突然現れたであろう小狼達に向かって、満面の笑みを浮かべた。

「ようこそ! 桜都国へ」

彼女達は全員桜の刺繍が入ったお揃いのエプロンを身につけ、「歓迎する課」と書かれた腕章をつけている。ぱちくりと目を丸くする澪達に、彼女達はそれぞれにぎゅうと抱き着いた。

「え? ええ?」
「わー、可愛い女の子いっぱいだー」
「まとわりつくな!」

困惑の表情を見せる澪だったが、彼女も思わず抱きしめ返してしまう。ファイはいつものふわふわとした調子で、黒鋼は警戒心あらわだが結局抱き着かれていた。小狼とサクラは、ぽけと混乱している。モコナに頬ずりしている女性が、小狼達に問いかけた。

「あらあら。 みなさん変わった御衣装ですね。
 異世界からいらしたんですか?」

小狼達は彼女の言葉に驚く。街の住民から「異世界」などという単語は、旅をしているなかで、初めて聞いたかもしれない。
抱きしめられながらも小狼が問いかけた。

「異世界から人が来る事があるんですか? この国では」
「もちろん。この国を楽しむ為に、皆様色んな国からいらっしゃいますわ」
「まだ、住民登録されてないんですか?」
「住民登録? は、はい…、多分…」

澪は訳が分からないという感じのまま、答える。すると、彼女達は澪の言葉に急にわたわたと慌てはじめた。

「それはいけないわ! 早速、市役所へお連れしなければ!」
「ささ、参りましょ! 参りましょ!」
「「はーい」」
「え、あ、待ってくださいっ」

無駄に元気よく返事をするファイとモコナに澪はパタパタと追いかけた。
おろおろする小狼とサクラと黒鋼は未だ女性に抱きつかれたままだが、そのまま小狼達は女達に連れられて、桜都国中央市役所と書かれた建物へと連れられていった。

†††


そして市役所に連れてこられた5人。市役所の中には「すぐやる課」という所があり、そこで手続きをするようだ。
うつらうつらと眠たそうにしているサクラを黒鋼に任せ、小狼とファイ、澪が市役所の職員に案内されて手続きをする。

「桜都国へようこそ! こちらにお名前をどうぞ」

受付の女性は何やら紙をファイに渡した。澪が覗き込む。名前を書き込むようになっているようだ。

「今まで使われていたものと違っても大丈夫ですよ」
「偽名でいいって事かなー?」
「はい」
「んじゃ、俺がみんなの分も書いとくねー」
「ファイさん…それは……」
「わぁ、可愛いですね…」

楽しそうなファイは澪が見ている間にさらさらと記入を終えた。小狼は何か言いたそうだったが、ファイはそのまま紙を女性に渡してしまった。
澪が苦笑を向けながらもソレが気に入ったようだ。

「はい。承りました。
 では、職業はどうなさいますか?」
「この国は旅人も働かなくちゃだめなのー?」
「構いませんが、働かないとお金がなくて何も出来ませんよ?」
「そりゃそうだねー」
「正論でした」
「とりあえず、住む所をお決めになりますか?
 良い物件をご紹介しますよ」
「ありがとうございます」

澪が嬉しそうに受付の女に笑みを向けた。受付の女も笑みを浮かべる。
不安そうな顔をした小狼が身を乗り出して尋ねた。

「あの、この国の通貨は?」
「園です」
「持ってないよねぇ」
「はい」
「何かお持ちの物があったら換金出来ますよ」

ファイはいきなり右手を口に添えて黒鋼に振り返り、叫んだ。

「黒わんわーん! 袋持ってきてー!」
「人を犬みてぇに呼ぶなー!!」
「……びっくりしました」

そう言いながらも、黒鋼は苛々と袋を持ってきてくれた。その大声にびくりとしたサクラは、目が冴えてしまったようだった。澪は苦笑を零しながらサクラの隣に座る。
一度目を開けたサクラだったが、またうとうとと重たそうな目元を抑えている。澪はサクラに寄り添って彼女に肩を貸しながら、これからまた始まる新しい世界での暮らしに期待を抱いていた。


†††


市役所で高麗国とジェイド国で着ていた衣装が換金することが出来、一行は無事に家を借りることが出来ていた。
今回のように他国の衣装が貴重な国もあるとの小狼のアドバイスで捨てずにとっておいたのだ。

借りた家の中に入った時にはすでに辺りは暗くなり、空には満月も輝いていた。ゆらゆらと眠たそうに揺れるサクラと手を繋いできた澪。
澪は、モコナが枕代わりにクッションを用意してくれているソファにサクラを誘導してから、きょろきょろと広い部屋を見渡す。4人と1モコナで暮らすには十分な広さの家だし、デザインもおしゃれなつくりになっていて住み心地が良さそうだ。

「素敵な家ですねぇ」

思わず頬を緩ませる澪に対して、窓の外を見ていた黒鋼は自分の国の装備を外そうともせずに、険しい顔をしたままだった。

「くつろいでていいのかよ。
 見張られてるかもしれねぇんだろ。誰かに」

サクラが見たエメロード姫は『誰かがずっと見ている』と、彼女へとそう忠告してくれていた。はたと気付いたように表情に不安を乗せた澪だったが、そんな警戒心を顕にする黒鋼とは逆に、ファイはだらーんと自分が脱いだコートの上に転がる。

「んー。でもずーっと緊張してるのは無理だしねぇ。リラックス出来る時にしとかないとー。
 ほら澪ちゃんもー」
「えっ? きゃー!」

ファイは寝転がったついでに澪の腕を引き寄せて、一緒にコートの上へと寝転がらせた。不安げな表情をしていた澪も、それどころではなくなったのか頬を赤らめながら戸惑いを見せる。

「おまえはだらけっぱなしじゃねぇか!!
 そして離れろ!!」
「えー」

叱責する黒鋼と、怒られ子供のように不満げな声を零すファイ。そんな騒がしい中、限界を迎えたサクラがモコナが用意したクッションの上にぽてりと倒れこむように眠ってしまった。
それを見てファイがゆっくりと起き上がる。ついでに彼の腕から解放された澪もぱたぱたと立ち上がった。

「さて、寝る所も確保したし、後は……モコナ」

澪が眠ったサクラのためにシーツを持ってくる中、モコナは静かに返答した。

「羽根、この国にある」

モコナの言葉に、小狼の表情が一瞬硬くなる。そんな小狼の表情を見つつも、何も言うことが出来なかった澪はサクラにシーツをかける。

その時、部屋の少し先から窓ガラスが割れる音が響いてきた。はっと視線を上げる澪達。そこには獣のような、だが、知っている獣とは似ても似つかないような化け物が入ってきていた。
異形の何かの両腕は鎌のようになっており、大きく振り上げた瞬間に、黒鋼は眠っているサクラを脇に抱え、ファイは澪の腕を引いて、それぞれその場から飛びのく。

目の前を走っていった鎌に目を白黒とさせる澪が悲鳴を上げる。

「な、なんですか、これ!」
「わー、お家を借りたらいきなりお客さんだー」
「招いてねぇがな」

異形の何かは手近な小狼に向かって勢いよく這いずっていく。素早く避け続けていた小狼だったが、左右に振られた攻撃に一瞬だけ反応が遅れて、彼の右肩から血が流れる。
短い悲鳴を上げる澪だったが、小狼はそれ以上澪を心配させることはなく、一気に異形の何かへと踵落としを食らわせて綺麗に着地する。
小狼の攻撃が効いたのか、異形の何かは泡のような悲鳴をあげて床に伏していった。

「お疲れさまー。
 可愛い女の子が出迎えてくれたり、綺麗な家紹介してくれたり、親切な国だと思ってたけど…結構アブナイ系なのかなー」」

倒れた異形の何かを見ながらも緩い声をかけるファイ。澪もファイの陰からその異形を眺める。
そこで視線が集まっている異形の何かは彼らが見ている中で、ぶわりと霞のように広がり、そして跡形もなく消えてしまった。

「消えた!」

突然のことに驚く小狼。黒鋼やファイも視線を鋭くさせ、異形の何かが消えていった場所を見つめ続けていた。

「………怖い…ですね」

また不安げな表情を浮かべる澪がぽつりと呟く。ファイが彼女の頭に手を伸ばしながら小さく呟いた。

「やっぱり危なそうな国だねぇ」

満月の夜はすでに深くなっていた。


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